発表・掲載日:2005/09/01

従来法の1/20の試料で20倍高速の高精度プロテオーム解析を実現

-バイオチップと赤外レーザーの相乗効果で次なる世代へ-

ポイント

  • 従来法の約1/20の極微量試料(1µl)でも解析が可能
  • 従来法よりも約20倍の高速解析が可能(1時間)
  • チップでタンパク質の等電点分離を行い、各等電点での質量分析を行うことで、従来手法(二次元電気泳動)と比較しやすい二次元マップ(等電点-質量マップ)を得ることができる
  • 等電点分画された状態のまま赤外レーザーを照射することで、マトリクスを添加することなしに質量分析が可能

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)生命情報科学研究センター【センター長 秋山 泰】細胞情報チーム【研究チーム長 高橋 勝利】を中心として、日本電気株式会社【代表取締役社長 金杉 明信】、川崎重工業株式会社【代表取締役社長 大橋 忠晴】、日本電子株式会社【代表取締役社長 原田 嘉晏】の3社と共同で、従来のプロテオミクス解析方法の1/20のサンプル量で20倍の高速化を実現する微量・高速タンパク質解析システムの基本(次世代)技術開発に成功いたしました。

タンパク質の微量解析装置図


研究の背景・経緯

 ヒトゲノム(ヒト遺伝子)の配列が決定され、ポストゲノム解析技術としてプロテオーム解析技術が注目を集めています。プロテオーム解析ではタンパク質がその解析対象であり、ゲノム情報よりもより直接的に生命活動に関連した機能情報が得られるため、ゲノム創薬テーラーメイド医療への応用が期待されています。生体内のタンパク質は個人や器官・組織によって異なるだけでなく、時間によっても大きく変化することが知られています。このため、プロテオーム解析では部位特異的かつ時系列といった極めて多くのサンプル数を取り扱うことになりますが、二次元電気泳動等の従来手法では解析に丸一日といった時間がかかるという問題がありました。また、解析に必要なサンプル量が大量であるため、患者の肉体的負担が大きい欠点もありました。つまりサンプル微量化は、患者への負担を軽減することができます。このような事情から、微量サンプル中のタンパク質を高速に解析できる新しい技術開発が求められておりました。

 産総研、日本電気株式会社、川崎重工業株式会社及び日本電子株式会社では、かねてからこれらの問題を解決するための研究開発を進めてまいりましたが、このたび赤外レーザーとナノバイオチップが相乗効果を発揮することにより、タンパク質の微量・高速解析技術の更なる発展に成功いたしました。

研究の概要

 今回開発したシステムは、ナノバイオチップ(日本電気株式会社)と中赤外波長可変レーザー(川崎重工業株式会社)、AP MALDI/oaTOF型質量分析計(日本電子株式会社)で統合的に構成されます。特筆すべきは、紫外レーザー&マトリクスといったこれまでの要素技術に替えて、今回発展的に赤外レーザーを用いたことで、バイオチップの特徴・利点を更に高める相乗効果が得られたことにあります。

 これにより、多量のサンプルを必要としたこれまでのプロテオーム解析のかたちを次のように変えることができます。(1)ナノバイオチップ上に構成されたマイクロ流路内で等電点電気泳動によりタンパク質の分離・分画を行い、(2)分画された状態を保ったままタンパク質を乾燥固定し、(3)この流路に最適波長の赤外レーザーを直接照射することで、マトリクスを添加することなしに微量サンプル中に含まれるタンパク質を網羅的かつ高速に解析できるようになります。例えば、多数の患者から採取したサンプルから疾患特有のバイオマーカータンパク質を速やかに極微量で同定できるため、創薬のプロセスが大きく効率化されます。また、微量サンプルから複数のバイオマーカータンパク質の有無を高速に判定できるため、低侵襲・多項目診断への応用も期待されます。

 タンパク質のイオン化にあたり、これまではサンプルにマトリクスを添加してエネルギー密度の高い紫外レーザーを照射する手法が用いられてきました。しかし、エネルギー密度の低い赤外レーザーをイオン化に用いることにより、サンプルの分解を最小限に抑制できるだけでなく、(1)マトリクス添加による操作の煩雑さ、装置の複雑化から開放される、(2)マトリクス添加時のサンプルの拡散による感度低下を回避できる等の利点があります。これにより、ハイスループット化の実現に見通しを得ることができました。もちろん、サンプルの拡散を防いだことによる測定の高精度化という副産物も見逃せません。将来的に質量分析の測定に高い空間分解能を求める際の有効な基盤技術として期待でき、まさに次世代の生体高分子解析への成果といえるでしょう。

今後の予定

 産総研、日本電気株式会社、川崎重工業株式会社及び日本電子株式会社はこれら技術を次世代タンパク質解析技術と位置づけ、早期の実用化を目指し、今後とも積極的な研究・開発活動を展開する予定です。

 なお、産総研、日本電気株式会社、川崎重工業株式会社及び日本電子株式会社は今回の成果を、9月7日~9日までパシフィコ横浜で開催されるバイオジャパン2005において展示致します。

 今回の成果の一部は、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の補助を受け、「バイオ・IT融合機器開発プロジェクト」において、日本電気株式会社、川崎重工業株式会社、日本電子株式会社の3社と、産総研とで共同実施されたものです。


用語の解説

◆プロテオーム解析
ある組織なり細胞で発現しているタンパク質の総体をプロテオームという。プロテオームは細胞、組織の状態によって大きく変化するので、時間的・空間的に異なるプロテオームを比較することにより、生命現象を総合的に理解することが可能となる。またプロテオーム解析とは、生体内に含まれるタンパク質を網羅的に調べる手法であり、生命現象を理解する上で重要であると考えられている。例えばがんの研究において、がん細胞と正常細胞のプロテオームを比較することにより、がん化の原因を明らかにし治療方法を発見することが期待される。[参照元へ戻る]
◆ゲノム創薬
ヒトの遺伝情報を活用した創薬手法で、主に疾患や体質の原因となる遺伝子を突き止め、その遺伝子が作るタンパク質などを合理的に創薬の標的にするのが特徴。テーラーメイド医療とは不可分。情報解析的手法を用いることで、膨大なゲノム配列情報から遺伝子を抽出したりタンパク質の構造・機能予測をおこなうバイオインフォマティックスを主に据えることで、これまでの経験主導型創薬とは一線を画す。[参照元へ戻る]
◆テーラーメイド医療
自分の身体に合わせて洋服の仕立てを注文するように、個人個人の遺伝情報、言わば体質に適合させた医療のこと。例えば投薬において、ある薬に対する感受性に関与する遺伝子の違いを事前に調べることで、効果や副作用の有無を知った上で患者個人に適した負担の掛からない治療を実施することが可能であるし、無駄な投薬を減らすことで医療費を下げることにも貢献できるとして注目を集めている。[参照元へ戻る]
◆AP MALDI/oaTOF型質量分析計
atmospheric pressure matrix-assisted laser desorption ionization orthogonal acceleration time-of-flight型質量分析計:大気圧マトリクス支援レーザー脱離イオン化直行加速飛行時間型質量分析計 [参照元へ戻る]
◆等電点電気泳動
酸性、アルカリ性などタンパク質の持つ電気化学的性質、特にこの場合は等電点の差を利用して、電圧印加によりタンパク質の分離を行う方法。タンパク質はそれを構成しているアミノ酸の性質により、電荷平均が0になるpHが異なる。そのためpH勾配の下で電圧を印加すると、電荷が0となる等電点まで移動(電気泳動)して止まる。性質の異なるタンパク質を同時に泳動させると等電点の順に並ぶ。この原理を用いてタンパク質の分離、分析が行われる。[参照元へ戻る]


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