発表・掲載日:2006/09/11

バクテリアで駆動する微小モーター


本文

movie 1

 当グループでは、微生物により駆動される微小回転モーターを世界で初めて開発し、その詳細を発表しました(1)。駆動力源として用いたのは、Mycoplasma mobileという長さ1µmほどのなす型をしたバクテリア(滑走細菌)です。ガラスやプラスチック表面上を滑走運動するバクテリアにはいろいろなものが知られておりますが、Mycoplasma mobileは、培地からブドウ糖を細胞内に取り込んでアデノシン三リン酸(ATP)を合成し、そのATPの加水分解をエネルギー源として滑走運動します。Mycoplasma mobileの滑走運動は高速 (2-5µm/s)で連続的という特徴があることから、これを動力源とした微小運動素子の研究開発を進めてきました。


 まず、リソグラフィー(半導体微細加工技術)により作成したさまざまな微小パターン上でのMycoplasma mobileの挙動を観察したところ、平面上では比較的直進性よく運動するものの、高さ500 nm程度以上の壁にあたると、壁の下縁に沿って運動し続けることを発見しました。ただし、壁が急角度で曲がっているときは曲がりに沿って動くことができず、そのまま直進してしまうことも明らかになりました。このような性質を利用して大半のMycoplasma mobile細胞が一方向に回転運動するパターンをデザインしました。図1Aに示したパターンの場合、大きな四角い平地上を運動していた細胞がたまたま周囲の壁にぶつかると、壁の下縁に沿って運動し、いずれかの円形パターンに導入されます。矢印で示した直線路の上側の壁に沿って運動した細胞はそのまま円形パターンを時計方向に回転し、ほぼ一回転したところで入り口に戻ってきますが、図1B,Cの△印で示したように下側の口が鋭角になっているため、壁に沿って方向転換することができず、ギャップをジャンプしてそのまま回転運動を続けます。一方、直線路の下側の壁に沿って進んだ細胞は、入り口の鋭角に沿って反時計方向に回ることができずに直進し、円形パターンの内側の壁に沿って時計方向に回転するようになります。したがって、大半(約70%)の細胞は円形パターン内のどちらかの壁に沿って時計方向に回転し続けることになります

図1
図1.Mycoplasma mobileを一方向に運動させるためのパターン(A-C)と、微小ローター(E, F)の走査顕微鏡像。Dは、円形のトラックの壁に沿って運動しているMycoplasma mobile細胞。とがっている方が前。スケールバー: 2µm.

 次に、モーターとしての動作実験のため、リソグラフィー技術を用いてこの円形パターンにちょうどはまる突起を持った直径(突起部の)20µmの微小ローター(羽根車)を作成し、ストレプトアビジンというタンパク質で表面を覆いました(図1E,F)。一方、Mycoplasma mobile細胞の表面タンパク質には化学的にビオチンを付加し、上述の円形パターン上で運動をさせました。

movie 2

 このように運動しているバクテリアの上に、微小ローターを載せたところ、ビオチンとストレプトアビジンが強い親和性を持つことから、微小ローターの突起と運動中のMycoplasma mobile細胞が結合し、微小ローターは時計方向に回転し始めました。回転速度は約2 rpm(回転/分)で, トルクは2~5×10-16 Nmと見積もっています。

 Mycoplasma mobileの運動は、Gli349とGli521というタンパク質のATPの加水分解によって引き起こされる構造変化によって駆動されると考えられています(2)。生物界には、このように化学エネルギーを力学エネルギーに変換するモータータンパク質とよばれるものがあります。たとえば筋肉の収縮はミオシンがアクチンフィラメントの上を動くことにより駆動されます。神経軸索の中では、微小管とよばれるタンパク質繊維の上をキネシンというモータータンパク質が移動し、神経伝達物質の詰まった膜胞を輸送しています。こうしたモータータンパク質は、非常に小さい上に人工モーターにはないさまざまな特徴をもつので、動力源として利用しようという応用研究が以前から続けられていました。

図2
図2.微小管を一次元・一方向に運動させるためのパターン(左)とトラック内の微小管の蛍光顕微鏡像(右)。左図で、狭い線状トラックは周囲よりくぼんだ形状になっており、その底面にキネシンタンパク質を選択的に吸着させてある。そのため、運動する微小管は壁をはい上がれずに線状トラック内に束縛され、双方向に一次元運動を行う。さらに矢じり状の「整流パターン」を付加すると、双方向運動が一方向運動に変換される。

movie 3

 われわれは、このような研究にもいち早く着手しました。まず、図2に示すようなトラックをガラス面上にリソグラフィーで作製し、その底面だけにキネシンを結合させたところ、微小管の運動を平面に制限することに成功しました。さらに矢じり状のパターンを付加することで、ほとんどすべての微小管を一方向に運動させることができるようになりました(3)。これは、精製したモータータンパク質を使った世界初の一方向性運動系で、われわれのこのブレークスルー以後、キネシン・微小管一方向性運動系を微小輸送システムとして実用化しようという研究が世界的に展開されるようになっています。


 しかしながら、精製タンパク質を使った例では、集積度が高いために力が強い反面、精製に手間がかかる上に数時間から1日程度の寿命しかありませんでした。対して、バクテリアを使った例では、簡単な培養で増殖できるので長期間の運動が可能となります。また、精製したタンパク質を組み合わせて大きな組織を作るには困難を伴うのに対し、バクテリアは組み立てずみの組織ですので、安定に動作させることができます。

 これらの性質を考慮すると、今回開発したバクテリア駆動型の微小モーターは、現実的なアプローチへの第一歩といえます。


引用文献

1. Hiratsuka, Y., M. Miyata, T.Tada, and T.Q.P. Uyeda (2006) A microrotary motor powered by bacteria.  Proc. Natl. Acad. Sci. USA.  (PNAS, DOI: 10.1073/pnas.0604122103).

2. 宮田真人(2005) マイコプラズマの滑走運動-新たな生体運動メカニズム。蛋白質核酸酵素 50: 239-245.

3. Hiratsuka, Y. T. Tada, K. Oiwa, T. Kanayama, and T.Q.P. Uyeda (2001) Controlling the direction of kinesin-driven microtubule movements along microlithographic tracks.  Biophys. J., 81:1555-1561.



問い合わせ先

セルエンジニアリング研究部門
生体運動研究グループ


関連記事