産総研レポート 2015
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17研究開発の推進組織統治研究開発の推進労働慣行公正な事業慣行社会との共生人 権環境報告を発表できませんでした。それが非常に悔しくて、発奮して休み返上で取り組んだところ、2003年末に装置が完成し、いきなり当時の世界最高の磁気抵抗比を出すことができたのです」 真空の質を高めた装置を使い、単結晶にしたMgOを堆積させることでブレークスルーに成功。磁気抵抗比は目標通り一桁向上し、その性能は現在までに理論限界に近い域にまで到達しています。 2004年、英国科学誌『ネイチャーマテリアルズ』に論文が掲載されましたが、実は同じ号に、IBM社のパーキン氏が投稿したほぼ同じ内容の論文が同時掲載されたそうです。基礎研究の成果はいわば“同着”だったわけです。しかしその後の実用化研究では、湯浅が先行しました。装置メーカーと連携し一気に量産化 「新型TMRを応用したHDD用磁気ヘッド量産技術の開発に向けて、5年10年は死の谷で苦労する覚悟をしていましたが、半年で乗り越えてしまいました。それは、装置メーカーのキヤノンアネルバ株式会社との共同研究がうまくいき、さらにブレークスルーにつながる技術的な幸運が重なったためです。まず、MgOと組み合わせる合金の磁性材料を探しているとき、たまたま装置の中に入っていた材料を試してみましたところ、偶然にもうまくいきました。しかも、安い材料で効率よく作れるため、コスト面もクリア。さらに、すでに工場に入っている同社の装置をほぼそのまま使って生産することができる、それで一気に量産化が実現したのです」 この技術を使った磁気ヘッドを発表すると世界中のHDDドライブメーカーが採用。現在も製品(低消費電力のHDD磁気ヘッド)、製造装置ともに世界シェア100%を誇ります。同時に、基礎研究の成果からスタートした一連の研究は、スピントロニクス技術と応用分野の発展にも大きく貢献することとなりました。究極のエコIT機器を目指す 現在は、電源を切っても記憶が消えない不揮発性メモリ(MRAM)の量産化に向けて、株式会社東芝と共同研究(NEDOプロジェクト)が進行中です。「量産技術開発は、工場に近い段階になると私たちは役目を終えることになります。いまは徐々に新しいソリューションを探す方に軸足を移し、メモリ、情報通信、レーダー応用など、裾野を広げつつあるところです」 スピントロニクスは新しい分野だからこそ研究の自由度が大きく、新材料も新原理も取り入れやすいため、研究の種は尽きないとのこと。今後の目標は、無充電で長期間使える究極のエコIT機器の実現だといいます。「一つの夢は、たとえば1カ月に1回充電すれば済むモバイルIT機器を作ること。便利で省エネなのはもちろん、大規模災害時に停電しても確実に情報にアクセスできるようになるでしょう。そのために抜本的に技術を見直して、消費電力の少ないメモリの開発を目指します」 第2、第3の成功事例を生み出していくには何が重要か尋ねました。「産総研で基礎研究のブレークスルーを作り続けることが重要です。大学など他所の基礎研究の成果を借りて橋渡しするだけでは報われません。自分が発見した成果であればこそ、死の谷を渡る橋渡しも高いモチベーションで取り組めるのです」 湯浅は、いつも若い研究者たちに次のような言葉をかけています。「自分で良い基礎研究の成果を出したら、それを投げ出さないで産業界に渡し切るところまでやりなさい。そうすると元の発見の価値が5倍にも10倍にもなります」TMR薄膜の量産用装置

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