読んで学ぼう
2020年8月掲載
作:芝上基成
小さなナゾの物体がたくさん見えます。ひとつの大きさは長さが50マイクロメートル、幅が10マイクロメートル程度、1マイクロメートルは1ミリメートルの1000分の1で、人間の髪の毛の太さがだいたい50マイクロメートルから100マイクロメートルと言われていますので、その小ささがわかります。これがミドリムシです。このミドリムシ、実は微細藻類と呼ばれるれっきとした生き物の仲間なんです。
その証拠に
これまではミドリムシはもっぱら食品添加物や航空機用燃料として注目されてきました。これらはミドリムシの有効な活用法なのですが、私たちは、もっといろいろな用途に使えないものだろうか、いや使えるはずだ、食べるだけ、燃やすだけではもったいない!と考えました。これまで私たちの研究グループはミドリムシを食料と燃料以外の用途、つまりミドリムシをさまざまなものに「
私たちが注目したのはパラミロンという分子で、直径が数マイクロメートルの粒子の形でミドリムシの細胞の中に存在しています。
その重さはミドリムシの体重のなんと60%以上にもなります。パラミロンはミドリムシが、エサがない、光合成もできないといった、ある意味、飢餓状態のときに使える非常食として貯めこまれたもので、ブドウ糖が2000個ほど直線状につながった多糖という物質のなかまです。
ブドウ糖がつながった物質であるという点は、例えば植物や紙の主成分として私たちの身の回りに数多く存在しているセルロースと同じですが、厳密にいえばブドウ糖同士のつながり方がわずかに異なります。
セルロースはリグニンやヘミセルロースという物質と複雑に絡み合った形で植物中に存在しているため、高温や強酸を使った反応で取り出す必要があります。このような反応条件下ではセルロースはどうしても切れてしまい、その結果得られるセルロース一本一本の長さはバラバラとなります。
これに対してパラミロン粒子は純粋にパラミロンだけからなり、またミドリムシの柔らかい細胞膜に包まれているだけなので、セルロースを取り出すときよりもずっと温和な条件で取り出すことができます。そのため取り出したパラミロン一本一本の長さはほぼそろっています。
長さがそろっていることはどのようなメリットがあるのでしょうか?
それは、「同じ長さ、同じ性質をもつ分子から素材を合成することは、異なる長さ、異なる性質をもつ分子から素材を合成することよりもたやすく、またできた素材の性質はより優れている」ということです。
ちょっと変なたとえですが、ゆでたパスタの一本一本の長さが仮にてんでんばらばらだとフォークに絡めにくくなります。短いパスタもあるので食べにくくもなります。これに対して長さがそろっていると(ふつうはこちらですね)フォークで簡単に巻き取れるので食べやすい、というイメージに近いでしょうか。
この長さがそろっているという特長はミドリムシから取り出してそのままのパラミロンだけでなく、化学的に性質を変えたのちのパラミロン(これらは化学変性パラミロンといいます)にも見られます。
それから、後で出てきますが、パラミロンのもう一つの特長として三重らせん構造を好んでとることが挙げられます。
それでは、次にミドリムシ(厳密にはパラミロンですが)が「
ミドリムシからパラミロンを取り出すことは実に簡単です。
薄い
フラスコを傾けて上澄み液を取り除くときれいなパラミロン粒子を得ることができます。
パラミロン粒子はパラミロンのみで構成されています。パラミロンは三重らせんを基本構造として互いに寄り集まり、太いファイバーを形成します。
ここでもう一度パラミロンの電子顕微鏡写真を見てみましょう。パラミロン粒子にはこの太いファイバーがとぐろを巻いている様子がうっすらと見えるかと思います。
このパラミロン粒子を
少し専門的にはなりますがパラミロンはベータ-1,3-グルカンという物質の仲間です。「ベータ-1,3」とは、パラミロンを構成するブドウ糖同士のつながり方を表しています。「ベータ-1,3-グルカン」はらせん構造を好んでとるということがわかっていますが、らせん構造をとるかとらないかは溶媒の環境によるところが大きいのです。
濃い
この三重らせんはさらに寄り集まって直径がおおよそ4ナノメートル(1ナノメートルは1ミリメートルの100万分の1)のナノファイバー、さらにこれらが寄り集まって20ナノメートルのナノファイバーとなります。
理由はわかりませんが、なぜか直径の20ナノメートルはセルロースがつくるナノファイバーとほぼ同じです。長さはおそらく数マイクロメートル以上にもなるものがあります。「おそらく」と記したのは、電子顕微鏡の視野にナノファイバー1本が入りきらないため実際にはよくわからないからです。
しかし、樹木を削りに削って作られるセルロースナノファイバーよりも、ランダムコイルの状態のパラミロンを組み上げて作るパラミロンナノファイバーのほうがよほど長いことは間違いありません。
一般的にナノファイバーはアスペクト比(長さ/直径の比)が大きいほど強く性質を発揮し、優れたナノファイバーとされています。この意味において、パラミロンナノファイバーはセルロースナノファイバーが得意としている分野はもちろん、苦手としているような分野でもこれを補完する新たな素材として活用できるのでは、と期待しています。
化学変性したパラミロンはプラスチックに「
プラスチックの素材となる化学変性パラミロンは、パラミロンを構成するブドウ糖に酢の主成分である酢酸と石鹸の原料にもなる長鎖脂肪酸の一種であるミリスチン酸を一定の割合で付加することで作ることができます。
枠の形どおりのチョコレートができるのと同じ要領で、融かした化学変性パラミロンを金型に入れて冷え固まらせると思い通りの形のプラスチックを作ることができます。これは射出成型法と呼ばれるプラスチックの成型法です。写真のミドリムシプラスチックもこの手法で作りました。ここで思い出して欲しいのがパラミロンの特徴です。天然のパラミロンの長さはほぼ一定でしたよね。だから、化学変性後のパラミロンの長さもほぼ一定であり、一本一本の化学変性パラミロンの
そのため金型に入れる前の融解した化学変性パラミロンには融け残りもなく、また金型に入れた後の冷え固まり方もほぼ一定となるため、質の良いプラスチックとなります。これが長さがほぼ一定のパラミロンを原料とすることの最大のメリットです。
こうしてできたミドリムシプラスチックは、透明性が高く、さらに複屈折率という、レンズやフィルムを通して物体を見るときのゆがみの少なさを評価するパラメーターはほぼゼロです。この高い透明性と複屈折率ゼロもまたミドリムシプラスチックの大きな特長であり、光学プラスチックとしての活用も期待できます。
パラミロンの長さがほぼ一定であることのメリットをもうひとつ挙げます。
写真のミドリムシプラスチックはパラミロンにミリスチン酸と酢酸を付加することで作ったものですが、例えばミリスチン酸の代わりに、少しだけ長いパルミチン酸やステアリン酸を使うと
つまり構造をわずかに変えることでいろいろな物性を大きく、しかも思い通りに変化させることができます。
このように思い通りに物性をコントロールできるのは、プラスチックの基本骨格であるパラミロンの長さがほぼ一定であることによります。もし長さがばらばらだと、長鎖脂肪酸の導入による効果が分子の一本一本で異なり、結果としてそれらの効果は相殺されてしまって、期待通りの物性は発現しないことでしょう。
ミドリムシは接着剤にも「
接着剤の主原料はナノファイバーやプラスチックと同様にやはりパラミロンです。このパラミロンにミリスチン酸を一定量付加することで粘着剤(ミドリムシ粘着剤と呼んでいます)になることがわかりました。
その外観はまるでグミのようで、指で触るとはっきりとした粘着性があります。
親指と人差し指の間に挟んで少し強く圧したのちに指を離すと、どちらかの指だけにこの粘着剤が残り、両方の指に粘着剤が残ることはありません。きれいにはがせる粘着剤です。
アルミ製スプーンにおおよそ小指の先くらいの量のミドリムシ粘着剤をくっつけて400g程度のおもりに押し付けると吊り下げることができる程度の粘着性を持っています。
ミドリムシ粘着剤でおもりが持ち上がります。
このミドリムシ粘着剤の大きな特長は、天然由来のミリスチン酸を使うと100%天然由来の粘着剤となることです。粘着剤の世界では成分が100%天然由来のものは珍しいそうで、この粘着剤は「環境にやさしい粘着剤」といえるかもしれません。
ちょっと変わったところでは、ミドリムシはくすりにも「
この「
カチオン化パラミロンを経口投与すると、インスリンの分泌に深くかかわっているホルモン(GLP-1)を通常よりも3倍程度多く分泌させる作用や、内臓脂肪量や体重の増加を抑制する働きがあることがわかりました。
そのメカニズムはおおよそ次のように考えています。
脂肪の吸収を助ける働きを持つ生体分子の胆汁酸は腸肝循環により絶えずリサイクルされています。(図中の①)
カチオン化パラミロンを経口投与すると、カチオン化パラミロンは正電荷を帯びているので、負電荷を帯びている胆汁酸と絡み合うことで胆汁酸を腸管の下部に運搬します。(図中の②)
これにより胆汁酸のリサイクルが妨げられ、足りなくなった胆汁酸はコレステロールから合成されるので結果として血中のコレステロール量は減少し、これが体に良い作用をもたらします。(図中の③)
さらに腸管下部に運ばれた胆汁酸はその付近にあるL細胞上のスイッチを押してGLP-1を分泌させると考えています。GLP-1はインスリン分泌のほか、胃の内容物を排出することを遅らせたり、また食欲を抑制したりする効果なども知られています。(図中の④)
このメカニズムにより、カチオン化パラミロンの経口投与で内臓脂肪量が最大38%減少し、体重増加が最大50%抑制されたという研究結果も出ています。将来的にはミドリムシから糖尿病の治療薬ができるかもしれません。
動画でも筆者自ら解説しています。ぜひご覧ください。
以上、ミドリムシの「
実はミドリムシはまだまだいろいろな素材に「
乾燥状態の増粘剤に水に混ぜると…。
もっとも、ミドリムシの「