産総研LINK No.18
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日本人は霜降り牛肉やマグロの大トロを好むため、これらの食材には高値がつく。市場で肉牛を適正に格付けし、値付けをするためには、個体ごとに霜降り具合を計測・数値化する必要があるのだが、これまではそれが難しかった。産総研は、飼育中の牛の霜降り状態を、個体を傷つけることなく、わずか10秒程度で計測できる技術を開発した。この技術は肉用牛の市場での適切な価格評価に役立つほか、マグロの脂身や牛乳の乳脂肪分測定など他の食品にも応用が可能だ。さらに、油汚染土壌の計測、歴史的建造物や仏像など文化財の非接触診断など、さまざまな分野への応用が期待できる。 資源探査などの専門家である中島は、当初この技術の応用先として、自分の専門に近い土木分野を考えたと言う。 「土木分野には、現場で水分を計測したいというニーズがあります。例えば、コンクリートが老朽化して亀裂が生じれば、そこに地下水や雨水が入り込み、中の鉄筋が錆びて強度が落ちる原因になります。さらに、その水分が凍れば体積が増え、亀裂はさらに広がります。そのため、コンクリート内部の水分量を知ることは重要であり、橋やトンネルなどの建築物を壊すことなく、表面から水分量をスキャンして定量化できる装置のニーズはあると考えたのです」 老朽化した建築物に限らず、打設したばかりのコンクリートの固化にともなう水分量減少のモニタリングにも、この技術は有効だと考えた。そこで中島は、表面から聴診器のようになぞることで物体内部の水分量を測れる装置を開発することにした。 中島が選んだNMR装置は「片側開放型(ユニラテラル)」という方式のものだ。医療で使われているMRIは国内に数千台はあるが、それらは本質的には2つの磁石を用いる「バイラテラル」というタイプがほとんどで、強力で均一な磁場がつくれ、シグナルを高精度で得ることができる。しかし一方で、2つの磁石の間に入るサイズのものしか測定できないというデメリットもある。土木用途であれば大きなものの測定が前提であるため、中島は片側を開放する方式を選択した。 片側開放型NMR装置の場合、バイラテラルの磁石の一方をなくし、残った磁石の表面近くに高周波コイルを近づける。コイル 飼育中の牛の霜降り状態を計測し、定量化できる。マグロも尾を切り落とすことなく、牛乳もパックのまま数十秒で脂肪含有量が測れる。2017年に産総研が開発したのは、そのような画期的な非破壊計測装置である。しかし、開発者である中島善人の所属は地質調査総合センターという畑違いの分野なのだ。地質の研究者が、なぜ牛肉やマグロの脂肪量を測る装置を開発したのだろうか。 「私は地球物理学が専門で、火山のマグマの状態を調べたり石油探査をする技術の研究開発を行っていました。石油探査の場合、地下に液状のものがあると把握できたとしても、価値が高いのは地下水ではなく石油なので、そこにあるのが水か油かを識別することが重要なわけです。牛肉の霜降り状態の計測も、牛の肉から筋肉中に含まれる水分と脂肪分を識別することに変わりはないので、地下資源探査の手法をそのまま適用できると考えたのが今回の開発のきっかけです」 その手法とは、核磁気共鳴(NMR)装置を利用したものだ。永久磁石の近くに高周波コイルを置き、高周波コイルの中に試料を入れると、試料中に含まれる水素原子の中の陽子が磁力を受けて回転し高周波コイルに誘導電流を発生させる。試料の原子核は磁場の強さに比例する周波数で回転するのだが、その係数は原子によって定まっており、たとえば0.1T(テスラ:磁束密度)の磁場での水素原子核の回転速度は約4MHzである。そのような物理現象を利用して試料中の特定の原子の発するシグナルを捉えるのが、NMR装置なのである。医療用のMRIもこの現象を利用した画像診断法だ。片側開放型NMRなら大型のものもスキャンできる老朽化した建物内部の水分を表面からスキャンして定量化片側開放型NMRで測る土木建築物の測定のため開発された片側開放型核磁気共鳴(NMR)装置。非破壊、短時間、高精度に大きなものが計測できるという特徴を生かして、まずは食品分野で花開こうとしている。KEY POINT13 2018-04 LINK

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