Vol.7 No.2 2014
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研究論文:糖鎖プロファイリング技術がもたらすパラダイムシフト(平林)−113−Synthesiology Vol.7 No.2(2014)イルには明確な違いがあることを示せるはずである。間葉系幹細胞は不均一なので、iPS細胞やES細胞こそ比較糖鎖プロファイリングの検証対象とすべきものと考えた。そこで、上記橋渡し促進プロジェクトに続き、著者らは幹細胞を対象とした糖鎖プロファイリングをより本格的に推進するため、浅島誠器官発生工学研究ラボ長(当時)のグループと連携し、新規NEDOプロジェクト(iPS細胞等幹細胞産業応用基盤技術開発、2009年4月~)に参加した。諸事情によりこのプロジェクトは2年で終了するが、その間に多岐に及ぶ未分化細胞の解析を精力的に進めた。2006年からレクチン応用開発チームに加わった舘野浩章氏が系をリファインし、組み換えレクチンを含む96種のレクチンからなる高密度レクチンアレイを新たに開発していた。その「切れ味」を試すには100種強のES/iPS細胞は格好の題材だった。その後、著者らは幹細胞工学研究センターの伊藤弓弦研究チーム長、小沼泰子主任研究員らと協力連携し、一連の幹細胞を対象とした糖鎖プロファイリングを強力に推進した。その後の成果は、プレスリリース等で紹介される機会もあったため、ご存じの方もいると思うが、以下、時系列に沿った研究の展開を記す。①糖鎖リプログラミングの事実新たに開発した96レクチン搭載の高密度レクチンアレイを用いて100種を超えるヒト未分化細胞(ES/iPS)を解析した。その結果、体細胞にはない、未分化細胞に共通する特徴的な糖鎖構造をいくつか抽出した。その結果、山中4因子の導入により糖鎖構造もリプログラミングされることが初めて観察された[33]。中でも、すべての未分化細胞に共通して反応するrBC2LCNと呼ぶ組み換えレクチンは、iPS細胞作製の元となった親細胞(体細胞)とはまったく反応しないことから、rBC2LCNが新たな未分化マーカー検出のプローブとなることが示された注7)。②iPS細胞と体細胞の糖鎖構造を定量比較解析代表的なiPS細胞である201B7とそのもとになる皮膚繊維芽細胞を大量に調製し、MS、グリコシダーゼ消化を組み合わせたLCマッピング法で糖タンパク質糖鎖(Nグリカン、Oグリカンとも)の総合解析を行った。①のレクチンマイクロアレイによる観察が実際に確認され、Nグリカンにおけるシアル酸結合様式のα2-3型からα2-6型への劇的なシフト等が確認された[34]。上記rBC2LCNが認識可能な糖鎖未分化マーカーが実際何なのかが注目されたが、Hタイプ3構造(Fucα1-2Galβ1-3GalNAcα)を有する構造がOグリカンの中に特異的に見つかった。③rBC2LCNは未分化細胞を生きたまま染色できる通常フローサイトメトリーや組織染色では抗体がプローブとして用いられる。上記表面マーカーSSEA-1/3/4やTra1-60/81も抗体で検出するが、その際細胞を固定化するのが一般的である。フォルマリンやグルタルアルデヒドで膜を処理するので細胞は死んでしまうが、rBC2LCNは生細胞の状態でも十分な結合力をもつことがわかり、さらに未分化細胞を薬剤で分化誘導すると染色性は速やかに消失した[35]。抗体と比べた場合の開発コストが低いことなど、今後の実用化を考えた場合、多くの利点をもつことを特記したい注8)。④rBC2LCNのリガンドはポドカリキシンに提示されたHタイプ3構造であるポドカリキシンは、腎臓やある種のがん細胞で発現が見られる巨大分子量の糖タンパク質である。シアロムチンといって、細胞外ドメインのほとんどが無数のOグリカンで覆われていると予想されている。上記未分化マーカーを認識するrBC2LCNが実際に未分化細胞上のどの糖タンパク質を認識しているのかは、未分化メカニズムを解明する上でも重要な問題だが、遺伝子発現や分子構造上の特徴などから本分子を割り出し、ポドカリキシンに対する抗体を用いて標的の特定に至った[36]。ポドカリキシンが無数のOグリカンを含有すること、rBC2LCNが特異的に結合していること、Hタイプ3構造を有するOグリカンがiPS細胞(201B7)から同定されていることなど、今までの観察がすべて一本の糸でつながった注8)。5 今後の展開バイオマーカー探索や幹細胞評価技術以外にも、レクチンマイクロアレイは多方面での活用が示されている。GlycoStationTM Reader 1200の使用例は、論文公表されたものだけでも約60報だが、そのうちの1/3がすでに著者らとの直接かかわりのない完全な外部研究機関によるものである。外国研究機関からの論文も10件ほどある。この論文ではほとんど触れなかったが、バイオ医薬品(特にバイオシミラーと呼ばれる後続品)開発における本装置の需要は今後急速に増えるだろう。最近、糖鎖が幅広い生命科学にまたがる基幹科学だと米国NAS(National Academy of Science)が報告し、注目されている。“Transforming Glycoscience(変貌するグライコサイエンス)”と題される本報告書では、糖鎖が「健康」、「物質」、「エネルギー」の3大テーマで特に重要である点、今後、糖鎖科学の飛躍的発展が世界レベルで起こることを予告している[37]。糖鎖が専門家の領分から解き放たれ、大きな飛躍とグローバル化を迎えようとしている。糖鎖のデータや技術を集めた成書はよくある。それに対して、近々スプリンガー・ジャパン編集の著書の発刊趣旨は「糖鎖の周辺領域で話題になっているトピックス」を糖鎖以外の研究者へ紹介することである[38]。バイオの研究に

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