発表・掲載日:2016/11/14

鬼怒川大水害による洪水堆積物の特徴を緊急調査により解明

-地層から過去の洪水履歴を読み解くための鍵-

ポイント

  • 現代の洪水で起きた地質現象を解明した、世界的にも類例の少ない研究
  • 氾濫の過程と、洪水堆積物・浸食痕の広がりとの関係が明らかに
  • 将来的な教訓として防災意識の向上に貢献


概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)活断層・火山研究部門【研究部門長 桑原 保人】海溝型地震履歴研究グループ 松本 弾 研究員ら、筑波大学、南ミシシッピ大学は、2015年9月の関東・東北豪雨によって氾濫した鬼怒川の洪水堆積物の緊急調査を実施し、今回の洪水による氾濫流と洪水堆積物の特徴を明らかにした。

 地質情報に基づく災害履歴の研究では、地層に残された過去の堆積物の研究は多いが、災害の直後に気象現象や人為で地層が乱される前に調査した例は非常に少ない。鬼怒川の氾濫による堆積物を、詳しく調査することで、洪水堆積物がどのように形成されるのか、また洪水の流れの速さや向きが堆積物にどう記録されているのかを明らかにした。鬼怒川の氾濫後、堤防が決壊する前後の洪水の流速の変化に対応して堆積物の特徴が変化していた。したがって、地層には、洪水の流速の変化などが記録されていると考えられる。こうした調査を重ねていくことで、洪水の頻度や規模の推定などに活用が見込まれ、より正確な自然災害のリスク評価につながると期待される。

 なお、この研究の詳細は、2016年9月28日に国際誌Scientific Reports誌で発表された。

決壊した堤防から氾濫した流れの向きと変化の図
決壊した堤防から氾濫した流れの向きと変化(D. Matsumoto et al. (2016) Sci. Rep. の図を改変)


研究の社会的背景

 巨大津波や大規模な洪水のような自然災害は数十年に一度、あるいはもっとまれな事象であるため、記録自体が少ない。このことが防災対策を困難にする一因となっている。人の記憶や文字による記録を補い、あるいはさらに古い時代までさかのぼって、過去の大災害の記録を研究することが2011年東北沖地震以降、以前にもまして重視されるようになった。こうした研究の発展には、実際に洪水や津波で形成された堆積物をしらべ、その特徴を解明することが欠かせないが、こうした堆積物は、災害救助や復旧などのために急速に失われる。このため、災害発生直後の調査が、まれな情報を得るために必要とされている。

研究の経緯

 日本ではこれまでも大規模な洪水がたびたび発生してきた。このような水害の際には、主に河川工学的な観点から堤防の決壊や地面の浸食などの調査が行われてきたが、水害によって形成された洪水堆積物については詳細な調査がなされてこなかった。2015年9月に産総研つくばセンターに隣接する自治体で洪水が発生したことから、その直後に現地に入り、緊急調査を行ったものである。

研究の内容

 「2015年9月関東・東北豪雨」に伴って発生した鬼怒川の氾濫に際し、堤防が決壊した常総市(じょうそうし)三坂(みさか)地区周辺で、氾濫した水の流れる方向や深さの計測を行った。また、氾濫した水の流れによる浸食・堆積の痕跡の観察を行った。

 氾濫した水の流れる方向については、54地点で植物の倒れた向きや堆積物表面の微小な凹凸地形から、測定を行った(図1 左)。浸水した深さについては、34地点で壁に残った水の痕跡や浮遊物の高さから計測した。浸食や土砂の堆積の痕跡については、氾濫流に沿った2本の測線を設定し、合計23地点で観察を行った(図1 右)。

氾濫した水の流れに沿って形成された溝状の浸食痕(左)と、洪水堆積物(右)の図
図1 氾濫した水の流れに沿って形成された溝状の浸食痕(左)と、洪水堆積物(右)。
洪水堆積物は最大60 ㎝に達した。

 現地で採取した洪水堆積物の試料は実験室に持ち帰って観察したほか、軟X線写真で肉眼では見えない内部の堆積構造を観察した。また、粒度分析(堆積した土砂の粒の大きさを計測)と、珪藻分析(どのような珪藻(ケイソウ)が含まれているかを調べる)を実施した。

 粒度分析と堆積構造の観察によって明らかになった特徴から、洪水堆積物は3つの部分(基部、下部、上部)に分類され、それぞれの部分は河川の氾濫する過程に応じて形成されたことが分かった。基部は河川の水が堤防を越えた氾濫初期の濁り水の段階の堆積物で、調査範囲の南側測線付近にのみ分布していたことから、初期の氾濫流は南側測線に沿って流れていたと考えられる。下部は越水後、堤防が決壊するまでの間の、流れが強まっていく過程で堆積したもので、決壊現場から比較的遠くまで広がっていた。上部は堤防が決壊後,強い流れが徐々に収まっていく過程で堆積したもので、決壊現場の近くにのみ分布していた。このように、洪水堆積物の広がり方から氾濫流の流れ方の変化を確認できた(図2)。

洪水堆積物の分類と広がりの図
図2 洪水堆積物の分類と広がり(D. Matsumoto et al. (2016) Sci. Rep. の図を改変)

 珪藻分析でも、氾濫過程によって堆積物に含まれる珪藻の種類が異なることがわかり、氾濫過程が洪水堆積物の3つの分類に対応していることを裏付ける結果となった。

 このように今回の研究結果は、大水害によって生じる地質学的な現象を実証的に示している。

研究の意義

 今回の研究事例のような、大水害の際に実際に起きた現象を科学的に記載する研究を継続・蓄積することによって過去に発生した洪水や津波による堆積物を正確に判別できるようになる可能性がある。それにより、過去の地質分析の精度が向上し、大規模な自然災害の正確なリスク評価につながることが期待される。さらに将来的な教訓や防災意識の向上にもつながると考えられる。

問い合わせ

活断層・火山研究部門 海溝型地震履歴研究グループ
研究員  松本 弾   E-mail:dan-matsumoto*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)



用語の説明

◆軟X線写真
放射線であるX線のうち、比較的波長の長い(10-8-10-10 m)ものを軟X線と呼ぶ。レントゲン撮影と同じように、物性によって透過しやすさが変化することを利用して、内部の構造を画像としてみることができる。肉眼では判別できないような不明瞭な構造が軟X線写真上では認識できることがある。[参照元へ戻る]
◆堆積構造
堆積物の内部にみられるさまざまな形状の構造のこと。堆積物が形成される際に形作られるものであり、堆積物中の粒子がどのように運ばれてきたか、どのようにして沈積したかを推測することができる。[参照元へ戻る]
◆粒度分析
堆積物に含まれる細かい泥・砂から大きな礫(れき)までさまざまな大きさの粒子の大きさの分布(粒度)を調べること。ふるいのような簡単な器具から、レーザー光を利用した機器まで、さまざまな方法を用いて粒度を測定することができる。粒度分析によって堆積物の粒度がわかると、その堆積物がどのようにして形成されたかを推測できることがある。[参照元へ戻る]
◆珪藻
淡水から海水まで、水のある環境に生育する単細胞植物の1つ。海水や汽水、淡水など水分のあるあらゆる環境に生育することが知られている。堆積物の中の珪藻の種類を調べること(珪藻分析)によって、その堆積物がどこから運ばれてきたものかを推定することができる。[参照元へ戻る]