人間の耳に合わせた国際基準?

「等ラウドネス曲線」の精密測定を行なう必要があります。測定は、ドイツ、デンマーク、アメリカ、日本の4カ国にまたがる国際共同研究グループで行なわれました。
中でも主導的な役割を果たしたのが、日本の研究グループでした。そのメンバーのひとりが、産総研の蘆原博士です。蘆原博士は1992年に産総研(当時は工業技術院といいました)に入所。直ちに、東北大学の鈴木教授、仙台電波高専の竹島助教授らとの共同プロジェクトに参加しました。
「等ラウドネス曲線」を測定する方法はさまざまですが、このプロジェクトでは、聴取者に基準音となる音と、周波数を変えた別の音を聞かせ、その音が基準音よりも大きく聞えるか小さく聞えるかを評価してもらう、という方法を定めました。
基準音の周波数は1,000Hz。ピアノの鍵盤でいうと、中央から1オクターブ高い、やや右の音です。時報で鳴る「ピッピッピッ、ポーン」という音の、最後の「ポーン」が880Hzですから、それに近い音だとイメージしてください。
周波数が変われば「ラウドネス」も変わります。多数の聴取者がこれを評価し、評価の平均値を結んだものが、「等ラウドネス曲線」となるのです。
無響室とは、周囲の雑音をシャットアウトし、また、室内で音を反響させないための施設です。雑音や反響が少なければ少ないほど、精密な音響測定が行なえるわけです。
産総研の「大無響室」は、分厚いコンクリートの箱の中に、ゴムで固定されています。外部の音はもちろん、振動も「大無響室」の中には伝えない構造になっているのです。室内には、楔形をしたガラス繊維の吸音材が、壁から、天井から、突き出しています。その長さは約2メートル。長ければ長いほど、音を吸収できるのです。吸音材は、なんと床からも突き出しています。そのため、人はワイヤーで編んだ網の上を歩かなければなりません。ここまで徹底した無響室は、世界でもわずかな数しかありません。
中に入ると、耳がおかしくなったかと思うほどに静かです。手を叩いてみても、反響がまったくないので、ぺちっという貧弱な音しかしません。

産総研の大無響室での測定のようす
測定は、きわめて大規模なものでした。測定に参加した聴取者は、述べ約19,000人。実験中に音の大きさを判断した回数は、およそ200万回を数えています。膨大なデータがISOに提出されました。日本が提供したデータは、全体の約40%におよびます。
このデータをもとに描き出された「等ラウドネス曲線」は、予想通り、ロビンソン氏とダッドソン氏によるそれとは大きく異なるものでした。特に、1,000Hz以下の低い周波数帯域の広い範囲で、10~15dBの大きな差が見られました。
むしろ、1930年代にフレッチャー氏とマンソン氏が測定したものの方が、最新の「等ラウドネス曲線」に近かったのです。これは、現在の騒音レベルの評価法が間違っていなかったとことを証明したことになります。ちなみに、騒音評価が15dB違っていたとしたら、騒音の対象として認定される面積は16倍以上になっていたかもしれません。
プロジェクトの開始から18年。2003年8月15日に、ISOは満場一致で、この新たな「等ラウドネス曲線」を国際規格として承認しました。
産総研は、これに大きく貢献したと言えるでしょう。
