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”ものさし”のふるさと!?

光の”ものさし”!?

物理標準(国家標準)

 「彼は普通のものさしでは測れない」などと、「ものさし」という言葉は使われます。ものさしで測れないほど大きい人なのかですって? そういう方はもう一度、国語の勉強をし直してください。ものさしには「基準」という意味があるのです。

 ところでこの「ものさし」、あなたの家にはどんなものがありますか? 一般的に「ものさし」と呼ばれる、長さを測る定規の類。そのほかにもたくさんあります。重さを量るはかり、量を量る計量カップ、温度を計る温度計や体温計、時間を計る時計やストップウォッチ、使用量を量る電気メータや水道メータ、ガスメータ。さらに工場や研究所に行けば、見たこともない専門的な「ものさし」がたくさんありそうですよね。

 つまり、私たちはいろいろな「ものさし」に囲まれて生活しているわけです。

 朝起きれば時計で時間を確認します。風邪をひけば体温計で熱を調べます。そして何の疑いもなくその数字を信じています。

 なぜそんなに簡単に信じてしまうのでしょうか。自分の時計と人の時計は進み方が全く違うと考えないのでしょうか。それは「基準」となる「何か」があり、それに従って時計や温度計が作られていると、誰もが思っているからです。でもその「基準」となる「何か」は、誰がその「基準」を決め、誰が「基準」となる「何か」を作ったのでしょうか。

 だんだん話がややこしくなってきましたので、この辺で種明かしをしましょう。

 国際基準を決めるのは国際度量衡(どりょうこう)委員会、国際基準に基づいた国家基準に従って「基準」となる「何か」、すなわち「標準」を作るのは産業技術総合研究所(産総研)の計測標準研究部門。つまり、私たちの生活にかかせないいろいろな「ものさし」のふるさとは、産総研だというわけです。

図

”ものさし”の生い立ち

 昔々のこと、人間がいわゆる社会生活を始めた頃のことです。社会が成立すると、物々交換による取引が生まれました。同じ価値のモノを交換しなければ、どちらかが損をしてしまいます。そうならないためには何か「基準」となるもの、すなわち「ものさし」が必要です。つまり、取引上の問題で最初の「ものさし」が作られたと考えられています。

 時代を一気に駆け上がり、国際的な交流が始まる時代…、国同士の取引が始まるとやはり問題となるのは共通の「ものさし」。

 明治8年(1875)、世界共通の計量単位制度を目指したメートル条約が締結されました。日本がその条約に加盟したのは明治18年(1885)のこと。

 明治22年(1889)には、条約機構の最高機関である国際度量衡総会の第一回会合が開かれました。

 このときに、新しい単位系の基礎を「メートル原器」と「キログラム原器」に置くことが承認され、同時に「国際原器」を精密に複製した「国家原器」を加盟各国に配ることが決定されました。

 白金とイリジウムの合金でできたメートル原器とキログラム原器が日本に到着したのは、翌、明治23年(1890)のこと。

 そして明治36年(1903)には、産総研の前身の一つである中央度量衡器検定所が設立され、日本の計量器の検定・検査機関としての活動が始まりました。

図:メートル原器
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