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世界でいちばん正確な1秒!

テクノロジーと「不確かさ」とのあくなき闘い

原子を止めてしまえばいい

 産総研の「JF-1」が、「原子の熱運動」と「観測時間の短さ」という問題点をクリアした手段は、画期的なものでした。

 「JF-1」では、まず、原子の運動を止めてしまいました。

 光には輻射圧という圧力があります。ごくわずかな圧力ですが、小さな原子に対しては、重力の1万倍もの影響力があります。これを利用して、運動している原子に、上下左右前後の6方向から、共鳴周波数よりも少しだけ低い周波数のレーザーを当てるのです。原子はレーザーが交差する中心に集められ、速度が落ちるために温度が下がりますので、この効果を「ドップラー冷却」と呼んでいます。

 原子はぴたりと止まりましたが、そのままではマイクロ波を照射するわけにはいきません。レーザーによる影響があるため、相互作用を正確に観測することができないからです。いったん捕まえた原子を、解き放ってやる必要があります。とはいえ、レーザーを切れば原子は重力にしたがって落ちるだけですから、レーザーの圧力で、ぽーんと上に放り投げてやるのです。

 放り投げた直後と、落ちてきたときに、マイクロ波を照射して共鳴周波数を確認します。そのときの原子のスピードは4m/s程度。止まっている、とまではいきませんが、格段にスピードが落ちています。

 この方式により、「JF-1」は、15桁(1.4×1015)の高精度を実現しました。これは、2000万年に1秒しかずれないというもので、もちろん世界最高水準です。

図:ドップラー冷却

ドップラー冷却

「共鳴周波数」よりちょっと低い周波数を持つレーザー光を6方向から照射すると、運動している原子はその中心に集められ、速度がなくなる=冷却される。


図:原子泉方式の原理

原子泉方式の原理

6本のトラップレーザーがセシウム原子の動きを止め、真上に加速して原子の噴水を生成させる。上方にはマイクロ波が配置されており、そこで励起された原子は下方でレーザー光によって検出される。

「不確かさ」を追究する

 「JF-1」は、レーザー技術、マイクロ波技術、超高真空技術(内部は107パスカルという、限りなく真空に近い状態にされています)など、さまざまな技術の極限を結集したものです。

 それでも、「不確かさ」は存在します。「不確かさ」をもたらすものは、「原子の熱運動」や「観測時間の短さ」だけではないのです。

 まず、磁場があります。「JF-1」は厳重な磁場シールドを備え、地磁気などの磁場の影響を限りなくゼロに近づけていますが、磁場がゼロでない限り、周波数シフトというずれが生じてしまいます。

 静電気などの電場や、原子同士の衝突、装置そのものの黒体輻射なども、無視できない周波数シフトをもたらします。

 また、セシウム原子のスペクトルに、他の無関係な信号が混ざってしまい、どうしても分離できないという「他遷移の引き込み」という現象も発生してしまいます。

 重力の影響もあります。アインシュタインが予言したとおり、重力と時間は密接に関係していて、たとえば標高が高いと重力が弱まり、時間の進み方が早くなります。余談ですが、富士山の山頂では7万年に1秒、人間の頭の高さでも、1700万年に1秒、時計が遅れるのです。

 宇宙の彼方で、セシウム原子がぽつんと浮かんでいるのであれば、周波数シフトもなく理想的なのですが、そうもいきません。

 周波数シフトの原因を究明し、原因がわかれば、それがもたらすシフトの大きさを見積もり、さまざまなシフトを積み上げて、原子時計の「不確かさ」を評価する必要があるのです。

 「原子時計を作るのと同じくらい大変です」と苦笑しながら語るのは、「JF-1」を開発した黒須博士。黒須博士は、3年前からこの評価の作業に取り組んでいます。

 「地味な作業ですが、誰かがやらなければいけないことなんです。マニアだからやっているわけではありませんよ(笑)」

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国立研究開発法人産業技術総合研究所