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擬態する物質?

鳥カゴを開く光?

体の中の鍵と鍵穴?

 生物の体は、遺伝子の情報に従ってタンパク質を作り出していくことで作られます。このタンパク質は、アミノ酸と呼ばれる小さな単位が鎖のようにつながってできています。その構造は、一方の端にアミノ基(- NH2)があり、そこから構造の異なる原子団が続き、もう一方の端にカルボキシル基の一部(-OH)があります。アミノ酸同士が結合するとき、アミノ基の水素(H)とカルボキシル基の酸素(O)と水素(H)が化合物を作って水になります。つまり、アミノ酸同士の間にできた水を押し出すことで、2つのアミノ酸が結合されるのです。このような結合を“ペプチド結合”、そしてアミノ酸が数個から数十個結合したものを“ペプチド”と呼びます。ペプチドはアミノ酸が結合したものなので、一種のタンパク質とも言えますが、通常はアミノ酸が百個以上結合したものをタンパク質と呼んでいます。

 さて、このペプチドは、生体に対してさまざまな働きをすることが知られています。例えばホルモンや抗生物質(特定の細胞を殺す化学物質。薬として使われます)はペプチドで、その生体への働きは鍵と鍵穴に例えられます。生体の細胞の表面にはレセプター(受容体、鍵穴に当たります)があり、レセプターはペプチド(鍵に当たります)の形を認識してさまざまな反応を示すのです。

 冒頭で紹介したインスリンもペプチドの1種で、筋肉細胞や脂肪細胞のレセプターが、その形を認識して結合するわけです。

図:レセプターとアミノ酸

防犯対策?

 細胞のレセプターは決まった形のペプチドに反応します。例えばあるホルモンを体内に入れれば、たちまちそのホルモンに特定の細胞のレセプターが反応します。これはもちろん正常な生体の反応ですが、ある場所、あるいはある時間が来たときだけレセプターが反応するようにすれば、今まで考えられなかったことが実現できる可能性が生まれます。

 例えば医療の世界では、患部の細胞だけに抗生物質を届けたいにもかかわらず、それ以外の細胞も反応させてしまうようなことが起こります。それでは抗生物質によって患部の治療を行うと同時に、正常な部位にダメージを与えてしまいます。そうならないためには、患部に抗生物質が届くまでレセプターが反応しなければいいわけで、そのための工夫が物質の擬態なのです。

 先程レセプターとペプチドの関係を、鍵と鍵穴に例えました。この場合、受容体の形を変えるわけにはいきませんから、鍵に当たるペプチドの形を変えるわけです。とは言え、本当に変わってしまったら本来の働きも消えてしまいます。一番いいのは移動中は形を変え、患部に到達したら本来の姿に戻ることです。しかし、そんな都合のいいことができるのでしょうか?

光のマジック

図:鳥カゴ

 物質の擬態は、レセプターと合体できないようペプチドの端に、レセプターとの結合をじゃまをする特殊な部分を導入して行います。しかし、いざというときには元の姿に戻す必要があります。そのために産総研の研究者が開発したのが、光に感応する部分(オルトーニトロベンジル基と言います)をペプチドに導入させる簡便な方法です(この方法は、平成11年に科学技術庁の注目発明賞を受賞しました)。

 オルトーニトロベンジル基は光(350nm程度の波長の紫外線)に反応する性質があり、そのため光を照射するとアミノ酸から離脱するのです。つまり都合のよい時に光を照射すれば元のペプチドの姿に早変わりし、待ってましたとばかりにレセプターが反応するわけです。産総研で開発した“擬態ペプチド”の合成手法は熟練した技術も必要なく、1週間程度で数種類の“擬態ペプチド”を作ることが可能です。

 ところでこの“擬態ペプチド”、正式にはケージドペプチドと呼ばれています。ケージは鳥カゴのようなカゴのことで、カゴの鳥ならぬカゴのペプチドといったところでしょうか。つまり、カゴの中の鳥(ペプチド本体)は飛べませんが、カゴが開くと(オルトーニトロベンジル基がアミノ酸から離脱すると)飛び立てるようになるという例えからきているのです。そして、そのカゴを開くのが、光によるマジックというわけです。

湯元昇博士の写真

「生物の世界はナゾだらけです。

 生命を支えているタンパク質のはたらきを理解したり、利用したりするためには、いろいろな分野の研究者が力を合わせる必要があります」

(湯元 昇博士)


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