発表・掲載日:2011/10/24

音波を用いて静電気を計測する技術を開発

-平面の静電気分布を可視化-

ポイント

  • 音波を用いて、遠方からでも位置精度の高い静電気モニタリングができる
  • 装置構成が簡易なので、さまざまな環境に柔軟に対応可能
  • 空間的制約の多い生産現場での応用に期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)生産計測技術研究センター【研究センター長 坂本 満】光計測ソリューションチーム 菊永 和也 研究員、野中 一洋 研究チーム長、坂井 一文 招聘研究員、蒲原 敏浩 産総研特別研究員らは、振動と電磁界を用いた新しい静電気検出方法を考案し、さまざまな制約が存在する生産現場でも柔軟に対応できる非接触型静電気計測技術を開発した。

 静電気を帯びた物体(帯電体)を振動させると、電磁界が誘起される。誘起された電磁界の変化を測定すれば物体の静電気量が計測できる。この技術は、(1)誘起された電磁界が全方向で検出可能であること、(2)音波を用いて物体を振動させることができること、(3)装置構成が簡易でさまざまな環境に柔軟に対応できることから、空間的制約の多い生産現場での応用が期待される。さらに、この技術は、音波を収束させて、物体表面を走査することで平面の静電気分布を可視化できる。人や製品など生産現場で動いている物に対しても、短時間で静電気を見ることができる技術として期待される。

 なお、この技術の詳細については、8月30日に山形大学で開催された第72回応用物理学会学術講演会において発表された。

図1
図1 ポリイミドフィルムの静電気分布の計測例
収束した音波をあてた位置の情報と、計測した静電気の情報を組み合わせて可視化

開発の社会的背景

 生産現場では静電気がいたるところで不規則に発生するため、電子デバイスの破壊、フィルムの吸着、製品へのゴミ付着などのトラブルが起こり、生産性低下の原因となっている。特に半導体生産現場では、綿密な静電気対策を施しているにも関わらず、高絶縁材料の使用、半導体回路の微細化・多層化に伴うデバイス静電気放電耐性の低下などから静電気問題が深刻化している。そこで、静電気障害を効率的かつ確実に軽減するために、生産現場では各プロセス工程間に発生する静電気を高速で計測できる技術が求められていた。

 これまで静電気計測器として現場で広く使用されてきた表面電位計は、センサーを測定対象物に近づける必要があったため測定できる空間に制約があり、また原理的に、近傍の帯電物やアースなどの測定環境の影響を受けやすいといった問題があった。さらに静電気分布を計測するためには1点ずつセンサーを動かして測定しなければならないため、二次元平面の静電気分布計測の高速化が困難であった。

研究の経緯

 産総研は、生産現場で不規則に発生する静電気を数値化し、生産プロセスにフィードバック可能な新しい静電気のオンサイト計測技術の開発に取り組んできた。静電気計測の難しさは、動かない物を計ることにある。今回、静止している静電気を外部から振動させて、発生する電磁界を検出する新しい静電気計測技術の開発を行った。

研究の内容

 今回開発した技術では、帯電体を音波などによって振動させて電界磁界を相互に誘起させ電磁界を発生させる。アンテナで電界の変化を測定して静電気を計測する。この技術の概念図を図2に示す。通常、電磁界は、導体を流れる電流によって電界と磁界が時間的・空間的に変化し、お互いに誘起しあうことで発生する。今回考案した方法では、帯電体を振動させることで、静止している電荷(静電気)の位置を空間的に変化させ、交流電流と同様の効果を作り出して電磁界を誘起させる。
図2
図2 今回の技術の概念図
(1) 帯電体(電荷を帯びている物体)。 (2) 帯電体を振動させる。
(3) 物体を除いて考えると静止している電荷が振動している。
(4) 電荷の振動に伴って振動した電場と磁場が誘起され、電磁界が発生する。
(5) 発生した電磁界をアンテナで検出して、静電気の情報に変換する。

 図3のような実験装置を用いて、ポリイミドフィルムを音波で振動させアンテナで検出した電界強度変化を観測した。帯電していないポリイミドフィルムでは音波照射によって振動させても電界は変化しないのに対し、帯電したポリイミドフィルムを振動させると電界の変化が観測された(図4)。これにより、物体の振動と電界変化が周期性に密接な関係を持っており、帯電した物体を物理的に周期的に振動させることで電磁界が発生することが分かった。

図3
図3 実験装置の構成
図4
図4 電界強度の時間依存性

 静電気の計測では静電気量と電気的極性(正負)の情報を得る必要がある。静電気を定量的に評価するために、その静電位を計測できる表面電位計を使用した。帯電したポリイミドフィルムの表面電位と電磁界特性の関係を調べたところ、検出された電磁界強度は、正負の電気的極性に関わらず表面電位量に比例していた(図5)。また、誘起された電磁界の位相は、電気的極性によって大きく異なっていた(図5)。これは正と負の電荷が同じ方向に移動したとき、電流としての向きは逆方向になるため、電荷の振動によって発生した電磁界の位相が異なることによる。このように今回開発した技術では、電磁界の強度と位相から静電気量と電気的極性を測定できる。この技術は、振動した部分の静電気量だけに比例した電磁界が360度どの方向でも検出可能であるため、周囲の電気的環境や空間制約に左右されることもない。

 音波を収束させてせまい部分だけを振動させると、その部分の静電気だけが計測できる。音波をあてる部分を走査することで、2次元の静電気量分布を計測できる。また、収束した音波の照射位置は電気的に制御ができるので、走査速度を早くすることで平面の静電気量分布計測の高速化が可能である。

図5
図5 電磁界と静電気の関係
この関係から電磁界を測定することで静電気の情報を得ることが可能。

今後の予定

 今後は空間的制約の多い生産現場で使用可能な静電気センサーの開発を行う。さらに収束させた音波を高速で走査できる超指向性音響システムを開発し、静電気分布を短時間で可視化するシステムの開発を行う予定である。

問い合わせ

独立行政法人 産業技術総合研究所
生産計測技術研究センター 光計測ソリューションチーム 研究員
菊永 和也 E-mail:k-kikunaga*aist.go.jp(*を@に変更して使用ください。)

生産計測技術研究センター 光計測ソリューションチーム 研究チーム長
野中 一洋  E-mail:k.nonaka*aist.go.jp(*を@に変更して使用ください。)



用語の説明

◆電磁界
電界と磁界が合わさったもの。電気のある空間(電界)と磁気のある空間(磁界)が時間的に変化する(交流)と互いに影響しあうようになり、電界の変化によって磁界が生じ、磁界の変化によって電界が生じる、というようにそれらが波のように相互に誘起しあうことで電磁界が形成される。[参照元に戻る]
◆静電気
静止した電荷によって引き起こされる物理現象のことで、物体に電荷が蓄えられている(帯電する)状態を指すこともある。静電気は物体同士の接触や摩擦によって片方のからもう一方へ電荷の移動が起こることで発生する。[参照元に戻る]
◆表面電位計
帯電体と金属のような導体を近づけると、帯電体に近い部分には帯電体の持つ電荷とは異符号の電荷が集まる現象(静電誘導現象)を利用して、非接触で静電気を測るための一般的な計測器のこと。[参照元に戻る]
◆オンサイト計測
現場のような、その場で計測すること。これによって現場状況の迅速な判定とそれに伴う生産プロセスの効率化が可能となる。[参照元に戻る]
◆電界
電荷(電気)の周りに存在する場のことで電場ともいう。帯電体の周りに発生する。また、磁界の変化によっても発生する。[参照元に戻る]
◆磁界
磁石などの周りに存在する場のことで磁場ともいう。動いている電荷(電流)によっても発生する。[参照元に戻る]
◆交流電流
時間とともに周期的に大きさと向きが変化する電流のこと。電流は電気が導体の中を流れる状態であり電位の高い方から低い方へ流れる。[参照元に戻る]
◆ポリイミド
高分子の一種で高い熱的、機械的特性を持つことから工業用として広く用いられる。高い絶縁性を持つことから、容易に静電気が発生する。[参照元に戻る]
◆位相
電界や電流など周期的に変化しているものは波として表され、そのような現象において、ひとつの周期中の位置を示す量のこと。[参照元に戻る]

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