2011
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東日本大震災 そのとき産総研は 〜復旧から研究の再構築、社会支援まで〜その日、何が起きたか 「短周期の縦揺れに大きな横揺れが重なり、イスから立つことができませんでした。部屋のガラス戸棚やロッカーは全部倒れ、パネル壁も半分以上外れて倒れてしまい、見通せるはずのないフロアの端まで見えました。でも大きな地鳴りにかき消され、物の倒れる音は聞こえませんでした。」地震発生時、つくばセンターの本部情報棟9階にいた小野晃副理事長は、その瞬間の様子を証言します。 大きな揺れが収まると、余震が相次ぐなか屋外へ避難。避難場所ですぐに災害対策本部を設置しました。真っ先に安否確認をした後、一部を除いて職員を帰宅させ、来訪者など100人以上の帰宅困難者には産総研のゲストハウスを開放しました。 引き続き小野副理事長らは、地震直後に発生した停電と断水について対応を協議。復電時の火災や通水時の水漏れといった二次災害を防ぐため、建物ごとに元のブレーカーを落とし、また水道の元栓を締める作業を行いました。 「地震によって火災が出なかったのは、不幸中の幸いです。危険な薬品もかなりありましたが、日頃の厳しい管理と巡視が功を奏し、薬品が散乱して危険なガスが発生するようなことはありませんでした。」二次災害の防止と環境への配慮 翌3月12日土曜日、午前3時に復電。実験用の動物と保管している微生物を守るため、ただちに担当者を呼んで優先的に通電しました。 二次災害防止のために職員は12日と13日は原則立ち入り禁止としたため、本格的な復旧作業に着手したのは3月14日月曜日です。期間を区切り、段階的に作業を進めていきました。 最初の2週間はフェーズ1のインフラ復旧期間です。電気は一部屋ごとにショートしていないか確認し、5日間かけてブレーカーを戻していきました。 続く3週間はフェーズ2の研究再開準備期間です。構内に張り巡らした研究廃水用の排水管は400カ所以上も破損し、また排ガス除害設備も大きく破損しました。周辺住民の方々の安全を考えれば、これら研究廃水や排ガスを無害化する施設が復旧しない限り、研究を再開することはできません。 4月18日以降は、フェーズ3の研究再開期間です。産総研では、単に震災前の状態に戻す「復旧」ではなく、より効率的な研究体制をつくるため「研究の再構築」を図ることとしました。一丸となって研究の再構築を目指す 「多くの研究設備が壊れたため、今年はそこに予算が割かれます。可能な限り研究のレベルを落2011年3月11日14時46分、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の地震により、茨城県つくば市では震度6弱の揺れを観測しました。この大震災に直面し、産総研はどう対応し、どのような教訓を得たか、災害対策中央本部長として指揮を執った小野晃副理事長に聞きました。小野 晃 (おの・あきら) 副理事長インタビュー [災害対策中央本部長]巻頭特集 震災報告04組織統治組織統治

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