名誉も賞もいらない。
ただ人類の未来のために、
陰で支える力になれるなら、
それが何よりのやりがい。

瀧川 悌二
研究戦略本部
エンジニアリング部
医薬品の民間企業で、主に化学工学の観点からの原薬合成及び、化学プラント関連の技術開発・実用化に従事したのち、2023年に産総研に入所。合成燃料製造のためのFT(フィッシャー・トロプシュ)反応部分のベンチプラントの設置・運転、運転方法の確立、ベンチプラント運転、スケールアップのためのデータ取得、安全対策の検討といった下流工程に携わる。
※FT(フィッシャー・トロプシュ)反応:一酸化炭素と水素の混合ガスから石油の代替となる燃料を合成する反応
中川 実徳
研究戦略本部
エンジニアリング部
エネルギー・重工系の民間企業で、燃料電池開発をラボレベルから製品化レベルにスケールアップする業務に従事したのち、残りの人生でもう一度、製品化開発業務に挑戦したいと考え、2024年に産総研に入所。H₂O・CO₂電解装置の起動運転や電解とFT反応槽の繋ぎ込み、システムエラー対応といった上流工程に携わる。

研究成果をスケールアップして実装フェーズへ。
社会をより良くする縁の下の力持ち。
中川
私が産総研に入所したのは、2024年です。それまでは30年ほど、新エネルギー技術開発や機能性セラミックスの開発に関わる民間企業で働いていました。当時、仕事の繋がりで産総研の方と一緒になったことがあったので、その頃から産総研のことを知っていました。日本の国家標準であるJIS規格をつくる仕事をされていたので、産総研は日本の産業界を牽引する、最高峰の研究機関だと感じていました。
瀧川
研究者が「ゼロから1」を創造できる場所ですよね。
中川
まさに。私たちエンジニアの仕事は、その最先端を追究する研究者たちの最新の成果を、実際に社会に役立てるため生産工程へとつないでいく仕事です。50代での転職ですが、思いきって決断しました。産総研の仕事は、エンジニア冥利に尽きる、最高にワクワクする仕事だと思います。
瀧川
私は、2023年に入所しました。転職活動で産総研を見つけた時、自分の想いを叶えられる場だとすぐに悟りました。最先端の研究シーズから生み出された「1」を社会へと橋渡しして、千や万にまで育てていく土台作りができる。これまでの経験と知見を生かして、社会課題解決に貢献できるのは、産総研しかない。
最先端の研究成果を社会に役立つ形へと育てる楽しさは、まさにエンジニアにとっての醍醐味です。
中川
私たちの具体的な取り組みは、二酸化炭素と水から液体合成燃料を一貫製造するベンチプラントの開発です。液体合成燃料の製造プロセスは、上流工程のSOEC共電解装置と下流工程のFT合成反応装置に大きく分けられます。私が担当しているのは上流工程、二酸化炭素と水を電気分解して、一酸化炭素と水素の混合ガスに転換するSOEC共電解装置の運転です。
瀧川
私の担当は下流工程のFT合成反応装置で、上流工程から送られてきた混合ガスを、触媒を使って化学反応させ液体合成燃料を作ります。この装置の設置段階から関わり、運転方法を確立し、今は実際に装置を連続運転して合成燃料を作っています。
CO2を原料として、
低コストで液体合成燃料をつくる
製造技術の開発。
瀧川
本プロジェクトが始まったのは、2020年。当時の菅義偉首相によって打ち出された『2050年カーボンニュートラル宣言』がきっかけです。カーボンニュートラル、すなわち二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量と吸収量を差し引きゼロにする、そのためには二酸化炭素の回収、貯留、利用などのカーボンリサイクル技術の普及が欠かせません。二酸化炭素と水から作る液体合成燃料はまさにカーボンリサイクルの中核技術の一つですから、国が主導するグリーンイノベーション基金事業では「CO2等を用いた燃料製造技術開発」プロジェクトが立ち上げられました。
中川
液体合成燃料の何よりのメリットは、既存のガソリン用のインフラをそのまま使える点にあります。今あるガソリンスタンドでこの燃料を扱えて、もちろん自動車のガソリンエンジンでもそのまま使えるのです。ただし、このような新しい製造方法を開発する際には通常、ベンチプラントからパイロットプラントへと規模を大きくして検証を重ねていき、最終的に商業プラントの建設へとプロセスを追って進めていく必要があります。私たちが現時点で取り組んでいるのはベンチプラントです。
瀧川
私が産総研に入所した2023年時点でベンチプラントの設計自体は完了しており、まさにFT合成反応装置を導入する段階でした。これは5年前からJPEC(一般財団法人 カーボンニュートラル燃料技術センター)と産総研で進めてきた共同研究の成果です。私が関わったのは装置を据え付ける段階からで、続いて動作確認と安全確認をしたうえで、実際に合成粗油が出てくるのも確認しました。
中川
私が入ったのは2024年ですから、SOEC共電解装置は設置済みで、いよいよ運転方法を考えながら試していく段階から関わっています。試行錯誤を繰り返した末に、SOEC共電解装置でできたガスを初めてFT合成反応装置に送りこんだときには、強い達成感がありましたね。自分たちの作ったガスが原料として使われる。まさに社会実装のための第一歩を踏み出せたという実感です。
瀧川
プロジェクトの社会意義・最終目標は、2050年カーボンニュートラル実現への貢献です。その前段階として、今ベンチプラントに取り組んでいるところです。このスケールで、SOEC共電解装置とFT合成反応装置の組み合わせにより、液体合成燃料を安定的に一貫製造できることを実証します。研究者が生み出したシーズを、大きく育てていくことが重要ですが、このフェーズはかなりリスクが高いため、民間企業が投資するのは簡単ではありません。だからこそ公的研究機関である産総研が挑戦していく、このチャレンジングなところがとても魅力的だと受け止めています。その次が、より規模を大きくしたパイロットプラントへのスケールアップであり、さらに最終的なゴールとして目指すのが商業プラントによる社会実装となります。直近の目標としているのが、2030年までの製造基盤技術の構築です。この技術を確立、商業生産の段階へとつなげていきます。
中川
プロジェクトを思い返して、印象に残っている出来事があります。SOEC共電解装置とFT合成反応装置をつないで、合成ガスを初めて反応装置に送り込んだときのことです。自分たちの作ったガスが原料として使われる瞬間は、正直なところかなりドキドキしました。電解装置内では大気圧でガス分解しますが、反応装置は高圧で動かすために途中で昇圧装置を使って圧力を高めているので、電解装置と反応装置ではかなり気圧が違います。この間の圧力の調整がうまくいくかどうかをハラハラしながらみていました。
瀧川
私が感動したのは、触媒反応によってできた合成組油を実際に目にしたときです。装置の立ち上げ時からの記憶、これまでに起きたトラブルやJPECとの喧々諤々の議論などが走馬灯のように蘇ってきました。
喧々諤々の議論と試行錯誤の積み重ね。
どんな難題も
チームで取り組めば解決できる。
中川
いろいろ議論を尽くしながら進めているにもかかわらず、ときには妙な状況に陥ることもありました。たとえば電解装置の電圧が、謎の急上昇を起こすようなケースです。もちろん、そんなときには緊急停止するように設計されていますが、それでも実際に目の前で起こるとびっくりします。こういうときこそシステムを徹底的にチェックし直すことにより、問題解消につながるのだと身をもって学びました。
瀧川
スタッフ間で検討した末に意見が一致したからといって、結果が思ったとおりになるとは限らないのが難しいところです。ベンチプラントの原型は、スケールの小さな実験装置です。これを単純に大きくすれば実験段階と同じようにうまくいくとは限らないわけで、規模を大きくしたために装置自体が想像もしていなかった挙動を示すこともあります。みんなが頭の中でいろいろ考えてはいるけれども、実際には予想外の結果になったりもする。より思考の幅を広げて考える大切さを学びました。
中川
想定外といえば、システムを動かしているときに信号ノイズが発生して、システムエラーを起こしたケースもありました。パソコンから指示を出してシステムを動かしているのですが、なぜか通信が途切れるのです。考えられる原因を一つひとつ調べていくと、通信に使っているLANケーブルが外部からのノイズを拾っていたことがわかりました。「まさか、そんなことが!」というトラブルが現場では実際に起こり得るのだ、というのは貴重な学びとなっています。
瀧川
そういった困難を乗り越えるために必要なことは、「チームワーク」です。エンジニアリング部からこのプロジェクトに参加しているのは私と中川の2名ですが、ほかにJPECも含めて総勢18名のメンバーが一緒にいてくれるのが、まず精神面での大きな支えとなります。そのメンバーには、エンジニアリング人材以外に研究者やテクニカルスタッフ、さらに民間企業から派遣されている方もいます。さまざまな分野の人が参加しているので、ちょっとした雑談の中からアイデアが閃いたり、自分ひとりでは思いつかなかったような気づきを与えてもらえたりもします。
中川
エンジニアリング部内での横の繋がりも頼りになります。エンジニアリング部が担う業務は、大きく設備技術とプロセス技術に分けられます。設備技術が担うのは試作から量産化技術開発のための設備や装置の企画、設計から立ち上げなど。プロセス技術では化学/半導体プロセス開発などに関する業務を担っています。これらの業務を進めていくために、それぞれ異なる専門性を持つメンバーが様々な現場で業務に取り組んでいます。
瀧川
具体的にはガスの専門家やシステムの専門家、他にも多種多様な分野の専門家が参加しています。このように各分野のプロが集まりながら、チームワークを保っている。だからどんなに難しそうな課題が出てきても、みんなで取り組めば何とかなるはず。こんなふうに気持ちを前向きにしてもらえるのもエンジニアリング部の強みだと思います。
地球上での人類の生存期間を
1年でも長くするための仕事。
中川
少し大げさかもしれませんが、私たちが携わっているのは、地球温暖化を防止して、地球環境を少しでも長く・良い方向へと導くための仕事です。その中でも、縁の下の力持ちとして社会実装に直接関わっている。これが何よりのやりがいです。研究者たちの成果であるシーズを、確実に実りあるものとして仕上げる仕事、そして社会の役に立つ仕事です。例えるなら「研究者たちの構想を具現化していく仕事」ともいえます。
瀧川
自分たちが表に出たりはしませんが、仕事の成果は新聞記事になるような最先端技術に関わっています。それもCO2削減から気候変動につながるような話ですから、やっている仕事を自分の子どもにもわかってもらいやすいことがやりがいに繋がります。エンジニアリングの仕事を研究と比較して表現するなら、研究とはゼロから1を生み出すプロセスです。その1を100どころか千や万ぐらいまで大きくして、しかも実用化するのがエンジニアリングだと思います。
つくり、育て、形にしていき、最終的には社会の役に立つ。この一連のプロセスがエンジニアリングの何よりの面白みです。夏の異常な暑さなどにより地球温暖化についての関心が社会的に高まっていて、ニュースなどでもよく取り上げられるようになっています。そんなとき子どもに「お父さんの仕事は、この温暖化の問題解決につながるんだよ」と話せるのってうれしいですよね。子どもはまだ小学生ですが、これから歳を重ねるごとに、仕事の意義を深く理解してくれるようになると思えば、とてもやりがいがあります。
中川
形にしていく段階では、アイデア次第でどんどん改良できる。自分のアイデアが役に立ったときのうれしさは、うまく言葉にならないほどですね。
瀧川
今後の展望として、まずは今取り組んでいるプロジェクトを、少しでも早く社会実装していき、カーボンニュートラルの実現に貢献したい。これが一段落した段階で次は、前職で培ってきたバイオ関連の知識や経験も生かしていきたいと思っています。
中川
私も一刻も早い社会実装という観点から、民間企業とも協力し合いながら液体合成燃料の普及に役立ちたいと思います。同じ方向性として新エネルギー関連に興味があるので、これまでやってきた光触媒やペロブスカイト太陽電池などにも関わっていければと思います。とにかくまわりがみんなとても勉強熱心で、学ぶための材料も揃っています。だから毎日新しい出会いがあってワクワクしながら過ごしています。
趣味の時間をともにするような友だちもたくさんできました。まさに多士済々という感じで、面白い人ばかりでみんな人柄が良いです。
いくつになっても新しいテーマに取り組むことができ、実際にチャレンジできる舞台が整っている。
今の方がまさに青春じゃないかと思えるほどです。






研究者からのコメント
瀧川さん、中川さんが現在取り組んでいる電解およびFT合成技術の統合実証は、研究成果を社会へ橋渡しするうえで極めて重要な挑戦です。装置設計から運転条件の最適化、安全性の確保、さらなる改良に至るまで、企業の研究者とも連携しながら緻密な検証と改善を積み重ねる姿勢に深い敬意を抱いています。研究者が生み出した「シーズ」を実用技術として成熟させ、社会実装へと導くその技術的探究心と粘り強さは、本当に有難く、感謝の気持ちでいっぱいです。2050年カーボンニュートラルの実現に向けた道を切り拓いていけるよう、一緒に頑張っていきたいと思います。