発表・掲載日:2005/09/02

高速全自動タンパク質二次元電気泳動システムを開発

-診断、創薬、プロテオーム研究を加速-

ポイント

  • 高速、高い再現性を示すタンパク質の全自動二次元電気泳動システムの実現及びコンパクト化に成功。
  • 臨床の現場で病態解析や診断などに重要なタンパク質の解析が簡便かつ短時間に実施可能に。
  • 従来1日以上かかっていたタンパク質の二次元電気泳動が約1時間で行えるようになった。


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)バイオニクス研究センター【センター長 輕部 征夫】、学校法人 片柳学園 東京工科大学【学長 相磯 秀夫】(以下「東京工科大学」という)は、シャープ株式会社(以下「シャープ」という)、凸版印刷株式会社(以下「凸版」という)、アステラス製薬株式会社(以下「アステラス製薬」という)と共同で、全自動二次元電気泳動システムを開発した。本研究開発により、従来1日以上かかっていたタンパク質の二次元電気泳動が約1時間で行えるようになった。これまで二次元電気泳動法は、2種類の異なる電気泳動法を組み合わせるため、操作を自動化することが困難であった。本システムでは、生体サンプルの注入から、第1段階の等電点電気泳動、タンパク質の染色、洗浄、第2段階のポリアクリルアミドゲル電気泳動、検出まですべての操作を自動化した。これにより高い再現性を示す二次元電気泳動を実現した。今後、本システムを疾患関連タンパク質、癌マーカーの探索などのタンパク質解析に応用していく予定である。また、将来的には、本システムを疾患の診断機器としての応用を考えている。【図1参照】

 なお本研究成果は、BioJapan2005(2005年9月7日から9日まで、パシフィコ横浜で開催)、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下「NEDO」という)のブースで展示される。

高速全自動タンパク質二次元電気泳動システムの臨床用途イメージ図
図1 高速全自動タンパク質二次元電気泳動システムの臨床用途イメージ


研究の背景

 現在のタンパク質を網羅的に解析するツールとしては、二次元電気泳動法に基づく分析装置が一般的である。しかし、二次元電気泳動では、使用するゲルサイズが20cm以上のものが多く、また試料タンパク質が等電点電気泳動(IEF)に用いるゲル内に浸透するまでの時間、タンパク質を色素で染色する時間、過剰な色素を除去する時間があわせて1日以上必要である。また、タンパク質試料の注入やIEF後のゲルをドデシル硫酸ナトリウム(sodium dodecyl sulfate, SDS)-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(polyacrylamide gel electrophoresis, PAGE)ゲルのスタートラインまで移動させる操作など、自動化が難しいといった欠点がある。そのため、二次元電気泳動は、専門のテクニックを有した研究者だけが使用する方法となっており、大規模なプロテオーム解析が立ち後れている。そこで、産総研、東京工科大学は、シャープ、凸版、アステラス製薬と共同で、IEF、SDS-PAGEを組み合わせた全自動二次元電気泳動システムおよびそのチップの開発に着手した。

研究の経緯

 産総研、東京工科大学は、電気泳動法をもとにしたタンパク質等の物質を分離する新しい方法を開発しており、本プロジェクトに関連する基本特許を出願していた。この知的財産をもとに、シャープ、凸版、アステラス製薬(当時の藤沢薬品工業株式会社)と共同で、タンパク質解析のためのバイオチップの開発に着手することになった。時期を同じくして、経済産業省、NEDOのフォーカス21・バイオIT融合機器開発プロジェクトの公募があり、採択された。平成14年度補正予算に始まり、17年度末まで約3年間の事業である。また、助成事業終了時に事業化(製品化)が要求されている。本プロジェクトの実施事業者は、東京工科大学、シャープ、凸版、アステラス製薬であり、産総研は民間企業3社からそれぞれ委託を受けて研究開発を実施している。

研究の内容

 本研究開発は、タンパク質を解析するための1.二次元電気泳動チップ、2.二次元電気泳動自動化システム、3.二次元タンパク質検出器の作製、4.タンパク質試料前処理法の開発からなる。チップはプラスチック基板を切削加工または射出成形することにより作製した。現在、一部ガラスを使用しているが、最終的にはプラスチックで置き換える。二次元電気泳動では、第1段階IEF終了後、IEFゲルを壊さないように第2段階SDS-PAGEゲルのスタートラインに移動させる必要がある。本システムでは、コンピュータ制御により、IEFゲルを自動搬送する装置を作製した。また、新しいタンパク質の検出法としてIEFとSDS-PAGEの間でタンパク質を迅速に染色する中間染色法を開発した。さらに蛍光色素染色、過剰色素の洗浄、SDS化処理をチップ上自動で行うシステムを作製した。検出は蛍光標識したタンパク質を測定する。現在、高感度CCDカメラを用いた検出システムを構築している。このように、2種類の電気泳動の分離モードを1つのシステムに実装させ、現在の電気泳動法システムの1/4以下の大きさで、所要時間を大幅に短縮(1時間)したシステムを開発した。【図2参照】

 生体試料には、微量で重要なタンパク質の解析を妨害するタンパク質が大量に含まれる。たとえば血清中に存在するタンパク質の含有量は、少ないもので1pg/mL、多いもので5×1010pg/mLと100億倍以上の広範囲に及ぶ。なかでもアルブミンやグロブリン等プロテオーム解析に不要なタンパク質が全含有量の90%以上を占めており、これらが電気泳動法のみならずタンパク質の分離・検出を困難にしている。そこで、電気泳動によるタンパク質分離・検出を可能とするために、血清から高含有タンパク質の除去と、特定タンパク質群の分画を組み合わせて、タンパク質を系統的に分画する前処理方法を開発した。

高速全自動二次元電気泳動システムの写真
図2 高速全自動二次元電気泳動システム

今後の予定

 NEDOの助成事業は平成17年度で終了するが、その後1年程度のインキュベーション期間を経て、市販する予定である。それまでに、分離能、測定感度、再現性のさらなる向上を図る。また、大学医学部などとも連携をはかり、本システムを疾患関連タンパク質の解析ツールとして利用する。また最終的には、疾患診断機器としての応用を検討する。


用語の解説

◆電気泳動
電気泳動は、荷電粒子あるいは分子が電場(電界)中を移動する現象であり、タンパク質やDNAを分離する方法として広く用いられている。荷電している分子はその荷電と反対の極に向かって移動する。また、その移動度は、荷電数、分子の大きさなどによって異なるため、分離技術として利用できる。タンパク質の分離には、荷電状態(等電点)の違いにより分離する等電点電気泳動(Isoelectric Focusing)と分子量の違いによって分離するドデシル硫酸ナトリウム(sodium dodecyl sulfate, SDS)-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(polyacrylamide gel electrophoresis, PAGE)が用いられる。タンパク質を構成するアミノ酸は20種類であり、すべてのタンパク質に共通であるが、アミノ酸組成、長さが異なるため、荷電状態や分子量が異なる。従って、これらの差異によりタンパク質を分離することができる。[参照元へ戻る]
◆二次元電気泳動
二次元電気泳動の画像タンパク質を2種類の異なる電気泳動法により分離する方法である。第一段階として、細長いpH勾配を持ったゲルを用いたIEF(一次元目)によりタンパク質の荷電をもとにした分離を行う。次に薄い四角形のポリアクリルアミドゲルを用いたSDS-PAGE(二次元目)により、タンパク質の分子量をもとにした分離を行う。これにより、タンパク質は平面上(二次元)に展開され分離される。タンパク質を染色することにより、タンパク質は斑点(スポット)として観察される。右図は生体組織抽出物の二次元電気泳動の結果である。[参照元へ戻る]

◆プロテオーム
プロテオーム(proteome)は、ゲノムと同様の造語であり、「タンパク質(protein)の集団(ome)」を意味する言葉である。ゲノムは単なる情報に過ぎないが、この情報に基づいて酵素やホルモン、その受容体、遺伝子の働きを調節する因子など様々なタンパク質がつくられて、生命活動に必要な機能が発揮できるようになる。このとき個々のタンパク質はそれぞれ固有の限られた働きしかできないので、細胞内には少なくとも5千種以上の異なるタンパク質が必要になる。このように、細胞活動に必要な全タンパク質をひとまとめにした概念がプロテオームであり、プロテオームを研究すること、あるいはその方法論のことを「プロテオミクス」と呼ぶ。[参照元へ戻る]


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