Vol.7 No.3 2014
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研究論文:放射線による生体障害を軽減する高安定化細胞増殖因子の開発(今村)−144−Synthesiology Vol.7 No.3(2014)いる。そこで、被ばく者が非放射性のヨウ化カリウム剤を服用すれば、放射性ヨウ素の甲状腺への取り込みを大幅に減らすことができる。このように、aとbでは個体レベルと組織レベルの違いはあるが、いずれも放射性物質を生体から遠ざけて被ばくを減らすことにより、生体の受ける障害を低減することを原理とする防護剤であると言える。4.2 被ばくの態様に依存しない生物学的防護剤としてのシグナル分子開発のシナリオ外部・内部被ばくのどちらであっても、高線量の被ばくが不可避な状況に際しては有効な防護策を講じる必要がある。体内に取り込まれてしまった放射性物質による被ばくの障害は、線源と標的である生体組織の距離が短いという点を除けば、外部被ばくによる障害と同質である。これらに対抗するための放射線防護剤の作用機構としては、a. 放射線によるDNA損傷など細胞成分の変性や細胞死が起こることを防ぐb. 放射線により損傷を受けたDNAなど変性した細胞成分を修復して、細胞の死に向かわないようにする。c. 放射線により死滅した細胞を補うべく、残存した健全な細胞を増殖分化させる。といった機構が考えられる。このうちaの作用機構を持つ化学物質の防護剤として、フリーラジカルスカベンジャー「エダラボン」などが例示できる。同様に、細胞内の抗酸化酵素であるSuperoxide dismutase(SOD)などの産生を高めたり活性化したりする物質が同様にフリーラジカルを打ち消すことに働くと考えられる。放射線による生体分子の変性は放射線によるフリーラジカルの生成を介して間接的に引き起こされることが多いと考えられており、その働きを打ち消すスカベンジャーは広く有効であると考えられている。一方、bとcの作用機構は、主に生物学的放射線防護剤の担当する機構である。現段階で実用化されている生物学的放射線防護剤としては、血球系や免疫系の細胞に働くシグナル分子(生体内で細胞が作り出し細胞に働きかける生理活性タンパク質)がある。まず、G-CSF(Granulocyte Colony Stimulating Factor)がこれに当たる。G-CSFは血球系細胞、すなわち赤血球、リンパ球、マクロファージ等血液やリンパ液の中で働く遊離細胞の増殖分化にのみ働くシグナル分子である。特に顆粒球という細胞の増殖を促すことが知られている。これは血液系の再生不良を改善する作用を持っている。さらに、血球系・免疫系細胞を標的とするシグナル分子であるThrombopoietin(TPO)receptor agonist、Erythropoietin(EPO)、Interleukin(IL)-3、IL-7、IL-11が放射線防護剤としての開発候補として考えられている。しかし、特に高線量放射線により重篤な障害を受けて急性で個体の生命を脅かす臓器を構成する主要な細胞である腸管粘膜上皮細胞、血管内皮細胞、肝臓細胞、繊維芽細胞などの体細胞は細胞の出自や機能が血球系とは大きく異なるため、上記のシグナル分子は作用しない。これらの細胞を放射線障害から防護できる分子が利用可能でないことは大きな問題であり、そのような活性をもつシグナル分子の開発が急務である。もちろん、これら両者の組み合わせによる放射線防護効果の最大化というシナリオもできる。5 シナリオの深化 −シグナル分子FGFの選択−FGF1の選択と不安定性の克服という課題上述のような状況にあって、近年、癌の放射線化学治療に伴う副作用としての口腔内膜炎の治療用に米国の薬事当局により認可された医薬品「パリフェルミン」が、放射線防護効果を持つことが報告された。実はこの医薬品は、我々が長年に渡って基礎研究を積み重ねてきた細胞増殖因子: Fibroblast Growth Factor(FGF)ファミリーの一員だった。FGF7(KGF)という分子である。FGFファミリーはFGF1からFGF23まで、22種類の遺伝子/タンパク質から構成されるファミリーであり、それぞれの分子は構造的にも生物活性の面でも類似点と相違点を有する。そこで我々は、FGFファミリーには放射線防護剤としての高いポテンシャルがあると考えた。そして、FGFの活性を利用して、生体の放射線障害を予防・治療するための有効性が高い放射線防護剤を開発することを目的とする研究計画を立案し、文部科学省の原子力試験研究制度に採択されてこれを実施した。はじめに、FGFファミリーとして天然に存在する22種図3 各種FGFを放射線被ばく前に投与したときの、被ばく2.5日後の腸管クリプト細胞生存率の比較。0.50.550.60.650.70.750.80.850.90.951FGF1FGF7FGF10Saline8 Gyクリプト細胞の生存率(非照射・生理食塩水投与群との比)

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