読んで学ぼう
2020年8月更新
作:河内まき子
持丸正明
みなさんも周りを見渡せば、背が高くて身体(からだ)の大きな人もいれば、逆に小さな人もいると思います。また、太った人もいれば、痩せた人もいると思います。言うまでもなく、人の身体のかたちは十人十色ですよね。
背の高さだけに限って言えば、いま、われわれの生きている時代は、特に個人差が大きな時代です。縄文時代から現代までの日本人の成人の平均身長変化のグラフを見てみましょう。
もちろん、縄文時代に身長の計測や記録などはされていないんだけど、発掘された足の骨の長さから当時の身長をかなり正確に知ることができるんです。
このグラフを見てみると、明治以降、われわれ日本人の身長が急激に伸びていることが分かります。
専門家の研究によると、その要因は主に食事だと言われています。それまであまり動物性タンパク質をとってこなかった日本人が、肉や牛乳などを摂るようになって急に背が伸びるようになってきた。このような身長の長期的な変化を「時代変化」といいます。
80年前に生まれた方と20年前に生まれた方では、平均身長が大きく違います。そして、それは縄文時代から江戸時代の間のように時代変化が小さかった頃には、あまり目立ちませんでした。いま、お年寄りが背が低いのは、年をとって背が低くなったのではなく、80年前に生まれた人々はそういう身長だったのです。
食事の変化が大きな身長世代差を生み出し、その多様な世代の人たちが一緒に暮らしているいまは、おそらく歴史的に見ても珍しいほど、身体の個人差が大きい時代なんです。
今の時代は大量生産の時代でもあります。同じかたち、同じサイズの製品を工場でたくさん作ることで、ひとつひとつの価格が安くなり、たくさんの人がそれを手に入れられるようになる。それは素晴らしい技術です。
一方で、こんなに身体の個人差が大きい時代なのに、同じかたち、同じサイズの製品ばかりでは、身体に合ったものがなかなか見つからないで困っている人が居るはずと考えました。
昔のようにひとつひとつ手作りで、ひとりひとりの身体に合うものを作ればよいとも考えられますが、それでは値段が高くなり、結局、手の届かないものになってしまいます。なにか、新しい技術を使って、うまく身体に合うけれども、そんなに高くない製品というのは作れないものだろうか。私たちの研究は、そんなところから始まりました。
人の身体のかたちを測って、それをデジタル空間に再現し、そこで個人に合う製品を作ったり、選んだりできないものだろうか。
私たちは、まず、人の身体のかたちを3次元で測るところから始めました。
かたちを測るシステムをベンチャー企業と共同開発したり、頭のかたちや前身の身体のかたちを測るシステムも共同開発したりしてきました(2001年頃)。
これは、非常に弱いレーザー光を身体の表面に当てて、その反射を別方向のカメラで捉えることで、三角測量という原理で光を反射した位置(身体表面)を測る技術です。レーザー光線で人の身体を端から端まで走査することから「ボディスキャナ」と呼ばれています。
ボディスキャナで測った人の身体のかたちは、膨大な点の集まりです。例えば、1mmごとの断面で測った場合、背の高い人は点の数が多く、背の低い人は点の数が少ないことになります。計測点は人と人の間で対応してもいないので、このままでは身体のかたちの違いを個人間で調べるのは難しい。
そこで、手がかりとなる解剖学的特徴点というものを使いました。肩の先の点とか、くるぶしの点とか、肘の点とか、そういう身体構造の特徴的な点を特別にマーキングし、その特徴点で人と人の比較をするのです。もっとも、そのような特徴点は数が少ないので、身体のかたち全体の分析には十分ではありませんでした。
そこで、特徴点の対応を手がかりにして、計測した膨大な点の集まりに、コンピュータ上の身体のモデル(デジタルヒューマン)を自動的に変形してフィッティングする技術を開発しました(2013年)。
デジタルヒューマンモデルをフィッティングするというのは、標準的な体形をしたコンピュータモデルが、変形しながら個人の身体に乗り移るようなイメージだ。そうすると、どの個人も元になったデジタルヒューマンモデルと同じ点数のデータで表されるようになり、人と人との比較が簡単になります。
ボディスキャナで測った多人数の身体形状データに、デジタルヒューマンをフィッティングして、同じデータ点数の個人をたくさん作り出しました。
そのようなたくさんのデジタルヒューマンモデルを統計処理すると、日本人の身体のかたちの違いを表す特徴軸というのが見つかりました。全身形状であれば、もっとも個人差が大きく現れるのは身長と関係した身体のかたちの変化で、次に大きく現れるのは太り痩せを表すような変化であることがわかったんです。
このように日本人の身体のかたちの違いの特徴が分かってくると、その特徴に合うようにいくつかサイズの異なる製品を用意し、うまく選ぶことで、ひとりひとりの身体に合った製品を届けることができます。
例えば、i/288という女性用の革靴ショップでは、日本人の女性の足をわれわれの技術であらかじめ分析して、288種類の靴型(靴を作るための元型)を用意しました。お客さんが来ると、足のかたちを測るスキャナで計測し、右足、左足それぞれにピッタリ合う靴を選び出す仕組みになっています。
また、スポーツシューズショップ(アシックス)では、同じようにお店で個人の足のかたちを測った上で、大量生産した自社製のランニングシューズを、お客さん個人の足にピッタリ合わせるための中敷きを作れるようになっています。
近年、このような体形を計測して製品を選ぶ技術は、さらに進んできて、ボディスキャナを使わずに、スマートフォンのカメラで撮影した写真だけから個人の体形を推定し、靴や服を選べるようなサービスも続々と登場してきています。
身体のかたちと製品のフィット性を高めることは、靴や服だけに限ったことではありません。私たちが開発した技術に基づくソフトウェアは、さまざまなところで使われています。
例えば、医療用のマスクとか、消防士が付ける大がかりなガスマスク、睡眠時無呼吸症候群用の呼吸マスクなど。また、メガネや、バーチャルリアリティ用のゴーグルの設計にも使われています。
最近では、カナル型(耳栓型)のイヤホンの形状設計にも、私たちの技術が使われ始めています。近い将来、個人の耳の穴(耳道)のかたちにぴったりフィットして音漏れしないイヤホンが登場するかも知れませんね。
「自然人類学者として、一貫して人の身体のかたちの個人差を研究してきました。自分の足に合う靴が見つからなかったことから、足と靴の研究を始めて、ここまでたどり着きました。」(河内まき子博士)
「人の身体のかたちをデジタル化して比較する技術がキーでした。この研究は、将来の流通を変革する可能性を秘めているんですよ」(持丸正明博士)