発表・掲載日:2010/12/03

ナノ粒子を含む高分子混合系材料の構造をシミュレーションするソフトウエア

- 球形ナノ粒子を分散させた相分離構造を短時間で計算できる -

ポイント

  • ナノ粒子/高分子混合系材料の構造を容易にシミュレーションできる
  • パソコンを用いてわずか15分程で2次元の球形ナノ粒子の分散構造が計算できる
  • ナノ粒子を分散させた材料の設計へ幅広い適用が期待できる

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノシステム研究部門【研究部門長 八瀬 清志】ソフトマターモデリンググループ【研究グループ長 米谷 慎】森田 裕史 主任研究員は、球形ナノ粒子(ナノフィラー)を含有する高分子混合系の相分離構造をシミュレーションするソフトウエアを開発した。

 

 このソフトウエアは、従来の高分子混合系の自由エネルギーを用いた相分離構造シミュレーション法に対して、さらに相構造と分散させるナノ粒子との間の相互作用を仮定して、相分離構造の成長とともに、球形ナノ粒子が分散・凝集していく様子をシミュレーションできる。ナノ粒子を分散させた相分離構造の2次元シミュレーションの場合、最新のデスクトップパソコンを用いると、15分程度で計算できる。最近使われるようになってきた、さまざまな高分子混合系ナノコンポジット材料におけるナノ粒子分散構造の予測や、材料設計への貢献が期待される。

 なお、この研究の詳細は、2010年12月2~3日に京都工芸繊維大学で開催の第22回エラストマー討論会で発表された。

図1
図1.開発したソフトウエアで得られた球形ナノ粒子含有相分離構造 (2次元、3次元の結果)。時間の経過と共に赤高分子相と青高分子相の2相に分離する。白い粒子は球形ナノ粒子を表す。


開発の社会的背景

 近年、高分子材料にナノ粒子を添加することで、材料の機能改善がなされている。このようなコンポジット材料では、ナノ粒子と高分子の界面の効果や粒子の分散効果が、機能発揮や材料物性に重要である。これらの高分子混合系ナノコンポジット材料については、これまではナノ粒子を添加し混練するといった実験を繰り返しながら材料開発がなされてきた。しかし、今後これらのコンポジット材料を最適化する際に、膨大な組み合わせについて実験を行うには、あまりにも時間がかかりすぎることが指摘されている。そのため分散構造を簡単に予測するための手段の開発が望まれている。

研究の経緯

 材料の性能を予測し、材料設計などに役立てるためには、材料の作成過程を観察する必要があるが、実験的にそれを行うことは、観察系やプロセスの問題などのため非常に難しい。そこで、動的なシミュレーション手法とソフトウエアを開発することで、材料の内部構造の形成過程を理解し、それを材料設計に役立てることが必要となっている。産総研では、粗視化シミュレーションを高分子材料開発に役立てるための研究を行っており、その主たるシミュレーションツールの開発も行っている。

 

 高分子材料における汎用シミュレーションソフトウエアとして、東京大学の土井正男教授らによって開発されたOCTAがある。OCTAは、2002年にリリースされてから、多くの研究機関や企業などでさまざまな高分子材料のシミュレーションに用いられてきている。 (2009年5月29日産総研ウェブサイト主な研究成果)しかしながら、マイクロメートルスケール領域に分散した球形ナノ粒子を含む高分子混合系の相分離構造をシミュレーションするためのソフトウエアは、OCTAを含め存在しないため、新たなソフトウエアの開発が望まれていた。

 なお、本研究開発は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の委託事業「ナノテク・先端部材実用化研究開発」によるものである。

研究の内容

 今回開発を行ったのは、高分子が複数種混合(ブレンド)された系にさらに球形ナノ粒子が充填された材料について、相分離構造やナノ粒子の分散構造をできるだけ簡単にシミュレーションし、1マイクロメートルスケールの領域における構造を短時間でシミュレーションするソフトウエアである。また、本ソフトウエアは、さまざまな種類の高分子、ナノ粒子に適用が可能な汎用な手法を取り入れたものとなっており、広く適用が考えられるよう設計されている。

 従来、高分子混合系材料の相分離構造は、高分子の混合エントロピーと相互作用(エンタルピー)で表された自由エネルギーの式を用いてシミュレーションがなされてきた。一方で、高分子のような粘弾性流体とナノ粒子との間の運動については、より高精度のシミュレーションを行うための研究がなされているが、高分子やナノ粒子の動きは非常に複雑なので、計算精度をあげるには計算コストが高くなり、また、大きな系への適用も難しい。

 今回開発したソフトウエアは、従来の自由エネルギーを用いた相分離の動的シミュレーションに、単純に相構造とナノ粒子の間に相互作用を加えることで、高分子の動きと粒子の動きを別々に求めることができるように簡素化する手法を導入し、相分離構造とナノ粒子の2つの動きをシミュレーションする。相互作用は、特定の高分子が多い相に球形ナノ粒子が親和性高く存在できるような、単純な相互作用を自由エネルギーの式に加えることで表している。

 図1には、2次元の動的シミュレーションの結果を示す。なお、1辺は、現実系では1.2マイクロメートルに相当し、白い粒子が半径20ナノメートルのナノ粒子を表す。時間の経過と共に、混合された高分子は赤と青の2つの相に分かれ、その相構造が大きくなっていく。白い粒子は青い相との親和性が高いが、さらに相分離自体がこの球形ナノ粒子の近傍から始まっていることも示され、ナノ粒子が相構造の大きくなる過程に寄与していることがわかる。また、3次元のシミュレーションも行うことができ、図1左下に1辺320ナノメートルの立方体でのシミュレーションの様子を示しているが、ナノ粒子が一方の相に凝集していることがわかる。

 このソフトウエアによって、ナノ粒子の充填率が異なる高分子混合系ナノコンポジット材料のシミュレーションも行える。図2には、充填率を変えた際の結果を示す。ナノ粒子を多く入れるにつれて、ナノ粒子の凝集がみられ、さらに凝集したナノ粒子を避けるように赤の相が分布している様子がみられる。このことから、ナノ粒子の分散構造と相分離構造とが互いに相関している可能性が示唆される。

図2
図2 ナノ粒子を左から512個、1024個、2048個入れた際のシミュレーション

今後の予定

 今回開発したナノ粒子含有高分子混合系材料構造シミュレーション用のソフトウエアは、さまざまな所で使われるようになってきたナノコンポジット材料全般について、それらのシミュレーションに汎用的に用いることができると思われる。今後はさまざまなナノコンポジット材料設計に利用できるように拡張をしていきたい。具体的には、現在対応している球状ナノ粒子だけでなく、棒状や板状などのさまざまなナノ粒子に対応すること、混練過程のモデル化、粘弾性の効果のモデル化などについて、簡便に計算できるという特長をもったまま拡張したいと考えている。また、国内外のナノコンポジット材料関連のメーカーなどと連携して、これらの材料設計技術への適用を目指したいと考えている。

問い合わせ

独立行政法人 産業技術総合研究所
ナノシステム研究部門
主任研究員 森田 裕史 E-mail:h.morita*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)

用語の説明

◆高分子混合系の自由エネルギー
エネルギーとして、物が分散していることで安定化が得られるエントロピーエネルギーと、物が相互に作用することで得られるエンタルピーエネルギーが存在する。この2つのエネルギーの和を自由エネルギーと呼ぶ。高分子混合系では、高分子鎖の分散によるエントロピーと高分子間の相互作用によって表される。この自由エネルギーとして、高分子間の相互作用をχとして表すFlory-Huggins自由エネルギーや、超伝導における状態の記述との近似性から用いられる時間依存Ginzburg-Landau自由エネルギーなどが高分子系ではしばしば用いられる。[参照元に戻る]
◆高分子混合系ナノコンポジット材料
1-100ナノメートルスケールの粒子を高分子材料に分散させたり、練りこんだりした材料を高分子ナノコンポジット材料と呼ぶ。本研究においては、さらに高分子を複数成分混錬させた材料について扱っているが、高分子系では、通常、ナノ粒子(ナノサイズのフィラー)であるカーボンブラック、シリカ粒子、クレイ(粘土)、ナノファイバーを高分子材料に混合させた複合材料のことを指す。フィラーを混ぜることで、力学的強度が増す、導電性が生じる、破壊強度が増すといった高分子単体では生み出せない性質(特性)が現れる。[参照元に戻る]
◆粗視化シミュレーション
高分子などの分子量が大きな分子をシミュレーションする際に、複数の高分子の構成単位(モノマー)を1つの粒子として扱ったり、1つのメッシュ長をもつモデルとして扱ったりして、粗くものを観るモデルが用いられる。このようなモデル化を用いたシミュレーションを、粗視化シミュレーションと呼び、高分子のシミュレーションでしばしば用いられる。[参照元に戻る]
◆OCTA
東京大学の土井正男教授らによって開発された高分子材料における汎用シミュレーションソフトウエアである。ソフトウエアの詳細、および適用事例については、http://octa.jpを参照されたい。[参照元に戻る]