発表・掲載日:2017/02/16

連結して氷の結晶成長を食い止める不凍タンパク質を発見

-小さな氷結晶で埋め尽くすように水を凍らせる新技術-

ポイント

  • 分子同士が連結して氷の全ての結晶表面に結合する新しいタイプの不凍タンパク質BpAFPを発見
  • これまでにない小さな氷結晶で埋め尽くすように水を凍らせることが可能
  • 食品や薬の冷凍技術、フリーズドライ、細胞ガラス化保存技術等への応用に期待


概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)生物プロセス研究部門【研究部門長 田村 具博】兼 産総研・東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ【ラボ長 雨宮 慶幸】津田 栄 上級主任研究員、同部門 近藤 英昌 主任研究員、西宮 佳志 主任研究員らは、株式会社ニチレイ【代表取締役社長 大谷 邦夫】(以下「ニチレイ」という)技術戦略企画部 小泉 雄史 グループリーダーらと共同で、濃度に応じて分子同士が連結し、氷の結晶成長を止める新しいタイプの不凍タンパク質BpAFPを魚類から発見した。BpAFPを用いることにより、食品や細胞の中に氷の塊を作らせない新たな凍結保存技術を開発できると期待される。

 通常の氷は無数の氷核が融合したものであり、それらが時間と共に成長して塊になることが冷凍食品の品質や凍結細胞の生命力を低下させる原因になっている。不凍タンパク質(AFP)には氷核の一部に結合するタイプと全面に結合するタイプがあるが、BpAFPは高濃度になるほど氷核への結合範囲が拡大する新しいタイプの高機能型AFPであることが明らかになった。

 なお、この研究の詳細は2017年2月13日に英科学誌サイエンティフィック・リポーツにオンライン掲載された。

不凍タンパク質(AFP)の図
BpAFPは 水を極めて小さな氷核で埋め尽くして凍らせる


開発の社会的背景

 氷は無数の氷核が密集したものであり、個々の氷核は周囲の水分子を取り込んで成長と融合を繰り返し、氷を大きくする。これは缶飲料を凍結したときに缶が割れることでもよく知られる。もし氷核の成長と融合を止めることができれば、野菜、果実、加工食品、パン類、麺類、清涼飲料、医療品、試薬類、化粧品、顔料、細胞、組織、臓器などを、品質や生命力を損なわずに凍結する新技術ができると考えられてきた。ガラス化保存液液体窒素凍結保存法にはそうした効果があるが、前者には高い毒性、後者には設備やエネルギーコストの問題があり汎用(はんよう)性が低かった。AFPは0℃よりやや低い温度域でも氷核の成長と融合を抑制できる。特に、氷核の全面に結合できる高機能AFPは高い抑制効果を示す。しかし、既知の高機能型AFPは昆虫などに含まれる極微量成分であり、実用に使える高機能型AFPの開発が強く望まれていた。

研究の経緯

 産総研ではAFPの高度利用を産業や医学の分野で実現するための研究を進めてきた。魚類を原材料とするAFP大量精製技術高気孔率セラミックスを製造するためのAFPゲル化凍結技術などを開発する一方、菌類AFPの分子構造解明AFPの細胞生存率改善効果の発見などの成果もある(関連情報については用語の解説を参照)。AFPの試料が塩や緩衝液の成分を含んでいるとそれら自体が氷や食材、細胞などに悪影響を及ぼすため、そのような不純物を含まない高純度AFPを得るための研究にも力を注いでいた。

 なお、今回の研究開発は、日本学術振興会科学研究費助成事業(15K13760)による支援を受けて行った。

研究の内容

 通常、タンパク質を水に溶かすときには塩や緩衝液を添加する必要があるがBpAFPは60%(質量パーセント濃度)もの高濃度で純水に溶ける。そこで、蛍光物質を付けたBpAFPの水溶液の中に球状に成形した氷の単結晶(φ=2cm)を入れて取り出し、蛍光を観測した。低濃度の溶液では、図1Aの様に特定の箇所だけが蛍光を発光した。これらの箇所はピラミダル面という氷結晶面であり、BpAFPは低濃度ではこの面だけに結合する一般的なAFPである。しかしBpAFPの濃度を高めてゆくと、全ての氷結晶面が蛍光を発光するように変化した(図1B-D)。これは濃度に応じてBpAFPが全ての氷結晶面への結合を進行させ、高濃度では氷結晶を覆い尽くす特別なAFPとして働くことを示している。この様に、濃度に依存して結合様式を変えるAFPは過去に報告例が無い。次に、BpAFP水溶液を顕微鏡下で凍らせて氷核を調べてみると、BpAFPの濃度が高くなるに連れて先のとがったバイピラミッド型から丸みを帯びたレモン型に変化し、そのサイズも次第に小さくなって行くことが分かった(図1a-d)。また、氷結晶との結合力の指標である熱ヒステリシスの最大値は3.2℃であった。これは、既知AFPと比べても高い値であり、BpAFPが氷核の成長と融合を阻止する能力に優れることを示している。

BpAFPは濃度に応じて変化する図
図1 BpAFPは濃度に応じて球状の氷核表面への結合を進行させる性質を示した(上)。
  BpAFPを含む氷の中の氷核も濃度に応じて変化し小さなレモン型になった(下)。

 分子構造について解析したところ、BpAFPは連続したアラニンを多く含むアミノ酸配列から成る比較的小さな分子であることがわかった。また、円偏光二色性測定からは、BpAFPが分子表面にスレオニン(T)を等間隔で配置したαらせん型構造を形成することがわかった(図2A)。沈降法の実験からはBpAFPが水溶液中で4量体や8量体を形成することがわかった(図2B)。BpAFPは100℃に加熱後もαらせん構造を維持し、pH 3~8の間で失活しない。これらの結果を総合的に解釈すると、BpAFPは水溶性に優れ、シンプルで安定性の高い分子構造を示し、連結して氷核の全表面を覆い尽くすことにより、氷核の結晶成長と融合を強く抑制すると考えられる。

円偏光二色性測定の結果、沈降法による実験結果の図
図2 (A)円偏光二色性測定の結果。BpAFPはαらせん型構造を形成し分子表面に等間隔でスレオニン(T)を配置する。(B)沈降法による実験結果。BpAFPは濃度に応じて多量体化し氷核への結合様式を変える。(C)本研究で技術開発した精製度の高いBpAFP。

今後の予定

 これまで冷凍保存が難しかった食品や細胞などにBpAFPを適用して、それらの品質や生命力に与える効果を明らかにし、特に、ガラス化保存液の成分としてBpAFPを活用する可能性について検討をおこなう。また、ゲル化凍結技術やフリーズドライ技術など、氷核のサイズや形状が関係する他の冷熱利用技術に対するBpAFPの効果についても明らかにする。本研究では、BpAFPを高い精製度で取得する技術も開発することに成功した(図2C)。この高精製度BpAFP試料には水の凍結や細胞の生死に影響をおよぼす塩や緩衝液成分が含まれていないため、希少性の高い試薬や移植用細胞などに対しても応用利用が可能と考えられる。

問い合わせ

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
生物プロセス研究部門 生体分子工学研究グループ
上級主任研究員   津田 栄   E-mail:s.tsuda*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)



用語の説明

◆不凍タンパク質
氷の表面に結合してその成長を止めるタンパク質のこと。低温環境に適応した複数の生物から発見されており、魚類由来のものの中には氷だけではなく、細胞膜にも結合して細胞の安定性を向上させるものがある。[参照元へ戻る]
◆ガラス化保存液
極めて高い濃度のエチレングリコールなどを成分とする細胞の凍結保存液のこと。氷の結晶の生成は抑えられるが、細胞毒性が極めて高いことや熟練を要する点が問題である。[参照元へ戻る]
◆液体窒素凍結保存法
細胞や組織を-196℃の液体窒素に浸して凍結保存する方法のこと。氷の結晶の成長融合は抑えられるが、供給施設、安全管理(やけど)、エネルギーコストなどの点が問題である。[参照元へ戻る]
◆AFP大量精製技術
寒冷地に生息する魚類の筋肉のすり身からAFPを大量に取得する産総研独自開発技術のこと。[参照元へ戻る]
◆高気孔率セラミックス
部材の全体積に占める細孔(気孔)の割合の高いセラミックスのこと。微粒子を除去するためのフィルターや断熱効果の高い建築材料に用いられる。[参照元へ戻る]
◆AFPゲル化凍結技術
セラミックスの粉末とAFPを含ませた寒天ゲルを凍らせ、無数の氷の柱を伸長させた後にこれを焼くことによって、高気孔率セラミックスを製造する方法のこと。[参照元へ戻る]
◆菌類AFPの分子構造解明
担子菌チフラ・イシカリエンシスが分泌するキノコ類AFPの3次元分子構造をエックス線回折法により世界で初めて明らかにしたもの。[参照元へ戻る]
◆AFPの細胞生存率改善効果
魚類由来のAFPにインスリン生産機能をもつ膵島(すいとう)細胞を非凍結温度下で5日間生存させる効果があることを初めて明らかにしたもの。[参照元へ戻る]
◆熱ヒステリシス
AFP水溶液の凝固点と融点の温度差のこと。AFPの氷結晶結合力の指標として広く用いられている。AFP水溶液中に一個の氷結晶を入れた状態を作りその氷結晶が溶ける温度を融点(Tm)、結晶成長を開始する温度を凝固点(Tf)として求め、その差|Tm - Tf|を熱ヒステリシスとする。[参照元へ戻る]
◆円偏光二色性測定
円を描くように振動する成分から成る光(円偏光という)を注目する物質の水溶液に照射し、その変化から物質の構造を調べる方法のこと。タンパク質の構造情報が得られる。[参照元へ戻る]
◆沈降法
複数の異なる物質が含まれた水溶液を容器に入れて高速回転し、個々の物質の沈み度合いの違いからそれらの大きさを調べる方法のこと。タンパク質の会合状態を解析できる。[参照元へ戻る]