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2021.07.15

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アフターコロナを見据えた新型診療車を開発
気流制御装置とオンライン診療システムを装備
三澤雅樹主任研究員、鷲尾利克主任研究員の写真
KeyPoint産総研が新たに開発したエックス線診療車は、病室と同等の換気頻度で医療従事者と患者を守る気流制御システムと、メディカルチェックの全データを統合して遠隔地の医師にリアルタイムに送受信するオンライン診療システムを装備した、新型コロナウイルス感染症対策に活用が期待される移動診療システムだ。
この新しいエックス線診療車を使った実証試験が、近く茨城県や筑波メディカルセンター病院の協力を得て実施される。さらに将来、自然災害や新たな感染症が発生した際には、地域の人々の健康を守る診療支援拠点として稼働できるよう、産総研が進める地域社会と密接に協力した仕組みづくりと、さらなる研究開発の取り組みについて、聞いた。
Contents

ウイズコロナ、アフターコロナ時代の新しいエックス線診療車

 2021年6月、産総研は新しいタイプの診療車を開発、公開した。これはInfection-Controlled X-ray Care Unit(: ICXCU)と呼ばれるもので、従来のエックス線診療設備に加え、オンライン診療システムと気流制御システムによる感染防護を施した診療室を併せ持つ、新しいコンセプトの移動診療車だ。

 新型コロナウイルス感染症対策として最も有効な対策の一つは、人との接触を避けることである。私たちは生活のさまざまな場面で、密を避け、人と人との距離を保つことを求められている。しかし、医療施設が新型コロナウイルス陽性患者や感染が疑われる患者を受け入れる際に、他の患者との接触を完全に避けて二次感染を100%防ぐことは、容易ではない。茨城県では、保健所が新型コロナ陽性患者の搬送先を決める際には、肺炎の状況を確認するため胸部エックス線(レントゲン)撮影を強く推奨している。エックス線診断装置の置かれている病院内で患者を診察するとなると、一般患者や医療従事者へ二次感染のリスクが高まるだけでなく、診断に使用した医療機器などの消毒が医療現場の大きな負担となってしまう。

 二次感染のリスクと医療現場の負担を下げる手段の一つとして、医療用陰圧テントを使った屋外でのメディカルチェックが行われてきた。しかし、テントはいったん設置すると状況の変化に応じて移動させることが難しい。しかも、風雨などの影響を受けるとともにエックス線撮影装置の出し入れ作業を伴うため、気候条件が厳しい環境下での運用は、医療従事者や患者にさらなる負担を強いることになる。こうしたことから、医療現場では、陰圧テントの替わりに、天候の影響を受けずに診察ができる手段を求める声が上がっていた。この代替手段が車であれば、医療機関から離れた地域や、クラスターが発生した地域に迅速に出向くこともできる。

 医療の最前線から上がったこれらの要望を受けて、産総研の中で専門分野の垣根を超えた多様なメンバーが集まるプロジェクトがスタートした。代表者である健康医工学研究部門の三澤雅樹は、今回の取り組みを次のように表現する。

 「新型コロナ感染症が世界的に拡大している今は緊急時です。平時のような新しい技術を開発する、新しい原理を発見するという研究だけではなく、今ある最善の技術を組み合わせて答えを見つけ出す、有事の研究も必要と言えます。そのため、産総研が有するさまざまな技術をベースに、医療現場で使えるものをいち早く提供し、実装することを最優先しました」

 開発された新しいエックス線診療車ICXCUの外観は健康診断でよく見かけるレントゲン車だが、車内には大きな違いがある。それは気流制御技術による感染防護とオンライン診療システムの2つだ。

ICXCU概要のイメージ図

ICXCU概要

車内の気流を制御し感染から防護する

 「車両に関する二次感染防止の換気基準はまだ確立されていません。今回は感染症病室の安全基準に準じて、1時間に10回以上の換気を可能にしました。また排気口にはHEPAフィルター(高性能空気フィルター)を装着し、飛沫などの感染源を排除した空気を車外に排出しています」と三澤は語る。

 車両内部の前方を医療従事者の作業ゾーン、後方を陽性患者の検診およびレントゲン撮影ゾーンに分ける。そして、前方から外気を取り入れ、送風機で後方に空気を流して3つの排気ファンから排出することで、車内に一方向の気流を作る。空気が逆流しないよう制御し、医療従事者が常に風上にいることで二次感染を防ぐことができる仕組みだ。

複数の診断情報を活用したオンライン診療

 もう1つの特徴であるオンライン診療について、システム設計を担当した健康医工学研究部門の鷲尾利克に聞いた。

 「車内に設置したエックス線撮影装置、パルスオキシメータ、電子聴診器、超音波診断装置、心電図モニター、自動血圧計などの医療機器は、どれも市販されているものです。医療機器はスペックが法律で細かく定められており、審査を経たものでなければ診療に使用できないためです。それらで取得したデータや画像がほぼリアルタイムで遠隔地の医師に届き、それをもとにモニターに向かって医師と患者が対話するシステムとなっています。従来のオンライン診療と比較して、病院にいる時と同じくらい多種多様な医療情報をもとに医師の診療を受けられるのがこのエックス線診療車 ICXCUの特徴です」

オンライン診療の様子

オンラインでの問診の様子

産総研の総合力が短期間での完成につながった

 この新しいエックス線診療車ICXCUを短期間で完成させられたのは、産総研が持つ多様な分野の技術を集結させられる総合力がその理由の一つだ。この開発には健康医工学研究部門のほかに、3研究部門、1研究センターが参画した。換気システムによる車内の空気の流れを、数値流体シミュレーションで推定して設計に反映し、流れの可視化や流速測定で検証を行った。また、車内に充満させたCO2の濃度変化から、換気回数を測定した。さらに、患者の位置からウイルスを含む飛沫を噴霧し、エアロゾルの分布やウイルスの付着場所を確認する試験を行った。車内にはビデオシステムが装備され、車内の動きを医療チームが共有することも可能だ。この技術は、将来的に遠隔作業支援などの医療サポート技術への展開が期待される。

医療現場との密接な連携が鍵

 もう一つ、この開発の大きな力となったのが、病院や医師との協力である。特に今回は、新型コロナ感染症診療に携わる医療現場の医師らと密接に連携をとれたことが大きかった。そのパートナーとなったのは、三澤とこれまで脳卒中の迅速な診断・治療のための頭部専用X線CT搭載ドクターカーの開発に取り組んできた、筑波メディカルセンター病院、脳神経内科の廣木昌彦医師である。

「これまでの研究を財産として今回生かすことができたと感じました。非常に忙しい現場医師である廣木先生が窓口として最新情報を収集してくださいました。何人の医療スタッフが、どういう段取りで、どれだけ時間をかけてメディカルチェックをしているのか。感染防護には何が必要で、現場では何に困っているのか。そうした情報を取り込みながら、ICXCUの機能を構築していきました」(三澤)

研究側から把握しにくい医療現場の細かい情報を伝えてもらうことで、今必要な技術の取捨選択が可能となり、迅速な開発を可能にしたのである。

病院での実証試験がスタート

 新しいエックス線診療車ICXCUの次の課題は、診療車を実際に使用する医師、看護師および診療放射線技師に向けたトレーニングや提携病院との連携など、主に運用面だ。新型コロナ感染症対策を指揮する茨城県や保健所との連携も欠かせない。医療従事者も患者も、ともに安心・安全にかつスムーズに診察を済ませられるよう、一つ一つ手順を確立し、予想されるリスクに対応していく準備が必要だ。

 実際に運用を開始するため、まずは詳細な運用マニュアルを整備し、2021年7月初旬(予定)から、筑波メディカルセンター病院で1年間にわたる実証試験がスタートする。

 三澤はこの1年を前期・後期に分け、前期は新型コロナ陽性患者のメディカルチェック体制の構築、後期は災害時における診療拠点支援のデモンストレーションを計画している。感染症対策で装備したモビリティとオンライン診療の機能は、インフラが破壊されるような災害地の状況でも、同じように求められるところに共通点がある。さらに、被災地では新型コロナウイルスだけでなく、他の感染症も拡大する恐れが常にある。こういった非常事態には、常に備えておかなければならない。

アフターコロナ社会で災害支援に活用

 新型コロナ感染症の拡大は、やがて収束するだろう。しかし、新型コロナ感染症を完全に抑え込むことは難しく、次の新型感染症が発生する恐れもある。日本はアフターコロナを見据えて、感染症に備えた新しい医療提供体制を整備していく必要がある。新しいエックス線診療車ICXCUを災害支援に活用する構想について三澤は次のように語る。

 「ここ数年の間に茨城県内では、鬼怒川の堤防決壊、久慈川の氾濫など大規模な災害が複数発生しています。当時、低い土地にあった病院が浸水して医療機器が使えなくなったため、保健所が救護所を設置しました。そのテント内で、赤十字、DMAT(災害派遣医療チーム)、JMAT(日本医師会災害医療チーム)などの救護組織が活動しました。そういう時にエックス線撮影、超音波検査、心電図検査、さらに遠隔診断で投薬までできる移動診療車があれば、非常に高度な医療を提供することができます。」

 鷲尾も、自然災害や大規模事故での出動準備の必要性を感じている。「エックス線撮影をすることで治療の緊急性を迅速に判断し、救急と連携して搬送先を決める。そういう形での活用が期待できます。アフターコロナ社会になっても、医療現場では新型コロナウイルスやその他の感染症対策が必要な状況が続くため、感染防護されたエックス線診療車ICXCUは活用の場が広がるでしょう」

感染防護されたエックス線診療車ICXCUが社会システムの一部となるために

 エックス線診療車ICXCUがプロジェクトだけで終わらず、今後広く活用され普及していくためには、単に新しいものを提供するだけではなく、自治体や地域医師会の声に耳を傾け、地域と調和したシステムを作っていることが必要だ。三澤や鷲尾たちの研究体制は、二段構えとなっている。ICXCUの開発自体がゴールではなく、ICXCUを研究のプラットフォームとして地域医療の課題解決に挑む。医師が容易に使える医療画像診断技術の開発、医療従事者の負担を軽減する遠隔作業支援システムの開発、特殊車両における気流計測の実証実験などが次のステージのために進められている。

 「ICXCUに限らず、新しい施設や設備は、購入費だけでなく運用費がかかります。購入そのものは助成金やプロジェクトベースで賄えても、運用費が病院に重くのしかかり、普及の障壁となります。このことは病院だけでなく、協力する企業や自治体なども一緒に考えていかなければならない課題です」(三澤)

 今回のプロジェクトは、新型コロナウイルス感染症拡大という非常時の中で、新しいエックス線診療車ICXCUという一つの具体的解決策を提示することができた。しかし、ICXCUは単なる移動診療車ではなく、アフターコロナの社会で、災害時や非常時に役立つシステム、次世代の移動医療システムとして持続していかねばならない。

 産総研は、医療機関や自治体と協力して、新しいエックス線診療車ICXCUを中核にした次世代の移動診療システムを技術と人材で支援していく。

生命工学領域 健康医工学研究部門
人工臓器研究グループ
主任研究員 三澤 雅樹 Misawa Masaki
鷲尾 利克主任研究員の写真
生命工学領域 健康医工学研究部門
医療機器研究グループ
主任研究員 鷲尾 利克 Washio Toshikatsu
鷲尾 利克主任研究員の写真

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