Vol.7 No.3 2014
56/76

研究論文:低環境負荷表面処理技術の開発(穂積ほか)−192−Synthesiology Vol.7 No.3(2014)2.1 平滑表面(Liquid-like表面)(第1世代)第1世代のはつ液処理は、平滑な固体表面に表面エネルギーの低い官能基で終端された有機単分子膜を形成するという、単純な手法が用いられてきた(図2a)[2]。従来より、液滴(特に油)に対する静的接触角を大きくするために、固体の表面エネルギーを下げるのに有効なフッ素系分子が原料として使用されてきた。一方、単分子膜被覆表面の中には、有機フッ素化合物系の原料分子を用いなくても、優れたはつ液性を示す表面もいくつか報告されている。例えば、1946年に、長鎖アルコール(炭素数が20)の単分子膜で被覆したプラチナ基板表面が、アルカンの一種であるn-ヘキサデカンに対し、静的接触角は小さいものの(約40°)、優れたはつ液性を示すことが報告されている[3]。その原理は解明されていなかったが、1990年代後半に、McCarthyらは、アルキル基終端単分子膜の分子密度とはつ液性との相関関係を調査し、固体表面の官能基の運動性がはつ液性に影響を及ぼすことを実験的に検証した[4]。彼らは、反応時間ごとに水およびn-ヘキサデカンの接触角ヒステリシスを測定し、反応途中の適度な分子密度にある表面が、最も優れたはつ液性を示すことを見いだした(図3)。この分子密度では、表面に固定化された官能基に運動可能な空間が生まれ、“Liquid-like(液体のような)”な表面を形成する。また、枝状構造を持った嵩高い分子(アルキル基終端)を利用して作製した単分子膜被覆表面も同様に、優れたはつ液性を示すことを見いだしている。このような“Liquid-like”な表面では、液滴の種類に関係なく液滴が滑落すると報告している[4]-[6]。しかし、このような“Liquid-like”な表面は油に対する接触角が小さいため、はつ液表面としてはこれまで世界的に注目されることはなかった。2.2 凹凸表面(第2世代)第2世代のはつ液表面は、生物体表面の凹凸構造を模倣することで、接触角を大きくし(通常150°以上)、液滴と固体表面の接触面積を小さくすることを目的としている。そのため、(1)低表面エネルギー分子/皮膜による表面処理、(2)凹凸構造の最適化、が不可欠であり、これが第2世代のはつ液表面開発において重要な研究要素となっている(図2c)。例えば、(1)に関しては、-CF3基で終端された表面が最も低い表面エネルギーを示す(水の静的接触角で約120°)ことが第1世代の研究により明らかとなっている。そのため、-CF3基が固体表面に効率的に露出するように長鎖有機フッ素化合物が主に利用されている。また、(2)に関しては、蓮の葉やトビムシ等の生物体の微細構造をヒントに、計算・シミュレーション等によってその構造が最適化され、リソグラフィー等を利用した表面加工が行われている。2007年にTutejaおよびCohenらが、凹凸構造の最適化と有機フッ素化合物修飾により、油滴が蓮の葉上の水滴のように転落する表面をScience誌に報告した[7]。それ以来、はっ水性のみならず、はつ液処理に関する第2世代の研究が加速している[8]。2.3 凹凸湿潤表面(第3世代)第2世代のはつ液処理のように、接触角の値を大きくしなくても、はつ液性を向上させることが可能な新規コーティング技術が、Aizenbergらによって報告されている。彼女らは、SLIPS(Slippery Liquid-Infused Porous Surfaces)と呼ばれるはつ液性に優れた表面処理方法を2011年にNature誌に報告した[9]。食虫植物であるウツボカズラの捕虫器内壁には微細な溝があり、常時、水性の膜で覆われている。昆虫の脚の油はこの水性の膜にはじかれ、捕虫器に溜まった消化液の中に落下する[10]。彼女らはこの捕虫器内壁に着目し、それを模倣した表面を作製した。具体的には、第2世代の表面と同様、まず最初に、フッ素処理された凹凸構造を持つ固体表面を作製した後、凹凸構造内にフッ素系潤滑液を湿潤させた(図2d)。得られた液体膜表面は、接触角は決して大きくないが、水や油だけでなく、血液やジャム等の混合物も滑落させることができ、極めて優れたはつ液性を示す。また、液体膜であるため、傷により欠陥が発生しても、欠陥は直ちに消失してしまうという自己治癒性も兼ね備えている。現在、SLIPSに関する研究は、濡れの研究分野において最も注目を集めている[11]-[13]。2.4 これまでのはつ液表面とその処理方法の欠点上述した、第2および第3世代の人工表面は、優れたはつ液性を示し、その作製手法や最適化された表面は学術的にも興味深い。しかし、いずれの手法も、凹凸構造および有機フッ素化合物による表面処理に依存しているため、実用化を阻む要素になっていると我々は考えた[14]。例えば、凹凸構造は、(1)加工に特殊な条件・装置を必要とする場合が多く、大量生産が困難である、(2)凹凸構造のため、平滑な表面と比較すると脆弱であり、また、そのはつ油性を示す単分子膜 反応時間: 密度: 短 長 疎 密 優れたはつ液性 “Liquid-like” “Solid-like” “Solid-like”“Liquid-like”優れたはつ液性密疎長短密度:反応時間:Si 基板有機シラン図3 反応時間に伴う表面官能基密度とはつ液性の関係[4]

元のページ 

page 56

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です