Vol.11 No.2 2018
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研究論文:我が国における5万分の1地質図幅整備(宮崎)−59−Synthesiology Vol.10 No.2(2018)5万分の1地質図幅は現在までに757.5区画(平成29年度時点)が出版されているが、年間を通した出版数には大きな変動がある(図5)。5万分の1地質図幅の整備がスタートした初期は、主に北海道での図幅調査が活発化した。これはエネルギー資源(特に石炭)確保のために、北海道の図幅調査を所外の研究機関(道立地下資源調査所他)とも協力して集中的に行ったことが大きい[5]。即ち、戦後復興期に、地質調査所、北海道地下資源調査所、北海道開発庁による北海道の図幅作成が行われる。北海道開発庁委託の5万分の1地質図幅調査が昭和26年(1951年)に開始されている。地質調査所でも、昭和29年(1954年)に図幅事業を特別研究として重視し多くの図幅調査が開始された。即ち、この時期の5万分の1地質図幅は北海道地域での集中的な整備を目指していたと考えて良い。集中的な北海道地域の地質図幅の整備は昭和38年(1963年)頃まで続いたが、その後、図幅整備は経常研究で継続することになり、出版される図幅数も極端に減少する。この減少期は、図幅以外に多くの特別研究が立ち上がった時期と重なる[4]。即ち、特別研究の増加とこれへの研究者の参加が地質図幅調査の減少となり、経常研究費の相対的な減少にも拍車をかけた[4]。しばらくの間、出版数の低迷期が続き、次に、地質図幅の出版枚数が増加するのは昭和54年(1979年)に地質調査所所内特研として始まる特定地質図幅の整備からである(図5)。特定地質図幅整備計画は、全国8か所の「地震予知のための特定観測地域」内の5万分の1地質図幅を早急に整備するというプロジェクトであった。8地域とは、1)北海道東部、2)秋田県西部・山形県西北部、3)宮城県東部・福島県東部、4)新潟県南西部・長野県北部、5)長野県西部・岐阜県東部、6)名古屋・京都・神戸地区、7)島根県東部、8)伊予灘および日向灘周辺である(図6参照)。即ち、ここに特定地域に限定してはいるが、地質図幅をある一定期間内に集中して整備するという全体シナリオが再び復活したことになる。この時期の5万分の1地質図幅では1枚の作成に約250日の野外調査を行っていた。8地域内には5万分の1地質図幅が265図幅あり、うち132図幅が昭和54年(1979年)当時未整備であった。特定地質図幅整備計画は、第1次計画(昭和54年〜59年)で42図幅、第2次計画(昭和60年〜平成1年)で35図幅、第3次計画(平成2年〜平成6年)で34図幅が作成された。3次計画までの16年間で111図幅が整備されており、8地域の5万分の1地質図幅整備率は9割を超える。計画自体は第4次計画(平成6年〜平成12年)、第5次計画(平成11年〜平成17年)が計画されたが、平成13年に産総研地質調査総合センターに計画が引き継がれてからは、特定図幅計画とそれ以外の経常図幅計画の切り分けは明確ではなくなっていく。特定地質図幅の範囲を眺めてみると、この地域の5万分の1地質図幅の整備率が非常に高いことがわかる(図6)。特定地質図幅整備計画は、トップダウン的地質図幅整備の全体シナリオであった。整備する図幅はトップダウンで決められ、1図幅当たりの野外調査期間も1-3年と限られていた。この計画は研究者個々人には不評であったが、結果的には計画通り地質図幅が整備された。3.4 産総研になって以降の5万分の1地質図幅産総研になってからは、特定地質図幅のような明示的に特定地域の集中的整備を目指す5万分の1地質図幅整備の全体シナリオは存在しない。5万分の1地質図幅の重要地域はあるものの、現状は1970年代に見るような経常的な地質図幅整備に近い状態になりつつある。ただし、特定地質図幅計画産総研第1期~第4期中期計画北海道図幅調査5万分の1地質図幅発行枚数図5 5万分の1地質図幅作成枚数の変遷GSJ:地質調査総合センター(地質調査所)、開発庁:北海道開発庁、道立地質研:北海道立総合研究機構地質研究所(北海道立地下資源研究所)。

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