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2020.09.30

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においをかぎ分ける
ガスセンサ
疾病スクリーニングから生活空間のにおい検知まで、
広がる応用可能性
ガスセンサの写真
KeyPoint人間の呼気や室内の空気には、さまざまなにおいの原因となる多様なガス成分が含まれている。産総研のセラミックガスセンサは、そのにおいの元となる化学物質を迅速にかつ正確に検出することができ、口臭の検知、消化不良や肺がんなどの疾病発見への応用が進められている。またこのセンサの能力を活かし、生活空間に漂うにおいを分析し、快適性を維持することや、腐敗臭を検知することで食品の鮮度管理に応用するなど、今後の幅広い展開が期待されている。
Contents

息を吹き込むだけで健康状態をセンシング

 歯科医院などで口臭を測る装置を使ったことはあるだろうか。呼気を装置に吹き込むと、口臭の原因となる微量のガス成分が検出され、測定値が示されるというものだ。数値の変化から歯周病などの疾病が検知できる簡便さと明確さから実用化から数年で、すでに多くの歯科医院において使われている。極限機能材料研究部門の申ウソクらは、この装置の開発をきっかけに本格的に医工連携を始めることになった。

 呼気には窒素、酸素、二酸化炭素、水蒸気のほか、ごく微量の可燃性ガスが複数含まれている。その中で先のガスセンサが検出しているのは、口臭の原因となる揮発性硫黄化合物である。

 ガスセンサというとガス漏れ警報機や水素漏れ検知器が広く知られるが、口臭検知器もそれらの一種といえる。

 「ただ、ガス漏れ警報機は気体成分のうち1%ほどの濃度のガスを検知すればよいのに対し、口臭センサの検出対象は0.0001%(1 ppm)~0.0000001%(1 ppb)しかないため、非常に高い感度が求められます」と申は言う。

 また、呼気内の微量成分は人間の代謝や疾患と関連することがわかっている。例えば、消化不良によって腸内の嫌気性菌が異常増殖すると、呼気に水素ガスが増える。人間は体内で水素をつくらないので、水素ガスが出れば腸内の細菌によるものだとわかる。水素を検知できるガスセンサがあれば、息を吹き込むだけで腸の不調が検知できるわけだ。

 2015年、申はわずか30秒で呼気中の水素ガス濃度を測定する装置を開発した。そして、医療機関と連携して、呼気内の水素は1日のうちにどれだけ変動するか、生活習慣や食事による違いはあるか、個人差はどの程度かなどのさまざまな項目で調査を実施した。この装置を愛知県内の集団調査などで利用してもらい、生活習慣などと対照して分析したのだ。その結果、呼気中の水素量は飲酒習慣や牛乳を飲む習慣などと関係することが明らかになった。

 「病院や介護施設でこの検査装置を用いれば、食事の種類によって消化不良を起こしている人を判断するひとつの指標となり、各人の体質に合った食事の提供を行うことでより良い体調管理が可能になると考えています」

肺がんの早期発見にも応用

 その後、申は肺がん検知用ガスセンサの開発に取り組んだ。

 「犬ががん患者を見つけると聞いたことはないでしょうか。がん患者の呼気、尿、汗などには特有の成分が含まれており、犬はそれをかぎ分けているのです。それならば、センサで呼気からその成分を検出することで、がんの早期発見ができると考えました」

 がんの種類はいろいろあるが、早期発見が難しく死亡率が高い肺がんを検知することに目標を絞った。そこで、愛知県がんセンターに協力を依頼し、肺がん患者および健常者から延べ180人の呼気を収集し、対象となるガスの特定に取りかかった。しかし、においのパターンは複雑で、1つ1つの気体成分は1 ppb以下と非常に薄い。どのようなガスの組み合わせが肺がん特有のにおいになるのかを見いだすのは容易ではなかった。その難関を乗り越え、申は、同研究部門の伊藤敏雄や共同研究のグループとともに、データ解析に人工知能技術を用いて、においパターンを特定し、濃度測定装置の開発に成功した。

 「ガスの濃度だけ示しても現場の医師には判断できません。そこで、においパターンから肺がんと考えられる確率を数値で示すことにしました。ある確率以上であれば精密検査の受診を勧めるなど、病気のスクリーニングとしてお使いいただけることを想定しています」

 呼気の測定という簡易な方法により初期段階で肺がんのリスクを発見する意義は大きい。今後はこの解析精度を向上させ、医療現場でもっと積極的に利用される機器を開発していくことを目指している。

高感度半導体式VOCセンサと呼気計測器のプロトタイプ

がん由来の気体成分を測定するセンサ(左:高感度半導体式VOCセンサ)とそれを使ったがん検知のための濃度測定装置(右:呼気計測器のプロトタイプ)
※VOC:揮発性有機化合物

生活空間のにおいを3分で識別

 がんの早期発見を高精度に実現するためには、低濃度の揮発性有機化合物を確実に検知できる技術が必要となる。この研究の一環として、現在、申と伊藤は生活空間内のにおいの検知技術に力を入れている。人、ペット、果物、床材の木やオイルのにおいなど、生活の場にはさまざまなにおいが存在する。これまで説明してきた呼気と同じく、空間のにおいにもいろいろな成分が複雑に含まれている。さらに、空間内のにおいはいつも同じではない。複雑かつ変化するにおいを機械に識別させるのは簡単ではないと思われるが、すでに実現に近づきつつあるという。

 下の写真の装置には、産総研で試作したそれぞれ違うガスを検知するセラミックセンサが8個組み込まれている。

マルチセンサシステムと組み込まれた8個のセラミックセンサ

マルチセンサシステムと組み込まれた8個のセラミックセンサ

 「原理や特性の異なる複数のセンサを用いることで多様な信号を検出でき、その傾向から対象の特徴を把握しやすくなるのです」と、伊藤は説明する。

 この装置で検出できるガスの組み合わせが何のにおいになるのかを、事前にAIに学習させておく。(センサAのある検出値)+(センサBのある検出値)+ … =(リンゴのにおい)というように、センサ検出値のパターンを記憶させているのだ。表示の際は、誰にでもわかるように、測定値を測定している対象物の名前に変換して何のにおいかを可視化している。

 装置に仕込まれたセンサの反応・分析速度は速く、室内の空気を吸ってから3分ほどで何のにおいかを識別する。センサ自体が高性能でなければ、微量の各成分を個別に検出できず、それらが混ざり合ったにおいを正確に判断することはできない。

 現在、伊藤はこの装置をより小型化し、自動車や電車内、生活空間内のにおい識別を行うマルチセンサシステムとして構築することに取り組んでいる。閉じられた空間の中で、何が人にとって良いにおいなのか嫌なにおいなのかまで判断することができれば、その空間に適した脱臭や快適な空間づくりが可能となる。

 このように、におい検出技術は、人々の健康維持や疾病の早期発見、生活空間の快適性向上に貢献している。さらに今後の応用の可能性として、異臭検知による機械の不具合の発見や、腐敗臭の検知による食品の鮮度管理への活用も考えられている。産総研のにおい検知に特化したこの高性能ガスセンサ、幅広い応用が期待できそうだ。

材料・化学領域
極限機能材料研究部門
副研究部門長 申 ウソク Shin Woosuck
申 ウソク副研究部門長の写真
材料・化学領域
極限機能材料研究部門
電子セラミックスグループ
主任研究員 伊藤 敏雄 Itoh Toshio
伊藤 敏雄主任研究員の写真
産総研
材料・化学領域
極限機能材料研究部門

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国立研究開発法人産業技術総合研究所