研究ハイライト 2020年に向けドーピング検査を科学的に支える

計量標準総合センター
2020年に向けドーピング検査を科学的に支える
-定量核磁気共鳴分光法とその高度化による分析基盤の構築-
  • 物質計測標準研究部門井原 俊英
  • 物質計測標準研究部門斎藤 直樹

ドーピング検査を科学的に支える

「ドーピング検査標準研究ラボ」を立ち上げ、ドーピング検査における分析値の信頼性向上に資する研究に取り組んでいます。

図下に写真のキャプションを表示
定量核磁気共鳴分光法(qNMR)および周辺技術の高度化によるSIにトレーサブルな分析基盤の構築
 

2020年に向け求められる検査基盤の強化

オリンピックなどの国際競技大会に出場する選手が対象となるドーピング検査は、世界ドーピング防止機構(WADA)が公示するドーピング禁止物質のリストに基づいて行われています。このリストは毎年更新され、現在は数百種類にも及びます。ドーピング検査には、高速液体クロマトグラフ−質量分析装置などの多成分の禁止物質を同時に分析できる装置が用いられますが、これら装置の目盛付けには禁止物質と同じ成分それぞれの標準物質が必要です。禁止物質には大量合成が難しい代謝物などもあり、また分析のたびに消費されてしまうために、必要となる標準物質を常備することは容易なことではありません。信頼性の高いドーピング検査結果を得るためには、計量学的に高品質な標準物質を充実させることが重要であるため、2020東京オリンピック・パラリンピックなどでの検査基盤強化の一環として、WADAから産総研に計量学的な支援の要請がありました。

検体の写真
 

標準物質提供の迅速さと正確さを実現

本研究ラボでは、標準物質の純度を測る技術として産総研が世界に先駆けて実用化した、定量核磁気共鳴分光法(qNMR)をさらに高度化させて、迅速さと正確さを兼ね備えたドーピング禁止物質の分析技術を開発することで、世界共通のものさしである国際単位系(SI)にトレーサブルな分析基盤を構築します。本研究ラボで構築した技術は、計量標準総合センター(NMIJ)から認証標準物質や校正サービスとして、また、試薬メーカーなどを通じてNMIJトレーサブル標準物質として、検査分析機関に提供する予定であり、オリンピックなどの国際競技大会でのドーピング検査基盤強化への貢献を目指します。

井原上級主任研究員の写真
 

代謝物質への対応など周辺技術開発でさらなる基盤強化へ

ドーピング禁止物質は、体内で代謝されて別の物質になってしまうものもあります。それら代謝物は試薬として大量に入手するのが困難なものも多いため、標準物質を用意するためには有機合成が必要です。そこで、標準物質を大量に消費しないために、低濃度の溶液を安定に保存できる技術の開発を行います。また、qNMRに影響を与える不純物を取り除く精製技術の確立にも取り組んでいきます。

斎藤研究員の写真
 

ドーピング検査における標準物質

ドーピング検査では、対象となる禁止物質を検出するだけではなく、検体中の成分量を測ることが重要になります。成分量を適切に測定するためには、分析装置に正しい「目盛」を刻むための計量学的に高品質な標準物質が必要です。値が不正確な標準物質で分析装置の目盛付けを行うと、装置が不適切な「ものさし」を持つことになるからです。例えば、実際の純度が50 %しかない標準物質を、正しい評価を行わずに純粋な物質として扱ってしまうと、検体中の成分量が実際の2倍含まれるという分析結果を与えてしまいます。このようなことがドーピング検査で生じると、実際は許容濃度以下で陰性なのに、陽性という誤った結果になってしまい、選手生命を奪うような事態を引き起こす可能性があります。これを未然に防ぐためにも、計量学的に高品質な標準物質で分析装置に目盛付けすることがきわめて重要であり、検査分析機関で高品質な標準物質を無理なく常備できる体制の整備が喫緊の課題となっています。

 

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本研究テーマに関するお問合せ先

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物質計測標準研究部門

上級主任研究員 井原 俊英(いはら としひで)

有機基準物質研究グループ 研究員 斎藤 直樹(さいとう なおき)

〒305-8563 茨城県つくば市梅園1-1-1 つくば中央第3

話:029-861-4346(計量標準調査室)
ウェブ:https://unit.aist.go.jp/mcml/ja/labs/index.html