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2020.09.30

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シートセンサで
インフラの亀裂を検知!
“低コスト”と“高精度”。特性を活かす2つの技術
森 雅彦 研究戦略部長の写真
KeyPoint今、日本全国には、建造から40年以上を経て老朽化が進んだ道路、橋、ダムなどが多数存在している。そのすべてを新しくつくり直すことはできないため、これらインフラ保守・点検・修繕が重要になる。しかし、そのための作業員も予算も足りない。そこでいかに低予算で高精度にこれらのインフラをモニタリングし、事故を未然に防いでいくかが大きな課題となる。産総研ではこのニーズに応える面状センサを開発し、実用化に向けて動き出している。
Contents

センシング技術で人手・コスト不足を補う

 高度成長期、日本全国で道路、トンネル、橋梁、ダムなどの巨大インフラが次々と建造された。40~50年経った現在、それらは一斉に更新期を迎えているが、今の日本にはそのすべてを新しく建て直す財政的な余力はなく、建設当時から大きく変化した周辺環境の影響からも難しい。そのため国や自治体、企業は、今あるものを修繕しながら、できるだけ長く安全に使っていくことを基本方針としている。

 しかし問題は、保守・点検・修繕しながら維持していくことさえ、現在は難しくなっているということだ。例えば、高速道路などの高架橋の疲労亀裂は全国で数千カ所以上発生していることがわかっているが、対処できる作業員も費用も不足しており、亀裂が見つかってから応急処置が施されるまでに数年かかるケースも少なくない。また、応急処置はしても、その後の経過観察や補修・補強が行われないままということもあるという。劣化の進む構造物をそのままにしておくことがどれだけ危険であるかは、2012年に起きた笹子トンネル天井板崩落事故を例に出すまでもなく、明らかだ。

 「事故を起こすわけにはいかない。しかし、十分な手当ができない。全国で問題になっているこのような状況に対応するため、現在、巨大インフラを自動でモニタリングするためのさまざまな技術の開発が進められています」

 こう語るセンシングシステム研究センターのダニエル ジメルカは、インフラモニタリングセンサの開発に取り組む一人だ。ジメルカは導電性インクを用いたフレキシブルなひずみ検出センサの開発に取り組んでおり、シリコンチップを用いたシート状センサの研究を進める山下崇博とともに、2014年、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のインフラ維持管理・更新などに関する大型プロジェクトに参画した。

単なる振動か、それとも亀裂か?
面状センサだから判別できる

 高速道路などを支える高架橋の点検・保守作業は、まず作業員が目視で状態を確認し、そこで塗膜割れなどが見つかると、磁粉探傷試験という非破壊検査をして亀裂発生箇所を特定、その後、半年から数年かけて応急処置を施す、という手順で行われる。実際に亀裂部分の補修や補強が行われるのに、応急処置後、さらに数年も要することがある。その後はまた目視点検から、同様の点検サイクルが繰り返される。

 この方法では、定期点検として求められている5年に1回の目視点検への対応は可能だが、老朽化した橋梁の亀裂が5年の間にどのように変化するのかはわからない。彼らが取り組んでいるのはまさにこの部分、亀裂の応急処置後の経過観察を人手に頼らず行うセンサの開発だ。

 「亀裂ができやすい箇所は亀裂発生前からモニタリングするのが理想ですが、道路・橋梁やダムといったインフラは巨大すぎ、全面にセンサをつけるのは現実的ではありません。そのためまずは応急処置後の経過観察を主目的とし、その場所にセンサをつけました」と、山下は説明する。

 開発対象は、道路・橋梁などの亀裂をモニタリングするのに適していると考え、シート状センサとした。道路には常に車が走り、道路を支える橋梁もそれに伴って振動するため、単体のセンサだと、大型トラックが走ったから大きく揺れひずんだのか、躯体に亀裂が生じたからひずんだのかを判別することが難しい。また、センサは気温や湿度によって異なる測定結果が出ることがあるが、その場合も、やはり単体のセンサでは亀裂なのか暑さの影響なのかがわかりにくい。

 「それに対して、多数のセンサを並べた面状センサであれば、反応があったときに同一面上の他のセンサの反応と比較することで、亀裂のせいか、そうでないかを判断できるのです」(ジメルカ)

低コストで大型化も容易な印刷でつくれるセンサ

 ジメルカが考案した、導電性ペーストをシートにプリントしオーブンで乾燥させてつくるセンサは、低コストで作成が可能なうえ、大型化も容易なので、巨大構造物のセンシングにより適していると考えられた。写真で模様のように見えるものは、すべて印刷されたセンサだ。

ひずみ検出センサ

ジメルカが開発した導電性インクを用いたひずみ検出センサ

 「この導電性ペーストは曲がったときに電気抵抗が変化します。その抵抗値の違いを利用してひずみを計測するので、瞬間的に大きく動く動ひずみだけでなく、時間をかけて少しずつひずんでいく静ひずみの検出も可能です」(ジメルカ)

 写真を見てこのシート状センサの形が不思議な形と思った方も多いだろう。橋梁の亀裂が見つかると、応急処置として、亀裂の先端部にストップホールという丸い穴が開けられる。亀裂の先が尖っていると割れは先に進みやすいが、丸くしておけば、そこにかかる力は四方に分散し、亀裂の進行を抑えることができるからだ。そのストップホールの周囲をモニタリングするのに適しているのが、この形なのだ。

 「当初は一方向に整列させていましたが、それでは、センサに直交するひずみは最も検出しやすいですが、平行するひずみは検出しにくかった。つまり、亀裂の方向によっては検出しにくいという問題があったのです。そこでストップホールを囲むような形状にセンサを配置し、どの向きに亀裂が生じても有効に検出できるようにし、検出精度を向上させました」

 このセンサは曲がったときの電気抵抗の変化で亀裂を検出するが、電気抵抗の数値だけ見ても、どの位置がどのように危ないのかがわかりにくい。そこでジメルカは抵抗が変化した箇所を可視化するソフトウエアも開発し、ユーザーに伝わりやすく、使いやすいシステムとしてつくり上げた。そして、このセンサを高架橋の亀裂のある場所に貼り付け、実証実験を行った。

 「実験では1日に6回、4時間ごとにセンシングを行いました。時間帯により車の交通量は変動しますが、交通量が多いときでも少ないときでも、亀裂部分のセンサは特殊な反応をすることが明らかになりました。コスト的にも大量生産が可能であり、実用化に向けて動き出しています」

 橋梁での有効性が確認されたことを受け、その後、このセンサを用いてダムの静ひずみを検出する実験も行われている。

 2020年度は亀裂発生前から常時モニタリングするシステムの開発もスタートした。

 この技術は道路や橋梁だけでなく、他の大型建造物に応用することも可能だ。例えば原油などの揮発性オイルは直径数十mにもなる巨大なタンクで貯蔵されているが、近年はタンクや浮き屋根の老朽化による大規模火災事故なども起きている。事故を予防するには亀裂を迅速に見つけて補修し、ガス漏れを防ぐ必要がある。浮き屋根に生じる亀裂のほとんどが溶接線で生じるため、帯状のシートセンサを全溶接線上に貼り付け、亀裂ができる前からモニタリングを行うことができる。

 「印刷でつくるセンサはスケールアップが容易です。今後も巨大構造物に対応していくほか、クレーンなどの産業機械のモニタリングにも応用していく予定です」(ジメルカ)

高精度な半導体センサシートは知覚拡張デバイスなどへの応用を期待

 一方、山下が開発するシリコンチップを使ったセンサは、どのような特性があるのだろうか。

 「このセンサは、外から力が加わると電気を発生する圧電材料をシリコンウエハ上に成膜し、マスクして露光し、エッチングをして……という半導体プロセスでつくったシリコンチップを用いています。構造物に亀裂ができたりすると、圧電素子がそのときに一瞬発生する微小な電気を増幅することによって、変形が起きたことと、その度合いを検知します。このセンサは半導体そのものですので感度の高さが強みです」

 しかし、一般のシリコンチップデバイスは厚さが数十μm以上あるため、フレキシブル基板との相性はよくない。これを山下はシリコンチップを5 μm以下に薄膜化することでフレキシブル性を実現し、その超薄型チップを直接フレキシブル基板に実装する技術を開発。それにより、高性能でありながら柔軟なシート状センサとすることに成功した。

 このセンサシート1枚の上に、何十ものシリコンチップがびっしりと配置されている。

シート状センサ

山下が開発したシリコンチップを用いたシート状センサ

 「この一つ一つがすべてひずみセンサです。置かれる位置の誤差は±5 μmほどと、製造過程は非常に高精度に制御されています。また、酸化や湿度などに強いため環境による劣化が起こりにくく、長期的な信頼性にも優れています」

 この技術に関しても開発当初はインフラモニタリング用途を想定していたが、センサが大量に必要となるインフラモニタリングよりも、その精度の高さや圧電素子の特質を活かせる他分野での応用を検討している。

 例えば、スポーツの分野において、ラケットなどの用具にセンサを組み込み、打球の位置や強度を測定することでより効果的なトレーニングにつなげることが考えられる。また、圧電チップでシートを振動させることで音波を発生させるフィルムスピーカーへの応用も考えられ、エンターテイメント分野での用途が広がるかもしれない。

 「超薄型スピーカーはモバイルディスプレイやウェアラブルデバイスの盛り上がりとともに注目されており、これから福祉やエンターテイメントなど、さまざまな分野での応用が期待できます。多様な分野で、ぜひこのセンサの可能性を探っていきたいと考えています」

 産総研のひずみセンシング技術は、インフラモニタリングを中核に、拡大していくスマート社会のニーズに幅広く応えていく。

エレクトロニクス・製造領域
センシングシステム研究センター
ハイブリッドセンシングデバイス研究チーム
研究員 ダニエル ジメルカ Daniel Zymelka
ダニエル ジメルカ研究員の写真
エレクトロニクス・製造領域
センシングシステム研究センター
ハイブリッドセンシングデバイス研究チーム
主任研究員 山下 崇博 Yamashita Takahiro
山下 崇博主任研究員の写真
産総研
エレクトロニクス・製造領域
センシングシステム研究センター

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国立研究開発法人産業技術総合研究所