発表・掲載日:2005/01/28

有機ナノ結晶分散系からなるバルク異方性材料の開発に成功

-磁場による有機ナノ結晶の配向制御とその固定化を実現-

ポイント

  • 有機分子の「バルク状態での配向制御技術」は、有機材料による新しい機能を獲得するうえで重要な開発課題であった。
  • 「再沈法」を用いてアクリル酸エステルを分散媒とする有機ナノ結晶分散系を考案・作製した。この有機ナノ結晶分散系に、磁場下での反磁性相互作用により有機ナノ結晶の配向を揃え、さらに光重合反応により配向状態の固定化を行うことにより、バルク異方性材料であるアクリル樹脂の作製に成功した。
  • この技術では、センチメートル単位の大きさの異方性材料の作製も容易で、形状の自由度も大きく、今後広い範囲への応用が期待される。


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)光技術研究部門【部門長 渡辺 正信】は、国立大学法人 東北大学(以下「東北大」という)【総長 吉本 高志】多元物質科学研究所 中西 八郎 教授らのグループと共同で、磁場下で有機ナノ結晶の配向状態を制御・固定化したバルク異方性材料の作製に成功した【図1・2参照】。

 有機オプトエレクトロニクス分野では、新たな機能の獲得を目的として有機分子の向きや並びを制御することが求められているが、無機物と異なり、これまでバルク状態で、有機分子の向きを効率的に揃える技術は存在しなかった。

 本研究では、簡便で適応性に優れた有機ナノ結晶の作製法である「再沈法」を用いて、光重合性を持つアクリル酸エステルを分散媒とした有機化合物のナノ結晶分散系を作製し、これに強磁場下で紫外光を照射することにより、バルク異方性材料(アクリル樹脂)の作製に成功した。

 作製されたアクリル樹脂は、ゴム状であるにもかかわらずその異方性は熱的に安定しており、これまで実現されていなかったセンチメートル(cm)サイズのものでも容易に作製できる。また、形状の自由度も大きく、様々な形状の樹脂を作製することができる。

 今回開発した有機ナノ結晶の配向制御・固定化の技術は、他の有機物にも応用が可能であり、今後は有機オプトエレクトロニクス分野のみならず、幅広い分野への利用が期待される。

 本研究開発の成果は、独立行政法人 科学技術振興機構【理事長 沖村 憲樹】の戦略的創造研究推進事業(CREST)「分子複合系の構築と機能」(平成10~17年度)により得られたものである。

 この成果の詳細は、自然科学誌 Advanced Materials 1月31日号に掲載される。

磁場下での有機ナノ結晶の配向の図
図1 磁場下での有機ナノ結晶の配向
 
  様々なサイズのバルク異方性材料の写真
図2 様々なサイズのバルク異方性材料
 


研究の背景

 有機材料はその構造の多彩さから様々な分野での応用が期待されている。プリンタブルTFTやフレキシブルELディスプレイなど、この有機材料の特長を生かしたデバイスの登場も間近であることから、有機オプトエレクトロニクス分野全般に対する関心は近年ますます大きくなっている。

この分野では、高度に有機分子の向きや並びを制御する(配向制御する)ことに注目が集っており、有機半導体、有機発光デバイス、有機非線形光学材料、フォトニッククリスタルなどでは、有機分子の配向制御によって新たな機能を発現させることができると予測されている。

しかしながら、これらの用途に用いることができるcmサイズのバルク状態で有機分子の配向を制御できる効率的な技術は存在しておらず、無機材料と比較して、有機材料に関するバルク異方性材料の作製技術が未熟であることは否めない。このため、有機オプトエレクトロニクス分野のよりいっそうの飛躍には、有機材料で無機材料のように配向制御されたバルク材料を容易に得る技術が求められていた。

研究の経緯

 東北大 多元物質科学研究所では、これまで「再沈法」という優れた手法を用いて様々な有機物のナノ結晶を作製することに成功しており、さらに、再沈法により作製した大きな双極子モーメントを持つ有機分子DAST (trans-4-[4-(dimethylamino)]stilbazolium p-toluenesulfonate)のナノ結晶分散系に対して電場を印加すると、異方的なナノ結晶が電場の向きに沿って配向する現象を観測していた。

 一方、産総研においては、同じDASTナノ結晶の分散系が、強磁場中で反磁性相互作用により配向する現象を見いだしている。一つの有機分子では磁場から受けるエネルギーが小さいために、熱運動等の揺らぎにより磁場下での配向を直接観測することは難しいが、有機分子が多数集まった数十nm(ナノメートル:1nmは10億分の1m)程度のサイズの有機ナノ結晶では磁場から受けるエネルギーが熱運動と同程度になり、ナノ結晶の配向が起こることがわかった。磁場を用いた配向制御は,大きな双極子モーメントを持たない結晶にも適応できることから、電場による配向制御と相補的な役割を果たす技術といえる。磁場はバルク状態の分散系に対しても容易に印加でき、試料のサイズや形状の自由度が大きく、直接試料に接触することがないため水を含むあらゆる分散媒を利用できる、といった特長を持っている。

 有機ナノ結晶は、有機分子の集合体であり、その中で有機分子は秩序よく並んでいる。しかしその一方で、有機ナノ結晶分散系の中では、たくさんの有機ナノ結晶が自由な方向を向いているので、バルク状態(全体)としてとらえると「有機分子は並んでいない」ように見えてしまう。もし、有機ナノ結晶分散系中の一つ一つの有機ナノ結晶の方向を揃えることが出来れば、cmサイズからそれ以上の領域で分子の方向がそろった材料を作製することが出来る。既に、電場もしくは磁場の中で有機ナノ結晶分散系中の有機ナノ結晶の方向を揃えることが出来ることは実証されているが、これらを取り除くと有機ナノ結晶の方向はバラバラになってしまうため、これを固定化する技術の開発が必要であった。

研究の内容

 DASTナノ結晶分散系は、カチオン性界面活性剤(n-ドデシルトリメチルアンモニウムクロリド)を含んだDASTエタノール溶液を分散媒であるアクリル酸エステルに注入して作製された【図3参照】。

「再沈法」によるDASTナノ結晶分散系の作製方法の図
図3 「再沈法」によるDASTナノ結晶分散系の作製方法

 DASTナノ結晶分散系の異方的な配向固定化は、磁束密度17 T(テスラ)まで印加可能な超伝導磁石中、光重合反応の開始剤としてベンゾインイソプロピルエーテルを分散系に加え、窒素置換の後、紫外光を照射することによって行なわれた【図4参照】。

磁場により有機ナノ結晶分散系を異方的に配向固定化するプロセスの図
図4 磁場により有機ナノ結晶分散系を異方的に配向固定化するプロセス

 DASTナノ結晶分散系を固定化すると赤色半透明のゴム状の固体となるが、固定化された配向状態は熱的に非常に安定で、室温で6ヶ月以上、100℃でも24時間以上、全く変化が観測されなかった。図5に15 Tの磁場下で光重合させたDASTナノ結晶分散系の偏光吸収スペクトル((C)は磁場印加しない時のスペクトル)を示す。吸収極大では、磁場の方向に対して平行な偏光を入射した場合図5(A)と垂直な偏光を入射したとき図5(B)の吸光度の差は約0.4あり、偏光子を介せば目視にても十分に分かるレベルである【図6参照】。

15 T磁場下、異方的に配向が固定化されたDASTナノ結晶分散系の偏光吸収スペクトル図
図5 15 T磁場下、異方的に配向が固定化されたDASTナノ結晶分散系の偏光吸収スペクトル

15T磁場下、異方的に配向が固定化されたDASTナノ結晶分散系の写真
図6 15 T磁場下、異方的に配向が固定化されたDASTナノ結晶分散系の写真
  (左)透過光が最大になるように偏光子が設置された場合
  (右)偏光子を90度回転させた場合

今後の予定

 使用したDASTはテラヘルツ波の発生材料としても注目されており、今回実現したDASTのバルク異方性材料の光学特性の評価を進めていくとともに、より精密さを増した有機ナノ結晶の配向制御技術の開発を目指していく。また、開発した有機ナノ結晶の磁場配向制御と固定化の手法を他の化合物群にも順次適用範囲を広げる予定である。



用語の説明

◆異方性
結晶や分子の性質が方向によって異なること。結晶における原子、イオン、分子の配列の仕方が方向によって異なることを反映して、観測される諸性質も方向によって異なっていることが多く、このようなとき異方性があるとういう。[参照元へ戻る]
◆再沈法
有機ナノ結晶を作製する方法の一つ。まず有機材料を良溶媒に溶解し、その溶液を注射器などを用いて該当有機材料が溶解しない貧溶媒に撹拌しながら注入し、再沈殿させることで簡便に有機ナノ結晶分散系を得ることが出来る。有機材料溶液の濃度、貧溶媒の量、温度、撹拌速度、などをコントロールすることによって十数nmから数百nmのサイズのナノ結晶を得ることが出来る。溶媒に溶解する有機材料であればほとんど適用可能で、極めて多くの有機材料のナノ結晶作製に有効な方法の一つである。[参照元へ戻る]
◆アクリル酸エステル
アクリル樹脂の原料。重合開始剤の存在下で熱もしくは光を照射することでゴム状の固体を得る。長鎖アルキル基であるラウリル基が結合したものはアクリル酸ラウリルと呼ばれる。[参照元へ戻る]
◆双極子モーメント
一対の正負の同じ大きさの力の源からなる要素を双極子という。力の源が電荷である場合は電気双極子、磁荷である場合は磁気双極子という。双極子は正の力の源から負の力の源への大きさとの積で特徴づけられる。このベクトルを双極子モーメントという。双極子モーメントの大きな材料は誘電性、焦電性、圧電性、電気光学特性、など特徴的な物性を示す。[参照元へ戻る]
◆DAST
正式名称は、trans-4-[4-(dimethylamino)]stilbazolium p-toluenesulfonate。極めて大きな二次非線形光学係数を有し、最近新しい光源として期待されるテラヘルツ波発生、電界センサー、高速光変調器などへの応用が期待されている。[参照元へ戻る]
◆反磁性相互作用
磁性は大きく分けると、強磁性、反強磁性、常磁性、反磁性に大別される。強磁性体、反強磁性体はその構造の中に遷移金属元素のd軌道電子のような孤立スピン電子を有し、スピン方向が平行に整列している場合は強磁性、反平行に整列している場合が反強磁性となる。通常用いられている磁石は強磁性体である。常磁性はスピンの方向がランダムであるため、強力な磁場の中では磁石に引き寄せられるが、磁場を除去した後は磁石とならない。通常の有機化合物は孤立スピン電子を有しないので、磁性を持たず、つまりそのほとんどが反磁性体である。反磁性体では磁束に対して反発し、これを反磁性相互作用と呼ぶが、通常この係数は圧倒的に小さいため、極めて強力な磁場下においてもこの作用を観測する事は難しい。[参照元へ戻る]
◆有機ナノ結晶分散系
有機ナノ結晶が均一に分散した媒体。先に述べた再沈法以外にもバルク結晶を機械的その他の方法で砕くなどの方法でも作製される。そのほとんどが何らかの液体に分散された状態であることが多い。[参照元へ戻る]
◆テスラ
磁束密度の単位で、記号Tで表す。便宜的に磁場や磁石の強さを表現するのにも使われる。磁気健康器具は約0.1T、医療用MRIは約1.5T、磁気回路という特別な工夫をした最も強力な永久磁石は約5Tといわれる。[参照元へ戻る]
◆偏光
光の電場ベクトルの方向。通常、光は様々な電場ベクトル成分を含んでいるが、例えば非常に幅の狭いスリットを光が通過すると、光の電場成分はそのスリットの方向に沿った成分のみが透過できる。この様な電場ベクトル成分が一方向に揃った光のことを特に直線偏光と呼ぶ。通常、直線偏光の光を作り出すためには、延伸高分子フィルムに色素を吸着させたポラロイド偏光子や偏光成分によって反射率の違いを利用したプリズム偏光子などが用いられる。[参照元へ戻る]



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