発表・掲載日:2004/03/19

世界に先駆け新機能RNAを発見!

-脳内でニューロン新生の運命を司るRNA-

ポイント

  • 最近小さなRNAが注目されており、science誌が発表したBreakthrough of the Yearに2年連続(2003、2002年)して取り上げられている。
  • 現在知られている小さなRNAとしてsiRNA、miRNAがあるが、全く新規な小さな二本鎖RNA(スモールモジュラトリーRNA:smRNAと命名)を発見した。
  • 今回発見したsmRNAは、ニューロジェネシスの運命決定を制御する新規のRNAである。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)ジーンファンクション研究センター【センター長 多比良 和誠】、米国ソーク研究所【所長 リチャード マーフィー】のFred H. Gage教授らの研究グループは、ニューロン新生(ニューロジェネシス)の運命決定を制御する新規のRNAを世界で初めて発見した。このRNAは、約20塩基の二本鎖という形状を持つ非常に小さい分子ながらも、神経細胞(ニューロン)の分化の際に重大な役割を果たす。このRNAはニューロンの遺伝子発現を抑制する負の転写因子であるNRSF/RESTタンパク質によって認識されるNRSE/RE1の配列を持っており、このタンパク質および遺伝子の設計図であるDNA上のNRSE/RE1配列と相互に作用することによって、ニューロン遺伝子群の発現を引き起こす。その結果、未分化状態だった神経幹細胞はいくつかの分化経路の中から、特異的にニューロンへと分化の道をたどるようになる。

 このRNAは細胞の核内に存在し、遺伝子発現の初期段階である転写過程をDNAおよびタンパク質との相互作用により制御する役割を持つ、全く新規のRNAである。小さなnon-coding RNAがもつ細胞の働きを制御する役割の場が、もっと拡張されることを示唆することとなった。

※本研究成果は、米国の科学雑誌「Cell」の3月19日号に掲載された。


NRSE dsRNAによる活性化モデルの概要図


図  NRSE dsRNA(smRNA)による活性化モデルの概要
 ニューロンの特性にとって重要な因子のひとつにNRSF/RESTによって認識されるNRSE配列がある。未分化細胞である神経幹細胞・アストロサイト(astrocyte)・オリゴデンドロサイト(oligodendrocyte)ではNRSF/RESTがNRSE配列に結合することによりニューロン関連の遺伝子抑制を行っている。NRSF/RESTは、遺伝子発現を抑制するために、HDACおよびメチル化DNA結合タンパク質(MeCP2、MBD1)のような負の転写因子を使っている。神経系へ分化(ニューロジェネシス:neurogenesis)させるには、神経幹細胞・アストロサイト・オリゴデンドロサイトに特異的な遺伝子を抑制し、ニューロンに特有のNRSEマークされた遺伝子の転写を活性化する。これらの細胞では、NRSE配列とdsRNAを形成することのできるnon-coding RNA(smRNA)が供給されている。このsmRNAの発現によりNRST/RESTのニューロジェネシス活性因子と抑制因子としての働きが調整されている。このとき、NRSF/REST 自身の発現量は変えることなくNRSE依存的に転写レベルでの遺伝子制御が行われている。

研究の背景

 脳内に海馬と呼ばれる部位がある。脳のほぼ中央に小さく包まれて位置するこの海馬は、人の記憶機能を制御する場所である。驚いたことにこの海馬がなくても人は生きてはいけるが、ただ新しい記憶を全く得ることができない。人を定義づける人格にとって記憶形成は不可欠で、日々の記憶の貯蔵にたくさんのニューロンが複雑にネットワークを築き上げながら貢献している。海馬は脳内で1、2を争うほどニューロジェネシスが頻繁に起きる場所である。ここにはニューロンになるもととなる神経幹細胞が存在し、この未分化な幹細胞からニューロン、オリゴデンドロサイトアストロサイトという3種類の成熟細胞ができあがる。どの細胞に分化するかは細胞外からのシグナル、および細胞内での特異的な遺伝子の発現など様々な現象が重なって最終的な経路が決定される。

研究の経緯

 様々な生物のDNA配列情報が解読・整備されている現在、この膨大な情報の中から効率よく目的とする有用遺伝子群の同定・解析ができる手法の開発は必須である。我々は、RNAを配列特異的に切断するリボザイムに着目し、網羅的な機能遺伝子探索法(ジーンディスカバリー技術)を確立した。今回、このリボザイムを用いてニューロン新生の鍵となる小さなRNAの役割を同定した。

研究の内容

 我々が世界で初めて発見し、smRNA(スモールモジュラトリーRNA)と名付けた新機能性の小さなRNAは、細胞の核内で遺伝子情報をコードする設計図であるDNAと、その設計図上にやってきて特定の遺伝子の発現のOn/Offを制御する機能性蛋白質(転写因子)の双方に作用する、全く新しい部類のRNAモジュレーターである。DNA設計図上に配列特異的(NRSE/RE-1と呼ばれるニューロン特異的な遺伝子にコードされた配列)にこのsmRNAがやってくると、「この配列の下流にコードされた遺伝子(産物)を今から生産開始しなさい」という命令がはいり、それまでその部位で遺伝子の発現を押さえていたリプレッサー(抑制)タンパク質(NRSF/RESTタンパク質)が、その性質を変えアクチベーター(活性化)タンパク質に化ける。その結果、神経幹細胞をニューロンへと導いていくのに必要な多くの遺伝子の発現が始まり、ニューロジェネシスが起こる。このsmRNAはDNA設計図上で発現場所を指示すると同時に、既にある1つの重要な蛋白質の性質を全く別の性質へ変化させる役割をもつ。特定の遺伝子群の指定、タンパク質の二面性のコントロール、の指示を出し終えると、成熟ニューロンへと神経幹細胞が進行する前にこのRNAは密やかに姿を消してしまう。

 神経幹細胞に未分化状態であることを提示するリアルタイムマーカーを導入し、ニューロン分化を強制的に促すシグナルを与えると神経幹細胞がニューロンへの分化経路を歩み始め、神経幹細胞のマーカーは時間を追って消滅していく。ここに、この小さなRNAを切断する機能を持つリボザイムを導入すると、神経幹細胞からニューロンに分化せず未分化の状態のままで神経幹細胞がとどまり、このsmRNAの役割を同定する過程で、我々のリボザイム技術が非常に役立った。

今後の予定

 近年、同様の小さい二本鎖のRNAが、細胞の中の別空間である細胞質で蛋白質生成の最終段階である翻訳過程を阻害する現象が見つかっている(miRNA, siRNA)。今回のsmRNAはDNA遺伝情報がつまった細胞の見つけにくい核内での、遺伝子発現の初期段階である転写過程を制御するRNAの発見であり、産総研と米国ソーク研究所の幹細胞技術を組み合わせることによって初めて可能になった発見である。このような、核内の小さなRNAが、我々の遺伝子上にどれだけあり、そして何処に隠されているのかを明らかにするために、今後更に研究を進めてゆく。


用語の説明

◆米国ソーク研究所(ソーク生物学研究所:Salk Institute for Biological Studies
ソークの名は、世界で初めて小児麻痺のワクチンの開発に成功したジョナス・ソークに由来する。研究者が、大学の教授のように教えることで時間をとられたり臨床責任に煩わされることなく、また経済的不安を感じることなく、純粋に研究に専念できるような環境を創出しようと、サン・ディエゴ市から譲り受けた土地(ラホーヤ)に、小児麻痺救済基金(幅広く米国民から募られた)からの資金で1963年に設立された。主要研究分野は、分子生物学・遺伝学、神経科学、植物生理学の3つであり、現在7人のノーベル賞教授がいる(ソーク研究所出身ではさらに3人)。神経科学・行動学の分野においては一論文あたりの引用回数が世界でもっとも多い研究組織となっている。また、ルイ・カーン設計による建物の美しさでも有名である。
(URL:http://www.salk.edu/[参照元へ戻る]
◆ニューロン新生
従来、損傷を受けた成体の中枢神経系は、ニューロン自身に分裂能がないために機能再生は不可能であると考えられていた。哺乳類の脳発生過程において、ニューロン産生は主に胎生期に集中している。しかし、げっ歯類ではadult(成体)になっても嗅球と海馬・歯状回ではニューロンが新しく作り続けられていることは以前から知られており、最近、ヒトの成体の中枢神経系においても実際に海馬歯状回においてニューロン新生が起こっていることが明らかになった。このことは、成体の中枢神経系においても、神経幹細胞もしくは,神経前駆細胞が存在し続けていることを示唆している。[参照元へ戻る]
◆RNA
リボ核酸。遺伝情報がDNAに蓄えられていることは現在では一般に広く知られており、その構造は二本鎖がねじれあって二重らせんをとっている。しかし、RNAは基本的に一本鎖の分子であり分子内でねじれ合うことによって部分的に二本鎖の構造をとる。RNAには多くの種類があり、例えば、全RNA量の約80 %を占める「リボソームRNA(rRNA)」やDNAの遺伝情報がコピーされた「メッセンジャーRNA(mRNA)」、アミノ酸を運ぶ「トランスファーRNA(tRNA)」、前述した酵素の働きをもつ「リボザイム」などがあり、さらに、それぞれのRNAには多くの種類が存在する。
DNAの遺伝情報に基づいて生体内でタンパク質が合成されるためには、実際にはこうした様々なRNAによる両者の間の仲介が必要となる。このように、DNAと共にRNAもまた、生命の根幹を担う重要な分子である。[参照元へ戻る]
◆神経幹細胞
発生中の脳原基において増殖し継代を繰り返すことができる(自己複製:self-renewal)と同時に、ニューロンおよびグリア細胞(アストロサイト、オリゴデンドロサイト)のどちらをも、つくることができる多分化能(multipotent)細胞である。近年、胎生期のみならず成体からも分離培養、増殖することができるようになり、神経系を構成する細胞の多様性の形成機構を解析する上で、最も重要な研究対象の一つとなっている。また、神経幹細胞は、その特有の性質から、虚血や変性疾患によって脳のニューロンの大量喪失(structural brain damageと総称する)に対する再生療法への切り札としてが注目を集めている。[参照元へ戻る]
◆オリゴデンドロサイト(希突起膠細胞)
細胞体は小さく卵円形で、核は丸く細胞質が少ない細胞。脊椎動物中枢神経系の主要なグリア細胞の一つであり、中枢神経系で隣接する神経の軸索数本を包み込み、ミエリン(髄鞘)を形成する。このミエリンにより軸索が絶縁され、軸索の電気的容量は減少し、神経の伝導速度は増加する。[参照元へ戻る]
◆アストロサイト(星錠膠細胞)
比較的大型で、多くの細い突起を細胞体から放射状に出し、星状となっている。この突起の中には細胞骨格の中間径フィラメントであるグリア線維性酸性蛋白質が存在している。脳や脊髄にいるグリア細胞の中でもっとも多く存在するグリア細胞で、概算で神経細胞の数の約4-5倍の数が存在する。血液脳関門(BBB)の形成やシナプス機能の調節など、脳機能の発現のために重要な役割を果たしている。[参照元へ戻る]
◆リボザイム
リボザイムとは、「リボ核酸(RNA)の中でも酵素(エンザイム)と同様に触媒作用をもつ分子」であることから、これらふたつの単語を融合して生まれた言葉であり、(通常のタンパク質の酵素に対して)いわば「RNA酵素」といえる。リボザイムの中には、例えば、ハンマーヘッド型またはヘアピン型リボザイムと呼ばれるものや、メッセンジャーRNAのイントロン(遺伝情報を含まない部分)が自ら投げ縄型(lariat)に切り出す自己切断型のものなどがあり、様々なリボザイムが見つかっている。[参照元へ戻る]
◆smRNA(small modulatory RNAs
我々の研究により明らかとなった新しいクラスのsmall RNA。特徴としては二本鎖を形成し、タンパク質と相互作用することで、これまで知られているsiRNAやmiRNA(翻訳レベルでの遺伝子発現制御)と違って、転写レベルで遺伝子の発現制御を行う。[参照元へ戻る]
◆miRNA (micro RNA)
ncRNA (non-coding RNA)の一部。ヘアピン構造の RNA 分子からDicer により切り出される一本鎖の短い RNA(21~25塩基)で、線虫で初めて発見され、動植物にも広く存在している。線虫や植物では発生・分化に関わることが知られており、ヒト由来の miRNA も現在までに 200 種類以上報告されている。siRNAも低分子 RNA で遺伝子発現抑制作用を有する点は共通しているが,遺伝子発現抑制作用のメカニズムはsiRNA が相補的な配列の mRNA を分解し遺伝子発現を抑制するのに対し、miRNA では mRNA に完全に相補的でない場合でも mRNAを分解せずに翻訳阻害のみを引き起こし、発現を抑制するという相違点がある。またmiRNAは内在遺伝子の発現調節のための抑制システムで、 siRNAは外来遺伝子に対応するための抑制システムであると考えられている。[参照元へ戻る]
◆siRNA (short interference RNA, small interfering RNA)
1997年にアメリカのカーネギー研究所が線虫の細胞を用いた実験で、長鎖の二本鎖RNAがgene silencingを起すことを発見し、RNA干渉(RNAi:RNA interference)と名付けた。RNA干渉において、配列特異的に特定の遺伝子の発現を抑制する際、長鎖の二本鎖RNAからDicer により切り出され、ガイド役として働く21~23塩基の二本鎖RNAがsiRNAである。siRNAの配列特異性は非常に高く、siRNAの長さが21塩基、3' 端突出が2塩基のものが最も効果が高い。長鎖の二本鎖RNAでは哺乳動物細胞中では非特異的な免疫応答(インターフェロン応答)を起こすために、その適用範囲は線虫やハエなどに限定されていた。しかし、2001年5月のドイツのマックスプランク研究所の報告により、siRNAを直接導入することで哺乳動物細胞内でもインターフェロン応答を抑えてmRNAを破壊することが可能である事が明らかにされて以来、遺伝子治療や遺伝子の機能解析など、様々な研究分野で注目を浴びている。[参照元へ戻る]


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