発表・掲載日:2006/07/20

白い有機ナノチューブの大量合成に成功

-徐放性医薬、健康食品などへの産業応用に道を開く-

ポイント

  • 分子が集まってできる有機ナノチューブの合成には従来、水溶媒を大量に必要とするなど技術的に量産化が困難であった。
  • 従来法と比べて使用する溶媒量が1,000分の1以下と極端に少なく、乾燥が数時間で済む簡便な大量合成法を開発した。
  • これまで不可能であった10nm以上の大きな機能性物質(タンパク質、金属ナノ粒子など)を内部に取り込むことができるため、徐放性医薬、健康食品などへの応用が期待される。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という) 界面ナノアーキテクトニクス研究センター 清水 敏美 センター長および高軸比ナノ構造組織化研究チームは、水に溶けやすい部分と油に溶けやすい部分を併せ持つ両親媒性分子を新たに設計、合成し、有機溶媒中で自己集合させることで、内径が40~200nm(ナノメートル:ナノは10億分の1)、外径が70~500nm、長さが数µm(マイクロメートル)の形状を持つ種々の有機ナノチューブを合成する技術を開発した。この方法では従来法と比較して溶媒の使用量が1,000分の1以下と少なく、有機ナノチューブを大量に製造可能である(図1)。

 有機ナノチューブは、カーボンナノチューブとは異なり、水中への分散性が優れており、また、タンパク質や核酸などの10nm以上の大きさのゲスト物質を内部に取り込む(包接する)ことができる。現在、包接用物質として事業化されているシクロデキストリンでは包接不可能な大きさの機能性物質でも内部に取り込むことができることから、医療、健康、ナノバイオ分野など幅広い応用展開が期待できる。

 本研究成果は、7月25日~27日にパシフィコ横浜で開催されるオルガテクノ2006で展示公開される。

有機ナノチューブから構成される白色固体粉末とその走査電子顕微鏡写真
図1 (左)有機ナノチューブ(平均外径 = 80nm、平均内径 = 60nm)から構成される白色固体粉末(重量は約100グラム)と(右)その走査電子顕微鏡写真


研究の背景・経緯

 炭素原子から構成されるカーボンナノチューブに関する研究がその用途開発、実用化、量産化の観点から精力的に推進されているが、外径が10~数十nmの多層カーボンナノチューブと同様なサイズをもつ有機ナノチューブがある。石鹸分子のように1つの分子中に水に溶けやすい部分(親水部)と油に溶けやすい部分(疎水部)を併せ持った両親媒性分子が水中で自発的に集まって(自己集合とよぶ)ナノチューブ構造を形成するもので、リン脂質、糖脂質、ペプチド脂質など、ある限られた両親媒性分子だけがナノチューブ形態に自己集合することがわかってきた。有機ナノチューブのサイズは用いる分子によってサイズが異なるが、一般的には内径が10~200nm、外径が40~1000nm、長さが数~数百µmである。分子はその親水部を外側に向けた二分子膜構造を形成し、円筒層状に重なった膜構造をしている(図2)。数百万個以上もの分子が化学結合ではなく、分子間力だけで寄り集まって整然と配列し、安定なチューブ状構造をしているのが大きな特徴である。

有機ナノチューブの代表的な分子充填模式図
図2 有機ナノチューブの代表的な分子充填模式図。オタマジャクシ型をした両親媒性分子の頭部が親水部、尾部が疎水部を示す。

 有機ナノチューブの合成技術としては、水中での自己集合法があったが、重量にしてナノチューブの1,000から10,000倍もの大量の水を必要とする欠点があった。さらに、分子を最終的にチューブ状集合体へと形態変化させるには多くのステップと長時間が必要である(図3)。このため、実験室レベルではナノチューブ1グラム以上の量産化は困難とされてきた。

 産総研では、過去10年にわたってナノチューブ形成用両親媒性分子の設計、合成、自己集合化の研究開発を推進してきているが、今回、有機ナノチューブの量産化に成功した。この研究は、独立行政法人 科学技術振興機構(以下「JST」という)と産総研の共同研究【戦略的創造研究推進事業(CREST)プロジェクト、平成12~17年度】およびJSTの委託研究【戦略的創造研究推進事業発展研究(SORST)プロジェクト、平成17~19年度】の一環として実施された。

水中で両親媒性分子が球状集合体、コイル状集合体を経て、最終的にナノチューブ形態に変化する形成メカニズムの図
図3 水中で両親媒性分子が球状集合体、コイル状集合体を経て、最終的にナノチューブ形態に変化する形成メカニズム

研究の内容

 今回、ナノチューブ形成用に、食品として用いることのできる糖やペプチドといった低コストで安全な原材料を親水部および疎水部に用いてN-グリコシド型糖脂質、あるいはペプチド脂質を分子設計、合成した。さらに、水溶媒を用いる代わりに、食用にも使われるエタノールなどの安全な有機溶媒中で自己集合させて中空繊維状の有機ナノチューブを合成することに成功した。

有機溶媒中での両親媒性分子の自己集合メカニズムを示した推定図
図4 有機溶媒中での両親媒性分子の自己集合メカニズムを示した推定図(図面協力:産総研ナノテクノロジー研究部門)

 溶媒を室温放置あるいは濃縮するという簡便な操作で、しかも、ナノチューブの材料をよく溶かす有機溶媒を使用したために、従来の1,000~10,000分の1という少ない溶媒使用量で有機ナノチューブの固体粉末が大量(1キログラム以上)に製造できた。分子が水中でのナノチューブ形成のような多段階のステップを経ずに、たった一段階でナノチューブ構造に集合したために非常に短時間で、しかも大量に得られたと考えられる(図4)。透過電子顕微鏡および走査電子顕微鏡により、白色固体粉末は内径が40~200nm、外径が70~500nm、長さが数µmの有機ナノチューブからなることを確認した(図5)。

 今回の有機溶媒を使用する技術により、1キログラム以上の有機ナノチューブを10リットル程度の有機溶媒で作成できたが(従来法では水が20,000リットル必要)、それだけではなく、機能性物質を取り込む(包接する)ことができるナノチューブを製造するためには、従来は数日間以上の真空乾燥が必要であったが、有機溶媒を使用することで、乾燥が容易になり、数時間で完了できる。

白色固体粉末を構成する有機ナノチューブの走査電子顕微鏡写真
図5 白色固体粉末を構成する有機ナノチューブの走査電子顕微鏡写真(透過モード)

 この有機ナノチューブはカーボンナノチューブとは特性もサイズも機能も異なるナノチューブ構造体であり、今後の応用、開発研究、実用化研究が日本発の研究として加速化されると考えられる。そこで現在、オーガニックナノチューブAISTと命名し、登録商標を申請中である。

 ブドウ糖分子が環状に6~8個つながって構成されるシクロデキストリンと呼ばれる環状分子が食品分野、メディカル応用、家庭用品など様々な分野で広く利用されている。その中空内孔に様々な有機低分子を取り込む(包接する)ことで、不安定な物質を安定化させたり、医薬や香料をゆっくりと放出したり、水に溶けにくい物質を溶解させたりする機能をもっている。一方、糖脂質が自己集合して形成する有機ナノチューブは水中によく分散するが、このナノチューブに、シクロデキストリンでは取り込むことができない大きな物質、例えば、タンパク質、核酸、ウイルス、金属ナノ粒子などをチューブ内部に取り込んで、水中に分散させることが可能である。例えば、30~60nmの内径をもつ有機ナノチューブを用いて、1~20 nm程度の大きさをもつ金ナノ粒子や直径12nmの球状タンパク質(フェリチン)を内部に取り込むことにも成功している(図6)。

 現在、包接機能を応用したシクロデキストリン包接品が研究開発され、すでに事業化されているものも多いが、今回、開発した有機ナノチューブは、大量合成が可能であり、また、大きな分子の取り込みが可能であることから、新たな包接機能をもつ物質としての産業応用が期待される。

内径が30~50nmの有機ナノチューブに2種類の大きさが異なる金ナノ粒子を内部に取り込んだ様子と内径が60nmの有機ナノチューブに外径が12nmのフェリチンが取り込まれた状況を示す電子顕微鏡写真
図6 (左、中)内径が30~50nmの有機ナノチューブに2種類の大きさが異なる金ナノ粒子を内部に取り込んだ様子、(右)内径が60nmの有機ナノチューブに外径が12nmのフェリチンが取り込まれた状況を示す電子顕微鏡写真

今後の予定

 吸着、包接、徐放効果のある新しい有機ナノチューブコンテナーや有機ナノチューブキャリヤーとして、(1)農業用(プリオン除去、徐放性肥料など)、(2)食品(脂肪排出、機能性ファイバーなど)、(3)健康(脱毛予防、アレルゲンフィルターなど)、(4)医療(標的ドラッグデリバリシステム、血液浄化、ウイルス捕捉、インシュリン投与、噴霧など)、(5)環境(金属微粒子除去など)、(6)その他、女性、高齢者用の健康食品添加用材料、といった各分野への応用を視野に入れて、有機ナノチューブの開発を進めていく。



用語の説明

◆両親媒性分子
両親媒性分子とは、水に溶けやすい部分(親水部)と水に溶けにくい部分(疎水部)を一つの分子中に同時に持っている分子を意味する。高級脂肪酸の塩である石鹸分子は典型的な両親媒性分子である。石鹸水に油滴を入れよく振ると、石鹸分子がその疎水部を油滴に突き刺さるように、かつ親水部を外側に向けて球状の集合体を形成し、油滴全体を取り囲む。こうして、油滴を水中で溶かすことができるので、汚れを洗い流すことができる。[参照元へ戻る]
◆有機ナノチューブ
カーボンナノチューブが発見される前、1984年ごろ、日米の独立した3つの研究チームが偶然、ある両親媒性分子が水中で自発的に集合して、中空繊維状の構造体を形成することを見いだした。光学活性な分子、アミド結合や芳香族環の相互作用が期待できる両親媒性分子の中からナノチューブ形成用分子が見つかっているが、基本となる分子設計の原理や詳細な形成メカニズムは不明な点が多い。産総研では有機ナノチューブの外径や内径サイズの制御、有機ナノチューブの配向化、包接、分離特性の解明、ナノチューブ1本の特性評価などにおいて数多くの成果を挙げている。[参照元へ戻る]
◆ゲスト物質
例えば、シクロデキストリン分子は自分よりサイズの小さい別の分子、例えば、香料などをその内孔に取り込んで(包接して)徐放する作用がある。このように相対的に大きな分子、即ち取り込む側の物質をホスト、取り込まれる側の比較的小さい物質をゲストと呼ぶ。シクロデキストリンの内孔サイズは0.6~0.9nmであるので、原則、1nm以上のゲスト物質を1分子では取り込むことができない。ましてや、2nm以上もある球状のタンパク質や核酸、金属ナノ粒子やウイルス(小さくても20nm)などをその分子中に取り込むことは不可能である。今回の有機ナノチューブはシリンダー状の内孔を持ち、シクロデキストリンでは包接できない分子や機能性物質を内部に取り込むことができると期待される。[参照元へ戻る]
◆シクロデキストリン
デンプンから酵素反応によって合成されるブドウ糖が環状に6~8個つながって構成される環状オリゴ糖分子を言う。含まれる糖の個数に応じて環のサイズが異なり、分子の中央内孔部にさまざまな別の分子を取り込む(包接する)ことができる。その包接によって光や熱に対して不安定な物質を安定化させたり、医薬や香料をゆっくりと放出したり、水に溶けにくい物質を溶解させたり種々の特徴的な機能が知られている。現在では、健康食品分野、化粧品分野、抗菌消臭・家庭用品分野、工業・農業・環境分野への応用を目的に様々なシクロデキストリン包接品が研究開発され、すでに事業化されているものが多い。[参照元へ戻る]

 


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