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発表・掲載日:2002/07/17

ダイオキシン濃度の簡易計測技術を開発

-公定法に準じた高精度かつ迅速なダイオキシン分析に活路を拓く-

ポイント

  • 従来、環境中のダイオキシン濃度と毒性等量は公定法のGC/MS法を適応しなければ測定できなかった
  • 水晶振動子上に抗ダイオキシン抗体とその安定化剤を固定化したセンサーチップにより、実際の環境試料中のダイオキシンを測定できる技術を実現【QCM(水晶振動子)法】
  • 試料採取から6時間(GC/MS法:4週間程度)での分析を達成
  • 極微量の分析試料量(10µ1以下)でのダイオキシン分析が可能で、焼却廃棄量も微量
  • 製造コストが廉価な電池駆動式センサー本体と、使い捨てとなるダイオキシン用センサーチップのみで構成
  • ダイオキシン類対策特別措置法に従った、ダイオキシン類のオンサイト測定の実現に道を拓くものとして期待

概要

 独立行政法人産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)環境管理研究部門【部門長 指宿 堯嗣】及びヒューマンストレスシグナル研究センター【センター長 二木 鋭雄】は、実際の環境試料(高速溶媒抽出法により抽出しクリーンアップしたゴミ焼却場の飛灰)中のダイオキシン濃度を、水晶振動子式センサーを用いて迅速かつ正確に検出することに世界で初めて成功した。本技術開発は、公定法であるGC/MS(ガスクロマトグラフ質量分析)法に準じた高精度かつ迅速なダイオキシン分析を可能とし、ダイオキシン類のオンサイト測定の実現に活路を拓くものとして期待される。

 なお、この技術開発は、環境試料中のダイオキシンのGC/MS分析において日立協和エンジニアリング株式会社【代表取締役社長 片岡 勝利】、環境試料中のELISA(酵素固定化免疫測定)分析において第一ファインケミカル株式会社【代表取締役社長 竹田 雄一郎】、ダイオキシンセンサー用水晶振動子作製において日本電波工業株式会社【代表取締役社長 竹内 敏晃】の協力を得て行ったものである。

○従来、環境中のダイオキシン濃度と毒性等量は公定法のGC/MS法を適応しなければ測定できなかった。
 QCM(水晶振動子)法による環境試料中のダイオキシン濃度分析結果は、公定法であるGC/MS法で測定したダイオキシン濃度及び従来のダイオキシン簡易計測法のELISA法と良い相関を示し、極微量の分析試料量(10µl以下)のため分析後の焼却廃棄量もより少なく、かつ試料採取から6時間(従来のGC/MS法では4週間程度)での分析を達成した。

○水晶振動子式センサーによる環境試料中のダイオキシン簡易測定装置を開発。
 水晶振動子式ダイオキシンセンサーは、製造コストが廉価な電池駆動式センサー本体【写真参照】と、使い捨てとなるダイオキシン用センサーチップから構成され、本年12月から厳密に適用されるダイオキシン類対策特別措置法に従った、ダイオキシン類のオンサイト測定の実現に道を拓くものとして期待される。

 本成果は、QCM2002【 2002.7.24-25、英国Brighton(ブライトン)で開催 】で発表する予定。

 今後、本測定法を、「ゴミ焼却場等の飛灰や周辺土壌中の高濃度ダイオキシン分析」や「水質、大気質、水底に堆積する底質、生体由来試料等の低濃度ダイオキシン分析」に適用し、GC/MS法、ELISA法、QCM法による分析データを比較して、高濃度・低濃度のダイオキシン分析に最適な測定装置を探求する予定である。さらに、超高齢化社会対応の在宅ヘルスケア用途として、本水晶振動子式センサーのセンサーチップ上に固定化する抗体を変更した「疾病罹患により血液中に生じる疾病マーカータンパクセンサー」を開発する予定。

産総研で開発した「 水晶振動子式ダイオキシンセンサー 」の外観写真
写真 産総研で開発した「 水晶振動子式ダイオキシンセンサー 」の外観


研究の背景と経緯

 従来のダイオキシン類分析は、公定法に従い測定対象の環境試料を抽出しクリーンアップした後にGC/MS(ガスクロマトグラフ質量分析)法を用いるため、多くの労力、時間そして費用が必要である。また、環境由来試料中のダイオキシン濃度とその毒性等量を算出するためには、ダイオキシン類の異性体の各々の成分濃度を定量し、各毒性係数を掛けて2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-パラ-ダイオキシン(2,3,7,8-TCDD)への換算を行う必要がある。ダイオキシンの毒性は非常に高く、熟練の高度な技術を持った分析者が、安全管理された研究施設の中で分析作業を行わなければならなかった。日本国内においても分析受託機関が少なく、費用として1検体につき25万円程度が必要で、時間的には4週間程度かかるとされ、一般生活者、生活協同組合、農協、産業廃棄物業者、土壌分析の建設現場、水道関連事業者等が簡単に分析を依頼することは困難であった。

 一方、ダイオキシンの簡易測定法としては、ELISA(酵素固定化免疫測定)法が普及されている。これは、生物の体内に化学物質などの異物が入った際にそれを異物として認識し抗原として結びつく、特異性の非常に高い免疫反応を利用する。免疫反応は、医療診断での血液分析や狂牛病検査にも使用されているが、検体によっては試料の前処理(他成分の除去や抽出)が困難とされている。現在、唯一市販されている抗2,3,7,8-TCDDモノクローナル抗体は、ダイオキシンの中で一番有毒な2,3,7,8-TCDDにはよく反応するが、それ以外のダイオキシンの異性体や同族体にはあまり反応しないので毒性等量の評価は困難であり、それ故にダイオキシン類の簡易高感度測定は困難とされていた。

【本研究では、抗ダイオキシン抗体交差反応性を積極的に利用し、環境試料中のダイオキシン濃度測定のみならず毒性等量の推定に利用できることを明らかにした。】

 旧物質工学工業技術研究所では、地球環境保全を図るための「ダイオキシン類環境測定に関するセンサー利用の緊急調査(環境庁地球環境保全緊急調査:FY1999)」課題で、超高感度センサーのダイオキシン類測定への適合性を調査し、その有用性を明らかにした。さらに、産総研として後継プロジェクトである「ダイオキシン類及び内分泌攪乱物質のセンシングシステムを用いた環境リスク対策の研究(環境省地球環境保全等試験研究費:FY2001-2005)」を実施する過程で、水晶振動子式センサーによるダイオキシンの高感度簡易測定法を開発し、当該センサーに係る使用上の最適条件を、実際の環境試料から抽出・前処理した高・低濃度ダイオキシン類含有試料を用いた実証試験を通して検討している。

研究の内容

 抗2,3,7,8-TCDDモノクローナル抗体とその安定剤を固定化した水晶振動子を用いた2,3,7,8-TCDD測定条件を検討し、0.1ng/mlから100 ng/ml(ng(ナノグラム)=10-9g)の濃度範囲で、2,3,7,8-TCDD濃度を測定できることを明らかにした。当該の濃度は、土壌の環境基準の80ng-TEQ(毒性等量)程度の環境モニタリングには十分な感度である。この手法で実際の環境試料(ゴミ焼却場の飛灰)から高速溶媒抽出により前処理・クリーンアップし調整した高濃度のダイオキシン類含有試料を用いた、当該水晶振動子による測定条件の検討を行った。QCM法による環境試料中のダイオキシン濃度分析結果は、公定法であるGC/MS法で測定したダイオキシン濃度及び従来のダイオキシン簡易計測法のELISA法と良い相関を示し、極微量の分析試料量(10µl以下)のため分析後の焼却廃棄量もより少なく、かつ試料採取から6時間(従来のGC/MS法では4週間程度)での分析を達成した。 

今後の予定

 現在の抗ダイオキシン抗体を用いる手法は、抗体の有する免疫反応の抗原特異性を利用するものであるが、抗原類似の化学構造を有する化合物に交差反応性を持つ。従って、測定対象中に含まれるダイオキシン組成の違いによって、過剰・過少応答等の誤った測定結果を与える可能性がある。QCM法による環境由来試料中のダイオキシン濃度測定と毒性等量の推定範囲を確実化するために、環境由来の実試料を用いたGC/MS法での分析データとの比較対応を継続検討するとともに装置の高度化を行う。現在の検出感度のng(ナノグラム:10-9g)より、二桁から三桁低濃度であるpg(ピコグラム:10-12g)測定の高感度化が要求される水底の土壌、大気質、水質、魚肉、母乳や血液等の生体試料中に含まれるダイオキシン濃度測定を行うために、fg(フェムトグラム:10-15g)からpgのダイオキシンを分析対象としたダイオキシン測定装置の開発と、かつ測定時間と測定試料量の一段の削減のために装置のマイクロシステム化の技術開発を行う。併せて免疫反応での選択性を向上させるために、現在、市販されている最も毒性の高い四塩素置換体に対する抗体以外に、ゴミ焼却場の飛灰中に多く含まれその毒性係数の大きな五塩素置換、六塩素置換を認識するダイオキシン抗体の作成とそのセンサー素子の性能評価についての研究を強化し一層の展開を図る。



用語の説明

◆高速溶媒抽出法
免疫測定法によるダイオキシン分析には、GC/MS法による分析と同様に、「抽出→クリーンアップ→ダイオキシン測定」の操作が必要である。(免疫測定法はダイオキシンと共に抽出される反応妨害物質の影響を受けるために、高精度分析を行うために重要である。)ダイオキシン分析を迅速化する際には、免疫測定時間を短時間化すると共に、全工程の短時間化が必要である。高速溶媒抽出法は、固体試料から溶媒により、高温・高圧下で短時間にダイオキシンを抽出する方法である。[参照元へ戻る]
◆水晶振動子
水晶振動子は高精度で安定な発振素子として、時計、コンピューター、通信・計測機器など多くの電子回路の周波数標準に使用されている。水晶振動子は、その電極上に付着した重さを発振周波数の変化に定量的に変換することから超微量天秤として知られ、膜厚計や化学センサーにも利用されている。通常の化学センサーには、取り扱いが容易なATカット9MHzの発振周波数のものが利用されており、水晶上での1ngの物質の吸着が1Hzの発振周波数の減少で直接検出できる。より高感度のセンサーを作成するには基本周波数の大きな水晶振動子の利用、またはオーバートーン発振を用いる。[参照元へ戻る]
◆GC/MS(ガスクロマトグラフ質量分析)
ダイオキシン類及びコプラナーPCBの測定法として日本工業規格(JIS)では、排ガス中のもの対象にはJIS K0311、工業用水・工場排水中のもの対象にはJIS K0312がそれぞれ定められている。両者ともGC/MS法を用いたダイオキシン類測定法についての規定であり、ここで用いるGC/MSは、GCカラムにキャピラリーカラムを用い、分解能が10,000以上である二重収束型質量分析装置と規定されている。ダイオキシンを含む試料には、大気質、土壌、水質、水底の底質、魚肉、血液、母乳等の様々な形態があり、これらをこのままGC/MS分析装置には注入できない。このため分析試料からのダイオキシン類の抽出、前処理、クリーンアップが必要である。[参照元へ戻る]
◆オンサイト測定
近年、分析現場では試料を採取後、直ちに定量して結果を得ようとする要望と必要性が高まっている。ラボ分析は、採取した土壌・地下水試料をラボに持ちかえり、公定法による濃度計量証明分析を実施し、環境基準値と比較する。一方、オンサイト(現地)分析を行うことにより、現場状況の迅速な判定とそれに伴う調査工程の効率化が可能となる。[参照元へ戻る]
◆ELISA(酵素固定化免疫測定)
ELISA法は、測定対象の抗原に対する抗体を固相化基材上に固定化し、蛍光や色素、放射性物質、酵素等で標識された第二抗体を用いた抗原抗体反応による簡便な測定法であるが、標識化合物を用いるため分析データを得るまでに多くの反応操作と試薬が必要である。現在、数社からダイオキシン分析キットが市販されている。日本では公的に認証されているのはGC/MS法であり、ELISA法はGC/MS法の補完的な使用である。[参照元へ戻る]
◆ダイオキシン濃度と毒性等量
ポリ塩化ジベンゾ-パラ-ダイオキシン(PCDD)とポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)にコプラナーポリ塩化ビフェニル(コプラナーPCB)を含めての総称である。ダイオキシン類は、塩素のつく位置や数により多くの種類があり、種類によってその毒性が異なる。ダイオキシン類としての全体の毒性を評価するには、最も毒性の高い2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-パラ-ダイオキシン(2,3,7,8-TCDD)の毒性を1として、他のダイオキシン類での毒性の強さを換算した係数が用いられている。多くのダイオキシン類の量や濃度のデータは、この毒性係数を用いてダイオキシン類の毒性を足し合わせた値(毒性等量、TEQ)が用いられている。ダイオキシン類はこれまで意図して製造されたことはないが、他の化学物質の製造や燃焼などに伴って発生する。現在、ゴミ焼却場についてはダイオキシンの発生を防止するための施設や設備の構造、焼却条件についてのガイドラインが示され、また、製紙・パルプ工場に対してはダイオキシンの発生の原因となる塩素の使用量をできるだけ少なくするよう指導が行われている。[参照元へ戻る]
◆10µl(マイクロリッター)
1ミリリッターの千分の一の体積。[参照元へ戻る]
◆ダイオキシン類対策特別措置法
日本政府は、ダイオキシン類を減らすために「ダイオキシン類対策特別措置法」を平成11年7月16日に公布し、ダイオキシン類による環境の汚染の防止及びその除去等を行うため、ダイオキシン類に関する施策の基本となる基準を定めるとともに、必要な規制、汚染土壌に対する対策を定めている。[参照元へ戻る]
◆QCM2002
英国のブライトン市で開催、水晶振動子超微量天秤(Quartz Crystal Microbalance: QCM)を用いた非標識によるリアルタイム分析法に関する最新の研究トピックを集め、特に薬学、生化学に関する新規分析方法、学術的研究、工業応用を中心に、口頭発表20件、ポスター発表16件の発表を予定。英国王立化学協会・薬学会、ブライトン大学、グラクソスミスクライン社等が後援。[参照元へ戻る]
◆抗ダイオキシン抗体
ダイオキシン類は有害な物質であり生物体内に入れば、無害化するために抗体が生成する。この抗体を抗ダイオキシン抗体と呼ぶ。本研究では、その毒性が最も大きく、かつダイオキシン環境試料中でも存在割合が大きな2,3,7,8-TCDDに対して選択的に結合する抗2,3,7,8-TCDDモノクローナル抗体をダイオキシン測定用センサーチップ上に固定化している。[参照元へ戻る]
◆交差反応性
抗体は抗原のみと選択的に結合する反応性を示すが、抗原の化学構造に類似する物質と誤って結合する。この誤って結合する割合を各物質の抗原に対する交差反応性で示す。[参照元へ戻る]



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