かつて金属棒の長さで定義されていた「メートル」は、いまや「一定の時間に光が進む距離」となった。光は、伝わる空気によって屈折し、気温の変化でわずかにゆらぐ。だからこそ、距離の精密な測定には、安定した気温が必要になる。
産総研の地下に設けられた300m のトンネル内部の気温は、1日に0.02度しか変化しない。測量器具などの正確性を担保する「国家標準」の供給や、新たな計測技術の開発がここで行われる。
自然科学の入り口は、常に対象の観察にある。岩石を観察するために、光を通す薄さまで石を削って「薄片」を作りだす。今もなお地質学には欠かせない、伝統的な手法だ。薄片チームは、140年におよぶ産総研の地質研究のなかで、日本最高峰の技術を保ってきた。
石を顕微鏡で観察するために必要な厚さは、約0.03mm以下。新聞紙の半分よりもさらに薄い。手に伝わる感覚を頼りに、ごく僅かな調整を加えていく。人の手でしかなし得ない、匠の技。
削り出された薄片は、偏光によって色を変え、石の組成を映し出す。一目瞭然。目に鮮やかな彩りは、ときにデータよりも雄弁に、その来歴を物語る。
光の量を測り、明るさを評価するための「積分球」。さまざまな方向に発する光の総和を正しく計測するには、球の中心で光を灯し、球体の壁に何度も反射させてその強さを均等にする必要がある。ゆえに、球の内側はマットな純白に塗装されている。
閉ざされた積分球の中で光は均される。正確で均一な光を生み出す球は、常に変わらない「色」の実現にも利用できる。産総研では、この精密さを応用し、日本の「白色」の標準供給をも手がけている。
熱力学、流体力学、材料力学、機械力学。エンジンは、機械工学の基本をなす4つの力学の結晶だ。内燃機関には未解明の謎がいまだに潜む。エンジン内部で起こることを見極めるため、今日も固定された車の車輪を回す。
「『わかっていること』を武器に、『わからないこと』をひとつひとつ読み解いていく。それが科学のおもしろさだと思います」好奇心を燃料に、研究チームの探究は走り続ける。
半導体チップの製造には、清浄な部屋が欠かせない。この建物は、フロア全体がクリーンルームになっている。チリやホコリを散らさないよう、足先から頭までを防護して歩く。
ここでは、電子回路を半導体に焼き付ける新技術を試している。トライアンドエラー。失敗したシリコンウエハーの積み重なる廃棄箱が、研究者たちの挑戦の歴史を物語る。
産業のコメと呼ばれた半導体。気がつけば、その自給率は随分と下がった。「日本の半導体産業を再興させる技術を生み出すこと」産総研にかけられた期待は大きい。責任も、また。
「燃える氷」、メタンハイドレート。日本近海にも多く眠るこの資源を、どうにか安定したエネルギーとして活用できないか、さまざまなアプローチが試みられてきた。
高圧低温の深海で、水に押し込められたメタンが、氷のように結晶化する。純国産エネルギーという悲願を託されて、メタンハイドレート産出技術の開発はいまもなお続く。
大空間実験室。三階建ての研究棟の吹き抜けに、釣鐘形の圧力容器が強力なクレーンで吊り下がる。実験のために高圧をかけるとき、この釣鐘が天井から降りてくる。その重厚さは安心のあかし。研究者たちは、心おきなく1メガパスカルの気圧を実現する。
Carbon-dioxide Capture and Utilization。現在、不要な二酸化炭素を有益な物質へと変える、いわゆるCCUプロセスの研究がここで進んでいる。世界中が待ちこがれる脱炭素技術が、この実験室から生まれるかもしれない。