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【共同研究】結晶シリコン太陽電池モジュールの発電量向上技術の開発

概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 再生可能エネルギー研究センター 太陽光モジュールチーム(以下、当チーム)は、京セラ株式会社と共同で進めた「結晶シリコン太陽電池の発電量向上技術に関する研究」(以下、本共同研究)の下、結晶シリコン太陽電池モジュール(一般にパネルとも言う)の寿命を予測する技術体系を構築しました。これによって太陽電池モジュールの生涯発電量を予測することが可能となりました。

 この技術体系は、市場設置前の太陽電池モジュールへの寿命確認加速試験による寿命予測(アレニウスモデル法)と、市場回収品への追加加速試験による寿命予測(市場設置パネル追加試験法=FMAT法)という2つの独立した寿命予測技術で構成され、住宅屋根設置や地上設置メガソーラーに加えて、水上、空港、工場屋根、ビル壁面など様々な設置環境に応じた環境ストレスを考慮して太陽電池モジュールの寿命を予測できるという特徴を持ちます。この寿命予測技術に基づき長寿命設計の太陽電池モジュールの開発が効率的・効果的に行えるようになりました。

 太陽電池モジュールは利用目的・利用形態に応じた寿命が求められ、多くの設置環境では長期間の利用が必要とされています。太陽電池の長寿命化は長期間の利用につながり、生涯発電量の向上および将来のモジュール廃棄量の低減に貢献します。
共同研究先 京セラ株式会社
研究題目 結晶シリコン太陽電池の発電量向上技術に関する研究
実施期間 2020年度~2023年度
実施体制 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 再生可能エネルギー研究センター 太陽光モジュールチーム

研究目標

結晶シリコン太陽電池モジュール(パネル)の寿命予測技術の開発

研究内容

 当チームでは、2020年度からの4年間、京セラ株式会社との結晶シリコン太陽電池の生涯発電量の向上に関する共同研究を通じて太陽電池の導入拡大を目指してきました。この共同研究では、高効率結晶シリコン太陽電池の研究、太陽電池の劣化挙動の解明と長寿命化、寿命予測技術の研究開発などを行ってきました。その中で、当チームのモジュールの試験/解析技術と京セラ株式会社の長期信頼性設計技術を融合することによって、太陽電池モジュールの寿命予測技術体系の構築に至りました。

 本共同研究で構築した技術体系は、市場に設置する太陽電池モジュールの寿命予測を目的に、2つの独立した方法からなります。一方は、環境から受けるストレスについて複数のストレス水準で寿命確認加速試験を行って寿命を推定するアレニウスモデル法で、他方は市場に設置されていたモジュール(パネル)に追加で加速試験を行って残寿命を推定(予測)する市場設置モジュール(パネル)追加試験法です。本共同研究で構築した技術体系は、これら2つの独立した方法による予測値の整合性をもって信頼性の高い寿命予測および生涯発電量予測を可能とするものです。今後このページでは、後者の方法をFMAT法(Field Module Additional Testing Method)と呼びます。

 結晶シリコン太陽電池は、初期劣化、経年劣化の順に劣化が進み、最終的には急激に出力が低下し(屈曲的な低下となり)寿命に至ります。太陽電池モジュールが社会インフラとして機能するためにはモジュールの生涯発電量が重要であるため、太陽電池の研究開発には寿命の定量的議論が必要となります。太陽電池の製品寿命は一般的に約20~30年と言われており、市場に設置した製品そのもので寿命を評価するには長い年月を必要とします。そのため寿命評価のためのストレス加速試験と寿命予測に頼らざるを得ません。ところが国際規格のIEC61215や日本工業規格のJIS61215のような太陽電池モジュールの試験規格には、太陽電池モジュールの寿命に関する規格がありません。

 当チームと京セラ株式会社は、生涯発電量向上に向けた研究開発テーマの一つとして、寿命予測技術と寿命評価試験方法の開発に取り組んできました。

【図1】太陽電池モジュール(高耐久封止材品)の湿熱ストレス試験結果(縦軸は初期値で規格化)
【図2】EVA(Ethylene Vinyl Acetate)の酸触媒加水分解反応
【図3】湿熱ストレス試験劣化前後品の電極部の走査型電子顕微鏡写真

 太陽電池モジュールに代表的な環境ストレスである温度と湿度を加えたとき、累積ストレス量があるレベルに達すると太陽電池の特性が急激に低下します(図1)。湿熱ストレスによるこの寿命劣化モードは太陽電池モジュールの寿命の上限を与える非常に重要な劣化モードです。

 湿熱ストレスによる劣化は電極の腐食に起因することが多く、一度劣化が始まると急速に進行するのが特徴です。図1中のエレクトロルミネッセンス(EL)像の暗部が電極腐食部に対応しています。これは封止材であるEVA(Ethylene Vinyl Acetate)の加水分解反応で生じた酢酸によるものです。このときEVAの加水分解反応で生じた酢酸自身が加水分解反応の触媒となることで(図2:酸触媒加水分解反応)、EVA中の酢酸濃度が指数関数的に増大することを本共同研究において見出しました。酢酸濃度の指数関数的増大に伴い電極とシリコン基板の界面に存在する薄いガラス層が腐食され(図3)、特性が急激に(屈曲的に)低下し寿命に至ります。この屈曲が現れるストレス量を見出したことにより、寿命予測の議論が可能となりました。

 IEC61215やJIS61215に規定されている試験は、後述する寿命予測に必要な条件を満たしていないので、これら試験で寿命を予測推定することはできません(図8の×印、図1の上矢印)。

 

技術体系のポイントになる要素の対比

 本共同研究で構築した寿命予測技術体系は、市場設置前のモジュールに対して行うアレニウスモデル法と市場に設置済みのモジュール(パネル)を取り外して加速試験を行うことにより残寿命を推定(予測)する試験法(FMAT法)の2つの独立した方法によって構成されています。 

 図4にこれら2つの方法からなる技術体系のポイントになる要素を対比しました。

 アレニウスモデル法が劣化反応の活性化エネルギーを用いるのに対して、FMAT法ではそれを用いないことが大きな違いとなります。
【図4】寿命予測技術体系の構成

アレニウスモデル法

 アレニウスモデル法における寿命確認加速試験の必要条件は以下の三つです。

① 特性の屈曲変化の確認

 寿命を確認するために特性の屈曲変化が現れるまで試験を実施します(図5)。図5の青色は一般封止材、オレンジ色は高耐久封止材の結果です。寿命は封止材の種類によって大きく異なることが確認できます。

② ストレス2水準以上の試験による反応の活性化エネルギーの決定

 寿命劣化をもたらす電極の腐食は、水分と封止材の化学反応(加水分解反応)によって生成される酸が電極構成元素と反応することで生じます。この反応は寿命劣化を熱活性化過程のアレニウス則に従う現象としてモデル化できるので、その反応の活性化エネルギー(Ea)を求めることにより、モジュールの寿命時間を加速試験温度域から実際の市場でのモジュール温度域へ外挿することが可能になります。反応の活性化エネルギー(Ea)は、ストレス2水準以上の寿命確認加速試験結果(図5左)からアレニウスプロットにて求めることができます(図5右)。

【図5】湿熱ストレス試験における特性の屈曲変化(左)と、
その屈曲時間(規格化FF値が0.9へ低下する時間)を1/T(T:試験温度)に対してプロットした図(右)

③ 複合ストレス試験の実施

 太陽電池モジュールを市場に設置するときの実環境では、湿度や温度に加えて紫外光(UV光)など複数の環境ストレスが同時に掛かっています。湿熱寿命も紫外光の影響を受けることが考えられます。そこで複合的にUV光ストレスを印加したUV湿熱加速試験を行って太陽電池モジュールの特性が屈曲的に低下する寿命までの挙動を調べました(図6)。これにより紫外光の湿熱寿命への影響度(UV補正係数=UV光照射後のDH試験寿命時間÷DH単体試験寿命時間)を数値化することができました。湿熱寿命に対する紫外光の影響は大きく、複合ストレス試験の重要性が確認できました。

【図6】太陽電池モジュールの複合試験結果

FMAT法(Field Module Additional Testing Method)

 FMAT法は、市場に設置されている太陽電池モジュールを取り外してストレス加速試験を行い、残寿命を推定(予測)する方法です。この試験法は、前述のアレニウスモデル法とは前提とロジックが異なり、アレニウスモデル法とは独立に寿命情報が得られるため、アレニウスモデル法による寿命予測値の妥当性を検証するためにも極めて重要な技術です。

 図7に市場未設置の初期品(以下、未設置初期品)と市場設置品を取り外したもの(以下、既設置品)に対し、湿熱ストレス加速試験を実施したときの出力の変化を模式的に示しました。ぞれぞれの屈曲変化は、未設置初期品の湿熱寿命(図中①)と既設置品の湿熱残寿命(図中②)を示し、その差(①-②)は市場に設置されていたときに進行した寿命消耗量(生成した酢酸濃度に比例する量)に相当します。市場での寿命消耗量は、湿熱ストレス起因のもの(図中③「湿熱起因」)と、UV光ストレス起因のもの(図中④「UV起因」)とで構成されます。

 UV起因の酢酸は、生成速度において湿熱起因のそれよりも桁違いに速く、また、生成量は太陽電池モジュールが市場設置されてから通常数年以内に飽和します。このことを踏まえると、市場での寿命消耗量(①-②)のうちのUV起因の寿命消耗量は、未設置初期品の湿熱寿命およびUV補正係数から見積もることが出来ます(UV起因の寿命消耗量の湿熱ストレス加速試験相当での時間④={1-UV補正係数}×未設置初期品の湿熱ストレス加速試験寿命)。

 市場でのUV起因の寿命消耗量(湿熱ストレス加速試験相当での時間④)が得られれば、市場での湿熱起因の寿命消耗量(湿熱ストレス加速試験相当での時間③)も得られます。得られた市場での湿熱起因の寿命消耗量は市場設置年数Xに対応しているので、湿熱残寿命②が市場での湿熱起因の寿命消耗量③の何倍にあたるかを計算すれば、湿熱残寿命②が市場何年(湿熱残寿命年数Y)に相当するかを算出できます(Y=②×(X/③))。

 以上より、既設置品の湿熱寿命は、市場設置年数+湿熱残寿命年数で得られます。

【図7】市場回収品の追加試験による寿命推定(予測)方法

寿命予測体系の構築 

 図8にアレニウスモデル法とFMAT法による寿命予測値(推定値)と、市場に設置したパネルの寿命の実測値をプロットしました。青色とオレンジ色の丸印は図5に示す寿命確認試験においてFF特性変化(初期値で規格化した値)が0.9になる時間です。図5同様、青色は一般封止材、オレンジ色は高耐久封止材の結果です。青色とオレンジ色の線はアレニウスモデル法に基づく寿命予測曲線です。青色とオレンジ色の四角はFMAT法に基づく寿命推定値です。青色の三角は市場において寿命を迎えたパネルの実測値です。

 アレニウスモデル法とFMAT法は、寿命予測(推定)の前提とロジックが異なるにも関わらず、国内モジュール温度域でのアレニウスモデル法に基づく寿命予測曲線の寿命予測値とFMAT法による寿命予測(推定)値は良い一致を示すことが確認されました(図8)。これら独立した2つの方法による予測(推定)値の整合性により、両系で構成される寿命予測技術体系の妥当性を確認することができました。これにより、温度、湿度、紫外光が存在する実際の設置環境での太陽電池モジュールの寿命予測(寿命上限値の予測)を高い信頼性を持って行えるようになりました。

 市場環境には、温度、湿度、紫外光以外に、温度サイクルや電位差といった環境ストレスが存在しますが、これらの寿命に及ぼす影響についても、これらのストレスを加えた複合試験やFMAT法によって見積もることができます。

 また、太陽電池モジュールの寿命は、モジュールを構成する材料(カバーガラスの紫外線透過特性、セルの電極組成、封止材の種類、バックシートの材質、など)やモジュールの構造(片面ガラス構造、両面ガラス構造)によって大きく変わりますが、本共同研究で構築した寿命予測技術体系はそれらモジュール仕様の変化にも対応できる技術です。

 以上、本共同研究で構築した結晶シリコン太陽電池モジュールの寿命予測技術体系は、実際の設置環境や様々なモジュール仕様に応じた太陽電池モジュールの寿命予測および生涯発電量予測に広く活用できる技術です。

 寿命予測技術体系が構築されたことによって、太陽電池モジュールの長寿命設計も設置地域や設置形態を考慮した形で対応可能となりました。長寿命で生涯発電量が多い太陽電池モジュールの普及は、カーボンニュートラル社会における再生可能エネルギーの主力電源化と将来のモジュール廃棄量の低減に貢献します。

【図8】太陽電池モジュール(パネル)の寿命予測

参考文献

  1. 特許第6811974、6818307、6837649号
  2. "Lifetime prediction and evaluation technology for crystalline silicon PV modules"
    Katsuto Tanahashi1, Katsuhiko Shirasawa1, Shunsuke Heito2, Atsushi Yoshida2, Norikazu Itou2, Tomihisa Tachibana1, Hidetaka Takato1, and Kouichirou Niira2
    1AIST, 2KYOCERA Corporation
    2024 Photovoltaic Reliability Workshop (PVRW), (Sheraton Denver West Hotel, Golden, Colorado, USA, 2024/2/27-29)
  3. 「結晶シリコン太陽電池モジュールの劣化と寿命予測技術」
    棚橋 克人1,白澤 勝彦1,平藤 駿介2,吉田 篤司2,伊藤 憲和2,立花 福久1,高遠 秀尚1,新楽 浩一郎2
    1産業技術総合研究所 再生可能エネルギー研究センター,2京セラ株式会社
    AIST太陽光発電研究成果報告2023
    https://unit.aist.go.jp/rpd-envene/PV/ja/results/2023/
国立研究開発法人 産業技術総合研究所