発表・掲載日:2004/09/06

NECエレ、東電、産総研共同提案により、10ギガビット・ツイストペア線 イーサネット用誤り訂正符号がIEEE標準規格に採択

-AISTスーパークラスタによりLDPC誤り訂正符号の有効性を実証-

ポイント

  • ツイストペア線を用いて10ギガビット/秒のイーサネット伝送を行う「10GBASE-T」規格の信号方式における誤り訂正符号であるLDPC符号(Low Density Parity Check Code)の有効性を示すには膨大な計算パワーを必要とするシミュレーションが必須であり、これまで誰も実証できていなかった
  • 256台のAISTスーパークラスタを2週間稼動させ、LDPC符号の有効性の実証に成功
  • この成果を7月開催のIEEE標準化委員会(IEEE802.3an)にNECエレ、東電、産総研が共同提案し、満場一致でLDPC符号が標準規格に採択


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)グリッド研究センター【センター長 関口 智嗣】と次世代半導体研究センター【センター長 廣瀬 全孝】は、NECエレクトロニクス株式会社【代表取締役社長 戸坂 馨】(以下「NECエレ」という)と東京電力株式会社【取締役社長 勝俣 恒久】(以下「東電」という)とで、ツイストペア線を用いて10ギガビット/秒のイーサネット伝送を行う「10GBASE-T」規格の信号方式における誤り訂正符号であるLDPC符号Low Density Parity Check Code)の有効性について、産総研のAISTスーパークラスタを用いて実証することに成功しました。

 このLDPC符号は、2004年7月に米国ポートランドで開催されたIEEE標準化委員会(IEEE802.3an)に、NECエレ、東電、産総研の三者共同で提案され、出席者の採決により満場一致でIEEE標準規格に採択されました。これにより、10GBASE-Tの標準化が大きく前進することになりました。

 NECエレ、東電、産総研認定ベンチャー企業である株式会社進化システム総合研究所【代表取締役社長 吉井 健】(以下「進化システム」という)、産総研は、これまでそれぞれの立場から10GBASE-Tの標準化提案を行ってきました。しかし、誤り訂正符号では同じくLDPC符号を支持していたことから協力し合い、今回のNECエレ、東電、産総研による共同提案に至りました。

 10GBASE-Tは、LANを束ねるネットワーク機器やサーバ機の相互接続、また将来のパソコン接続のためのネットワーク規格であり、今後、巨大市場を形成することが期待されています。しかし、10GBASE-Tの標準化では、伝送信号の誤り訂正符号については採択に至る方式がなく、標準化が進んでいませんでした。今回、IEEE標準化委員会(IEEE802.3an)で標準規格として採択された誤り訂正符号は、LDPC符号と呼ばれるもので、データ伝送エラーの復号能力が高く、また計算プログラムを並列に実行することによる高速処理が可能であり、10GBASE-T規格の誤り訂正符号として最適なものです。LDPC符号が標準規格として採択されるためには、その有効性を示すために、IEEE標準化委員会(IEEE802.3an)より、計算機シミュレーションにより、エラーフロアが存在しないことの実証を要請されていました。この計算にはNECエレの試算で通常のパソコンで約7年半の計算時間が必要と見積もられましたが、産総研が行ったプログラムの最適化による高速化とAISTスーパークラスタの使用により、これを2週間に短縮することに成功し、LDPC符号ではエラーフロアが存在しないことが明らかになりました。この成果をIEEE標準化委員会(IEEE802.3an)で標準規格としての提案を行い、LDPC符号が標準規格に採択されました。

 誤り訂正符号は10ギガビット/秒のイーサネット用LSIを開発する上で大きな開発要素となっています。したがって今回の提案で誤り訂正符号がLDPC符号に決まったことで、LSIメーカーは開発を加速化でき、10GBASE-Tの実現がより現実的となってきました。LDPC符号は当面、IP通信のバックボーンやインターネットデータセンター(IDC)向け用途として、将来的にはパソコン接続用として、巨大市場を形成することが期待されています。



研究の背景

 現在、光ファイバを用いた10ギガビット/秒のイーサネットは広域通信用に用いられていますが、ツイストペア線を用いるイーサネット規格の10GBASE-Tは光通信モジュールが不要であり、機器製造コストを抑えられるほか、ケーブルの取り扱い等工事のしやすさといった利点も持っております。また、ツイストペア線を用いたイーサネットは、オフィスや家庭などに、もっとも普及しそれだけに市場規模も大きなものであるため、その実現が大いに期待されており、現在、IEEE標準化委員会(IEEE802.3an)において10GBASE-Tの標準化の検討が行われています。

 しかし、10GBASE-Tのような高速な伝送システムは、ノイズの影響を受けやすく、その結果通信エラーが生じるため、伝送路で生じた通信エラーを発見し、訂正するための誤り訂正符号が必要となり、従来の方法とは違う新しい誤り訂正符号方式の標準化が必要でした。10GBASE-Tの場合、これまでよりも高い周波数の信号をイーサネットのケーブルに通すために、雑音の影響や高周波成分の減衰が大きく、したがって、従来よりも伝送エラーの発生が高くなります。この伝送エラーの問題を解決するために、伝送エラーが起きた場合でも、誤り訂正符号によって、元のデータを復号することが必要です。従来も誤り訂正符号は用いられてきましたが、10GBASE-Tの場合には、これまでよりもさらに能力の高い誤り訂正符号が必要とされます。しかし、これまでIEEE標準化委員会(IEEE802.3an)では誤り訂正符号について採択に至る方式がなく、標準化が進んでいませんでした。

研究の経緯

 これまで、NECエレ、東電、進化システム、産総研は、それぞれの立場から10GBASE-Tの標準化提案を行ってきました。10GBASE-Tにおいて、NECエレは、シングルキャリア方式をベースとし、LDPC符号の採用を主張していました。また東電、進化システム、産総研は、本年3月からマルチキャリア方式をベースとし、LDPC符号の採用を主張していました。誤り訂正符号ではLDPC符号という点で共通した主張であることから、共同でLDPC符号を標準化しようとの運びとなりました。

研究の成果

 10GBASE-Tの標準規格を制定するIEEE標準化委員会(IEEE802.3an)では、昨年11月に誤り訂正能力が高く、並列化による高速処理に向くLDPC(Low Density Parity Check Code)と呼ぶ誤り訂正符号化方式がIntel社によって提案されましたが、エラーフロアが存在しないことを実証できず、標準化採択までには至っておりませんでした。産総研とNECエレは、これを証明するためのプログラム開発を行い、AISTスーパークラスタによる大規模な計算機シミュレーションを実施し、LDPC符号の有効性を示すことに成功しました。

 LDPC符号において、エラーフロアが存在しないことを示すためには、ビットエラー率(Bit Error Rate)が10のマイナス12乗といった伝送エラーが極めて小さい状況での計算機シミュレーションが必要であり、エラーフロアがないことの十分な実証を行うためには、データビット列として10の14乗ビットもの膨大なデータを通信路に流すシミュレーションを行う必要がありました。従来のNECエレによる計算機シミュレーションの結果から、この計算に通常のパソコン(Xeon クロック周波数3.06GHz)では約7年半の計算時間が必要と見積もられました。

 産総研が行ったプログラム実行順の最適化とAISTスーパークラスタの一部256台(Xeon 3.06GHz 2wayプロセッサ/ピーク演算性能1.57 TFLOPS)を使用した並列処理により、計算時間を2週間に短縮することに成功し、LDPC符号ではエラーフロア-が存在しないことが明らかになりました。

 NECエレ、東電、産総研は、この成果を2004年7月14日に米国ポートランドで開催されたIEEE標準化委員会(IEEE802.3an)で発表し、標準規格としての提案を行いました。翌日15日の動議で、満場一致によりLDPC符号が標準規格に採択されました。

今後の予定

 今回、10GBASE-Tの誤り訂正符号としてLDPC符号が採択されたことにより、10GBASE-Tの標準化が大きく前進することとなります。

 10GBASE-Tは、当面はIP通信のバックボーンやインターネットデータセンター(IDC)向け用途として、LANを束ねるネットワーク機器やサーバ機の相互接続に用いられるものの、数年後にはパソコン用接続としても用いられる可能性があり、巨大市場を形成することが期待されています。

 なお、進化システムは東電と10ギガビットイーサネットに関する共同研究契約を今年4月に締結しています。



用語の説明

◆イーサネット
Xerox社によって発明されたネットワークの媒体。オリジナルは伝送速度3Mbpsでしたが、Ethernet 2.0の仕様では10Mbpsとなりました。その後IEEE802.3として規格が決められ、現在に至っています。通信速度や通信に使用するケーブル、データのやりとりの方式が定められていて、現在国内外で使用されているものの多くはこの規格に準拠しています。社内LANなどで使われる10 BASE-T、100 BASE-TもIEEE規格です。[参照元へ戻る]
◆10GBASE-T
イーサネットにおけるデータの送受信に用いられる伝送媒体には、高価な光ファイバ、銅線を用いた安価な同軸ケーブル、銅線を用いて一番安価なツイストペア線の3種類があります。10GBASE-Tは、このうち、ツイストペア線を用いた10ギガビットイーサネットの物理層信号の規格を定めるものです。ツイストペア線を用いたイーサネットは、オフィスや家庭などに、もっとも普及し、それだけに市場規模も大きなものであるため、その標準化によって多数のメーカーが参入すればそれだけ、価格も下がり、さらに普及が進みます。[参照元へ戻る]
◆誤り訂正符号
送りたいデータに対して、その送信データの特徴を反映した付加データ(パリティ)も一緒に伝送することで、もし伝送エラーが起きた場合でも、受信側で伝送エラーが起きたことを検知したり、復号することが可能となります。このような付加データを生成したり、それを用いて伝送エラーを検知、あるいは復号する方法全体のことを誤り訂正符号と呼びます。[参照元へ戻る]
◆LDPC符号(Low Density Parity Check Code
高性能な誤り訂正符号として近年注目を集めている方式。1962年にGallagerにより発明されました。シャノン限界に近い復号特性を持ち、特に通信チャネルの伝送誤り率が10のマイナス2乗以下のシステムにおいては、たとえば100億回の伝送で復号できないのはたった1回という優れた復号性能を示しています。[参照元へ戻る]
◆AISTスーパークラスタ
産総研が導入したLinuxをオペレーティングシステムに用いた、全体で14.6TFLOPSの総演算性能と9.6TBのメインメモリ、803TBのストレージを持つ国内最高の総演算性能のクラスタ計算機。平成16年4月より稼動。
(参考:2004.05.10発表プレスリリース 国内最高性能のクラスタ計算機「AISTスーパークラスタ」の運用を開始[参照元へ戻る]
◆IEEE標準化委員会(IEEE802.3an)
10ギガビットイーサネットを実現するための伝送媒体には、光ファイバー、同軸ケーブル、ツイストペア線の3種類があります。このIEEE802.3は、このうちツイストペア線を用いたイーサネット通信規格を定めるために設置された委員会です。10Gbpsの伝送速度、イーサネットフレーム形式、全二重通信方式等の遵守や送信側だけの規格化に留めるなど、規格を定める上での前提条件が与えられています。通常のIEEE規格化の流れに従い、この委員会は2002年11月にStudy Groupとしてスタートし、本年3月にTask Forceに昇格しました。
※IEEE 米国電気電子技術者協会(Institute of Electrical and Electronics Engineers)で、IEEE〈アイトリプルイー〉と呼ばれ、エレクトロニクス関係で世界最大の学会。活動は、通信、コンピュータ部品から原子物理学にまで多岐にわたります。エレクトロニクスに関する学会の開催、論文誌の発行、専門委員会による技術標準の決定等を行っています。コンピュータ分野の委員会には、約10万人の会員が参加し、IEEEを冠したコンピュータ規格で知られています。[参照元へ戻る]
◆エラーフロア
誤り訂正符号において、低いSNR(信号対雑音電力比)領域では、雑音電力が低下するにつれて急激に復号誤り率の向上をみせるのに対して、高いSNR領域では雑音電力が低下するにもかかわらず、誤り率が殆ど向上しなくなるエラーフロアと呼ばれる現象が発生する場合があります。この問題をシミュレーション以外の方法で予測するのは極めて困難です。[参照元へ戻る]
◆IP通信
IP(Internet Protocol)通信とは、LANやインターネットの標準プロトコルを用いて行う通信のことをさします。[参照元へ戻る]
◆インターネットデータセンター(IDC)
ドットコム企業(ワールド・ワイド・ウェブを通じてビジネスを行うベンチャー企業)をはじめ、多くの企業がインターネットを利用したビジネスを行なうようになってきましたが、サービスの拠点になるサーバには、速度、安全性、信頼性が必須となっています。これらの環境構築には多大なコストがかかるため、そのアウトソーシングとして機能するのがインターネットデータセンターです。IDCは顧客のサーバを預り、インターネットへの接続(コネクティビティ)と、サーバの運用、監視環境(ファシリティ)を提供します。[参照元へ戻る]
◆シングルキャリア方式
一般に、伝送したい情報は、キャリア(搬送波)とよばれる信号の上に情報をのせて送ります。このキャリアを一つ用いて伝送を行うのがシングルキャリア方式であり、代表的なものにTDMA/CDMAがあります。[参照元へ戻る]
◆マルチキャリア方式
上記、シングルキャリア方式で述べたように、情報伝送にはキャリア(搬送波)を用いますが、ある周波数帯域に複数のキャリアを入れて伝送する方式をマルチキャリア方式と呼びます。代表的なものにOFDMがあります。[参照元へ戻る]
◆ビットエラー率(Bit Error Rate)
通信チャネルの伝送効率を図る尺度の一つであり、送信された総ビット数に対する、エラービット数のパーセンテージを示します。10GBASE-Tでは、10のマイナス12乗のビットエラー率が規格として求められています。[参照元へ戻る]
◆TFLOPS
FLOPSはFloating point Operations Per Secondの略で、フロップスと読みます。1FLOPSとは、1秒間に1回の浮動小数点演算を実行する速度です。浮動小数点演算を多用する科学技術計算の計算能力を示す指標に用いられます。1TFLOPS(テラフロップス)は1秒間に1兆回の浮動小数点演算能力。[参照元へ戻る]



お問い合わせ

お問い合わせフォーム