産総研LINK No.26
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 2004年、吉宗はガス分離用の炭素膜の開発に着手した。炭素膜は、管状のものと中空糸状のものの2つに大別される。管状の炭素膜はセラミックスなどの基板に前駆体高分子をコーティングした後で炭化させた膜であり、中空糸膜は基板を使わずに高分子をストロー状に成形して炭化させた自立型の膜である。 「コスト面や膜モジュールの大型化という観点から検討したところ、管状膜は基板となる材料のコストが高くつくとわかりました。それに対し中空糸膜は耐圧性に優れ、単位面積あたりの膜面積も大きいため、軽量でコンパクト、かつ安価な膜モジュールの設計が可能です。そのような実用性の高さから、中空糸膜の開発をすることにしました」 材料として過去の文献などではポリイミドが多く報告されていたが、材料コストが高い上に、強度がなく、モジュール化の途中で、シャープペンシルの芯が折れるようにポキポキ折れてしまうという課題があった。吉宗は、前駆体となる高分子の材料探索の結果、より安価なポリフェニレンオキシドで中空糸状の炭素膜がつくれることを発見。これはいけると思ったところで、思わぬ落とし穴が待っていた。この膜は分離性能は高かったのだが、強度が十分ではなかったのだ。 「モジュール化できないのでは実用化できません。そこで、製造法を見直し、中空糸膜の太さや焼き方を変えては、強度や性能の評価を繰り返した結果、最終的に高性能かつしなやかで機械強度の高い膜をつくることができました」 その炭素膜は、外径約200 µmの黒い糸状の物質だ。吉宗は次にこれをモジュール化してくれるメーカー探しに乗り出した。パートナー探しは難航したが、2008年、部品メーカーのNOK株式会社が引き受けてくれることになった。そして、このガス分離用炭素膜の強みを発揮できる用途として定めたのが「有機ハイドライドを用いた水素ステーションでの活用」だった。     オンリーワンの分離膜を目指して  物質を分離する方法として、あるフィルターを用意し、そこを通れるものと通れないものの2つにふるい分ける、というやり方がある。粉をふるいにかけて大きさを揃えるのも、コーヒーを淹れる作業も、選択する対象の大きさは違うが、いずれもふるい分けによって物質を分離している。 この方法による物質の分離は、私たちの日常生活だけでなく、産業技術の分野でもさまざまなところで行われている。例えば、ホコリを嫌う半導体などの製造現場ではクリーンルームの空気を清浄に保つためHEPAフィルター(直径110 µm以下のガラス繊維のろ紙でできているもの)が不可欠だ。また、海水を淡水化する施設ではろ過膜や逆浸透膜を用いて海水から塩分を取り除いている。対象が分子サイズまで小さくなったとしても、分子サイズの孔を持つ膜があれば、物質をふるい分けることができるのだ。 海水を淡水化する場合、熱で水分を蒸発させて回収するという方法もあるが、この方法では、膜に水圧をかける方法に比べて熱を加えるためより多くのエネルギーを消費してしまうことは想像がつくだろう。膜によって物質を分離する方法は、分離にかかるエネルギーがとても少なく抑えられるので、省エネルギーの面から非常に期待されている。 ではこうした膜分離技術は、低炭素社会のためのエネルギー資源として期待を集めている「水素」の分離には使えるのだろうか。水素分子は0.3 nmという極小サイズであり、これを高精度に分離する膜はそう簡単にはできない。それでもこれに挑んだのが、「ずっとオンリーワンの技術を追い続けてきた」という化学プロセス研究部門の吉宗美紀である。吉宗は有機ハイドライド*から高純度の水素を分離できる画期的な炭素膜を開発、膜のメーカー企業と連携して膜モジュールの大型化も実現した。吉宗 美紀化学プロセス研究部門 膜分離プロセスグループ主任研究員 Miki Yoshimune開発されたのは、中に空洞がある黒い糸状の物質。これは、次世代の分離膜として期待が高まっている高性能炭素膜だ。有機ハイドライド型水素ステーションでの活用を目指して、高性能化と膜モジュールの大型化を実現した。KEY POINT炭素膜の強みを発揮できる場所として水素ステーションに狙いを定めた 耐薬品性と分離性能に優れたオンリーワンのガス分離膜 技術を社会へつなげるコミュニケーション・マガジン13

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