発表・掲載日:2006/11/06

リチウムイオン電池用高容量正極の安価な新材料を開発

-ハイブリッド自動車など大型リチウムイオン電池用として有望-

ポイント

  • 既存材料の1.5倍を超える260mAh/gの高い充放電容量を示す。
  • コバルトを使わないで、資源的に豊富で安価な鉄、マンガン、チタンからなる正極材料を開発。
  • 通電焼結法による導電材との複合化プロセスの併用により、高出力化も可能。
  • 正極材料の低コスト化が図られ、ハイブリッド自動車など大型リチウム電池用として有望である。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)ユビキタスエネルギー研究部門【部門長 小林 哲彦】蓄電デバイス研究グループ【グループ長 辰巳 国昭】田渕 光春 主任研究員、竹内 友成 主任研究員は、コバルトを含まない安価で高容量のリチウムイオン電池正極材料を2種類開発した。

 リチウムイオン電池は軽量で大容量のためノートパソコンやデジカメに使われているが、資源的に埋蔵量が少ないコバルトを電極に主に使っているため高価である。ハイブリッド自動車などの大型リチウム電池としては、コバルトを使わない安価で高容量の新材料が求められていた。

 今回、安価な鉄、マンガンを主成分とし、チタンを含まない化合物と含む化合物の2種類の新材料を開発した。共に既存のコバルトを含む正極材料の充放電容量を凌駕するが、チタンを含む化合物の初期放電容量は既存材料の1.5倍以上(約260mAh/g)に達した。また、通電焼結法等の適用により高出力化も可能になった。今回得られた正極材料は、資源的に豊富で安価な鉄、マンガン、チタンからなり、ハイブリッド自動車など大型リチウム電池用として有望である。

60℃における電池電圧と充放電容量mAh/g特性のグラフ
60℃における電池電圧と充放電容量mAh/g(ミリアンペア時/グラム)特性(破線が充電曲線、実線が放電曲線)。電流密度42.5mA/g(3時間率)。

 なお本技術の詳細は、2006年11月20~22日に江戸川区タワーホール船堀で開催される、第47回電池討論会において発表される。

 また、本研究開発は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「燃料電池自動車等用リチウム電池技術開発 -リチウム電池要素技術開発-(ベースメタル元素を活用した新規酸化物正極材料開発)(平成15~18年度)」により実施した。



開発の社会的背景

 携帯電話、ノートパソコン等のポータブル機器の電源として高いエネルギー密度を有するリチウムイオン電池が注目されている。小型機器だけでなく、ハイブリッド車、燃料電池自動車や電力負荷平準化システム用電池への応用も期待されている。このような大型リチウムイオン電池が普及するためには、安全性を確保した上で電池の高性能化(高容量化、高出力化など)をはかるだけでなく、安価で資源的に問題のない原料からなる材料開発が必要である。リチウムイオン電池のうち素材コストとして最も高価なものの一つが正極材料であり、単電池素材コストの20-30%程度を占める。現在、正極材料としてコバルト酸リチウム(LiCoO2)が主に用いられているが、コバルト資源の偏在性、希少性、重要性に由来する価格高騰の懸念がある。そのため大型リチウムイオン電池用として、ニッケル酸リチウム系(LiNi0.8Co0.2O2)やスピネルマンガン酸リチウム系(LiMn2O4)正極などが検討されている。しかしながら前者は充電時の電池の安全性を低下させる懸念があり、後者は高温充放電時に3価のマンガンイオン溶出に伴う特性劣化が報告されている。従って省資的に問題なく、安価で、大型リチウムイオン電池用の優れた正極材料の必要性は益々高まっている。

研究の経緯

 産総研においては、これまでに、水熱法を中心とした湿式化学製造プロセスを駆使して、粒子サイズを小さくすることにより、鉄、マンガンからなる新規な3V級正極材料(鉄含有Li2MnO3, Li1+x(Fe0.5Mn0.5)1-xO2, 0

研究の内容

 今回、製造条件や化学組成のさらなる改良により、60℃の充放電試験において初期充放電容量が約260mAh/g(ミリアンペア時/グラム)に達する鉄・マンガン・チタンを含有する新しい材料を見いだした。この充放電容量は、コバルトを含む既存正極の容量(200mAh/g以下)を超えるものである。放電平均電圧は約3.2V(リチウム極基準)と既存正極に比べて0.5V程度低いものの、正極活物質重量あたりのエネルギー密度(約800mWh/g以上)は既存正極に勝るものである。この材料は60℃ばかりでなく室温でも200mAh/g以上の容量を示し、またマイナス20℃においても放電可能である。

 また通電焼結法を用いた導電材料(アセチレンブラックなどの炭素材料)との複合化技術により、チタンを含まない鉄含有Li2MnO3においても20C(2550mA/g, 1Cは127.5mA/gに設定)程度までの放電が可能となり同時に高出力化も達成できた。

 今までの研究から、鉄含有Li2MnO3の充放電容量は試料内のリチウム含有量を増大させることと構成粒子径の低減により改善することがわかってきた。今回特に充放電特性改善のために製造条件上、工夫した点は次の2点である。

  1. 水熱反応時に水酸化リチウムに加えて水酸化カリウムを加える混合アルカリ水熱法を用いる。
  2. 焼成を、昇温時間も含めて1時間程度ときわめて短時間に行う。

 この混合アルカリ水熱法を適用することにより前駆体中に含まれるスピネルフェライト不純物をほぼ完全に除去でき、均質性の高い前駆体を作製することによりきわめて短時間での焼成が可能となり、試料中のリチウム含有量を高めつつ、粒成長を抑制することができる。図1に示すように得られた粉末の一次粒子径は100nm以下であることが走査型電子顕微鏡(SEM)観察により確認された。

鉄・マンガン系新材料と鉄・マンガン・チタン系新材料の走査型電子顕微鏡写真
図1左:鉄・マンガン系新材料と右:鉄・マンガン・チタン系新材料の走査型電子顕微鏡写真

 今回チタンを全遷移金属に対し20%固溶させることにより、温度60℃試験における充電容量はほとんど変わらないものの、放電容量が大幅に改善され、値としては既存材料の1.5倍以上の260mAh/g(ミリアンペア時/グラム)に達することが分かった(概要ページ図)。

 温度30℃においてもこの材料は230 mAh/gの放電容量を示し、放電レート5Cという高い電流密度でも放電容量135mAh/gを維持した。さらに高い電流密度である20Cにおいてもチタンを固溶させないものに比べて大幅に改善されることを見いだした(図2)。

新規鉄系正極材料の30℃における4.8V充電後の放電特性の図
図2 新規鉄系正極材料の30℃における4.8V充電後の放電特性

 またチタンを固溶させたものは、図3に示されるように温度30℃だけでなく0℃、マイナス20℃等の低温においても放電特性が改善されることがわかった。

新規鉄系正極材料の30℃、4.8V充電後の低温放電特性の図
図3 新規鉄系正極材料の30℃、4.8V充電後の低温放電特性

 次にチタンを含まない鉄含有Li2MnO3粉末表面に導電材であるアセチレンブラックをメカノフュージョン法により被覆処理を行った後、通電焼結法により両者を接合させて鉄含有Li2MnO3-アセチレンブラック複合体を作製した。その複合体の放電特性(図4)は放電レート1Cにおいてはほとんど差がないが、5C、20Cと電流密度が大きくなるにつれて、複合体の方が両者を混合した混合物に比べて、高容量化と電圧低下抑制が図られていることがわかる。

新規鉄系正極活物質-導電材複合体の30℃、4.8V充電後の放電特性と両者の混合物との比較の図
図4 新規鉄系正極活物質-導電材複合体の30℃、4.8V充電後の放電特性と両者の混合物との比較(導電材としてアセチレンブラックを使用)

 上記結果より、図5に示されるように化学組成・粉体特性を制御できる湿式製造技術と活物質-導電材との接合技術を併用することにより、資源的に豊富な元素からなる本正極材料がハイブリッド自動車用リチウムイオン電池正極材料として有望であることが分かる。

低コスト・省資源性に優れた高容量・高出力正極材料開発の概念図
図5 低コスト・省資源性に優れた高容量・高出力正極材料開発の概念図

 原材料価格を比較するために試薬メーカーのカタログ値を参考にして、正極材料1kgを固相反応法などの一般的な製造法で製造する際の原材料費を試算してみた(表1)。今回開発した材料はマンガン酸リチウム系(LiMn2O4)ほど安価ではないものの、現行正極材料であるコバルト酸リチウム(LiCoO2)の価格の1/3であり、車載用正極材料として期待されている、ニッケル酸リチウム系(LiNi0.8Co0.2O2)やニッケル-マンガン酸リチウム系(LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2)の価格の約1/2である。

表1 正極材料1kg製造時の原料価格の比較

正極材料1kg製造時の原料価格の比較の表
 

今後の予定

 今後はサイクル特性改善とさらなる高容量化、高出力化を進めつつ、電池メーカーや素材メーカーとの共同開発を通じて5年後の実用化を目指す。



用語の説明

◆リチウムイオン電池
現行の電池の中で最も高い作動電圧(3-4V)を有し、コバルト酸リチウムに代表される遷移金属酸化物を正極、黒鉛系炭素材料を負極として、非水系電解液を構成材料とした電池。充電時に正極から負極へ、放電時に負極から正極へリチウムイオンが移動することにより電池として作動する。1990年代初めに実用化され、電池体積あるいは重量当たりに取り出せるエネルギー(エネルギー密度)が他の電池系に比べ格段に大きいことから、携帯電話、ノートPC等のモバイル機器の電源として必要不可欠なものとなっている。生産は主として日本の電池メーカーが行っているが、韓国、中国などの海外メーカーの追い上げも激しい分野となっている。[参照元へ戻る]
◆正極材料
電池の+極側を構成する材料。リチウムイオン電池の場合、負極にリチウムイオンを含まない炭素材料を用いるため、正極材料にはコバルト酸リチウム(LiCoO2)、ニッケル酸リチウム(LiNiO2)、マンガン酸リチウム(LiMn2O4)等のリチウムイオンを含む遷移金属酸化物が正極活物質として用いられているが、電子伝導性が低いため、一般にアセチレンブラックなどの導電材と両者を結合させるためのバインダーを混合する必要がある。現行電池においては、活物質としてコバルト酸リチウムが採用されているが、最近のコバルト原料価格の高騰や電池の低コスト化の要求に応えるため、正極内のコバルト量低減が企業にて検討されている。
正極材料充放電時のリチウムイオン出し入れの量が電池の容量を、出し入れ時の電圧が電池電圧を決定づけるため、正極材料開発はリチウム電池の中で特に重要である。[参照元へ戻る]
◆通電焼結法
粉末を一軸方向に加圧可能な導電性の型に入れ、数百アンペアの電流を断続的に印加することにより粉末を抵抗加熱し、粉末同士間のプラズマ放電により接合する焼結法である。放電プラズマ焼結法、パルス電流印加焼結法とも呼ばれる。通常の電気炉加熱による焼結に比べ、粒成長を抑制しつつ、より低温・短時間で焼結が可能となることが特徴である。主に金属・セラミックス材料分野で用いられている方法である。[参照元へ戻る]
◆エネルギー密度
電池の重量あるいは体積あたりに貯蔵あるいは取り出し可能な電気エネルギー量。電気エネルギーは、電池の平均電圧と電池容量との積で表される。この値が大きいほど、一定の電気エネルギーを必要とする際に必要とされる電池の大きさ、重量が軽減され、実用化に有利である。
リチウムイオン電池は、非水溶媒系電解液を用いるため、電池1個あたりの電圧が水溶液系電池との比較で2倍以上高いこともエネルギー密度を高める一因となっている。[参照元へ戻る]
◆水熱法
2種以上の原料を含む溶液を密閉容器内に入れ、水の沸点(100℃)を超える温度で加圧状態で加熱後冷却することにより両者を液相中で溶解・反応析出させて均一な生成物を得る方法。反応温度を低減できるだけでなく、単結晶育成法の一つであることから高純度な生成物が得られる特徴がある。[参照元へ戻る]
◆スピネルフェライト
スピネル型構造を有する磁性を示す鉄系複合酸化物(LiFe5O8, MnFe2O4, CoFe2O4, NiFe2O4など)の総称。共沈物作製時に生成しやすく、いったん生成すると不純物として残りやすい。不純物として残るとそれ自身が充放電せずまた目的物質の組成特に鉄含有量が低下するため顕著な充放電特性劣化を引き起こす。[参照元へ戻る]
◆放電レート
電池の全容量を1時間で放電させるだけの電流量を1Cレートと言い、その電流量の何倍かをCレートで表す。例えば、容量150mAh/gの電池において300mA/gの電流で放電させた場合は2Cレートとなる。[参照元へ戻る]

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