Vol.7 No.3 2014
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研究論文:放射線による生体障害を軽減する高安定化細胞増殖因子の開発(今村)−143−Synthesiology Vol.7 No.3(2014)う。そして、承認が得られれば、放射線癌治療の副作用低減剤が実現することになる。しかし、これらヒトにおける試験には多大な資金と時間が必要であり、基礎研究機関単独で実施できる範囲を超えてしまう。そこで、創薬企業やNPO等の外部機関とアライアンスを組むことが必須である。このような外部との共同開発体として、基準に準拠した生産法の至適化、安全性試験、有効性試験等を組織的に行っていく。3.2 全身の高線量被ばくに対する放射線防護剤の開発3.2.1 ヒトでの有効性試験の困難さ全身の高線量被ばくに対する放射線防護剤としての有効性を示すことが必須である。しかし、高線量の放射線を全身性に被ばくした患者群という集団が通常は存在しない上、候補薬とプラシーボ(偽薬)を投与した2群の間で症状の改善等を比較するといった一般的な医薬品開発における方法によってヒトでの有効性を検証することが困難である。そこで、主に動物実験によって、高線量放射線の全身被ばくによる重篤障害に対する防護効果について有効性を実証することが重要である。その後のヒトでの有効性の検証や医薬承認までの道筋は、前述のような一般的医薬品の場合と大きく異なることになる。3.2.2 世界保健機構の推奨する備蓄品目への収載放射線防護剤は一般的な疾病の治療薬ではなく、特殊な用途で用いられる。さらに、有効性を確認することのできる患者集団やその発生は極めて限定的である。したがって、市場規模も把握しにくい。そのため、私企業や研究機関が単独で医薬として開発するための前提条件となる有効性を客観的に示すことも、製品として採算にのせる成算を示すことも難しいという考え方がある。このような背景もあり、放射線事故等の際に使用が有効な放射線防護剤については、WHOが「緊急被ばく備蓄薬リスト(stockpile list for radiation emergency)」として効果的な品目を選択して定め、数年に一度見直している(以後、WHOストックパイルと表す)。現在最新のWHOストックパイルリストは2007年に作成されたもので、このリストに沿った薬品の備蓄が全世界の放射線関連機関に推奨されている。これら収載品目についてWHOでは「200人を10−12日間治療できる量」を各施設に備蓄することを推奨している。これらの数字から算定される世界全体での必要備蓄量はかなり多いと考えられる。また、タンパク質製剤としてのバイオ医薬品は一般にその有効期間が比較的短いことから、備蓄品の定期的な更新が必要になる。これらのことから、放射線防護剤の備蓄品目の製造・販売は実は私企業の採算にも合い、産業への貢献も十分に高いのではないかと考える人も多く、著者もそのように考えている。2007年以降これまでに、科学上の進歩や承認新薬の登場等があって、放射線防護剤をめぐる環境も変化してきている。このためWHOではストックパイルリストの見直しをする時期に来ていることを担当者から学んだ。そこで我々は、ヒトの放射線防護剤としてFGFCをWHOのストックパイルリストに収載してもらうことを目標として設定した。その実現に向けて、国際会議等の場で放射線対策に関わる専門家のコミュニティにFGFCの有効性をアピールしていくことも今後の重要な課題といえる。4 研究の目的とアウトカム 放射線防護剤開発のシナリオと戦略 −シグナル分子の利用・研究の目的:高線量放射線被ばくによる生体障害を可能な限りの予防および生じてしまった障害を可能な限り治療して健康な生体を取り戻すためのシグナル分子を利用した放射線防護剤の開発とそれを使用するプロトコルを提供する。4.1 内部被ばくに特有の防護剤開発のシナリオ放射性物質が体内に取り込まれてしまって(内部被ばく)放射線防護剤が必要とされる状況を想定すると、防護剤開発のシナリオは比較的簡単に設定できる。すなわち、a. 生体に入った放射性物質は生体外に出す。b. 生体に入ってしまった放射性物質が、標的器官に取り込まれて害をなすことを防ぐ。といった対策を取ることが必要となる。現在、放射線防護剤の備蓄品目と指定されている防護剤の中ではaの対策としては、プルシャンブルーおよびジエチレントリアミンペンタアセテート(DTPA)が、bの対策としてはヨウ化カリウムが、それぞれ代表的な防護剤として使われている。aのプルシャンブルーおよびDTPAは放射線セシウムやプルトニウムと結合する性質があるため、これらの放射性物質を摂取してしまった人がこれらの防護剤を経口摂取すると、消化管の中で結合体が生成されて便として体外に排出される。このようにして、これらの放射性物質が体内に存在する時間を短くすることによって、細胞への障害を軽減する効果がある。一方、bのヨウ化カリウムは摂取した人の体内での化学形が放射性ヨウ素と同じであることを利用している。放射性ヨウ素は揮発性が高いために気体となって大気中に拡散し、呼吸により速やかに血中に入ってしまう。その後は、ヨウ素を重要な材料としてホルモンを作っている器官である甲状腺に取り込まれやすい。この効果によって小児の甲状腺がんの発症が高まるのではないかと考えられて

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