Vol.7 No.2 2014
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研究論文:糖鎖プロファイリング技術がもたらすパラダイムシフト(平林)−106−Synthesiology Vol.7 No.2(2014)胞等、動物細胞で調製したバイオ医薬品がアレルギーや急性拒絶反応を引き起こす危険性が指摘されている。解析が極めて難しい糖鎖だが、幸いなことに我が国ではかねてより糖鎖研究が盛んであり、糖鎖の解析に不可欠なグリコシダーゼや解析技術の多くが我が国から生み出された注1)。一方、21世紀初頭、糖鎖の構造解析は「質量分析法」が主軸になると考えられていた。しかし、質量分析法は、詳細な構造解析に威力を発揮する半面、生体試料の取り扱いが難しいという難点があった。その点、この論文のテーマである糖鎖プロファイリング技術は、質量分析法の難点のいくつかをクリアできる可能性があった。糖鎖プロファイリングとは、一言で言えば、糖鎖の構造的特徴を迅速簡便に取得することで、厳密な構造同定に至らずとも、主だった特徴(糖鎖の種類やエピトープ注2)の存在、分岐度、修飾の度合いなど)、比較するサンプル間での差異、類似度等を明らかにすることである。2)2002年(糖鎖エンジニアリングプロジェクト発進前年)を振り返って話が前後するが、著者は2003年に実質スタートする(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の糖鎖構造解析技術開発プロジェクト参画メンバーとして、2002年11月に(独)産業技術総合研究所(産総研)に入所した。プロジェクトリーダー予定者であった成松久 糖鎖工学研究センター・副センター長(当時)の招きで、21年勤務した私立大学を辞してのことだった。いわゆる糖鎖エンジニアリングプロジェクト(SG:Structural Glycomicsと略された)の始動である。成松副センター長はこれより数年前に大学から産総研に移り、経済産業省傘下の「糖鎖遺伝子ライブラリー開発プロジェクト」(GG:GlycoGene、2001年度~2003年度)を主導し、我が国の糖鎖遺伝子ライブラリー開発に貢献した[2]。この成功を受け、糖鎖構造の解析技術の開発は最重要課題とされた。田中耕一氏によるマトリックス支援レーザ脱離イオン化法質量分析装置、とりわけAXIMA-QIT-MALDI装置が、複雑な糖鎖構造に対する解析の有力法として期待された。実際のSGプロジェクトは、構造解析技術開発と合成技術開発の2部構成で進行した。著者が直接かかわった構造解析技術開発テーマの体制と研究テーマの詳細を表1に示す。3)目的とニーズ糖鎖はタンパク質のなかの不均一な構造の混合物として存在するため、これらの化学構造を存在量とともに正確に決めることはほとんど不可能である。しかし、糖鎖の微細な構造差や量比の違いを迅速簡便に検出することができるなら、本手法で抽出された情報は、その後の詳細な構造解析やバイオマーカー探索に大いに役立つ。微生物の細胞表層糖鎖の比較など[3][4]、今まで解析例がなく、糖鎖プロファイリングだけで、十分意味のある結果が得られる場合もある。しかし、この技術はバイオマーカー開発などにおける解析戦略の導入部分で用いることを主眼としている。質量分析やLCマッッピング法等の解析法との大きな違いは、糖鎖をタンパク質から切り出すことなく、そのままの状図1 糖タンパク質の模式図と糖鎖解析が困難である要因コアタンパク質を形成するペプチド鎖部分を太いヒモ状の線で示す。分泌タンパク質と膜結合タンパク質のほとんどは翻訳中、および翻訳後過程で糖鎖修飾が施される。糖鎖付加位置は一か所の場合もあるし複数の場合もある。糖鎖の種類には大きく分けて、アスパラギン残基の側鎖(-NH2)に付加する場合(Nグリカン)とセリン・トレオニン残基側鎖(-OH)に付加する場合(Oグリカン)がある。それぞれの付加位置における糖鎖修飾率は100 %とは限らず、構造のバリエーションも10種以上共存するのが一般である。これらの要素を合わせると、糖タンパク質が有する構造的多様性は膨大となる。細胞の種類が変わると糖鎖構造も変化する。種々の糖鎖バイオマーカーはこの性質を利用したものに他ならない。糖鎖が「細胞の顔」と言われるゆえんである。OグリカンNグリカン複雑で不均一な構造集団~遺伝子解析だけでは構造予測が困難~互いに類似した構造であるため、相互分離が困難▶存在形態が多様 糖タンパク質、糖脂質、プロテオグリカン▶分岐構造の存在▶糖鎖にさらに修飾が起こることがある リン酸化、硫酸化、メチル化、エピメル化などさらに、糖タンパク質の場合…、▶複数の糖鎖付加位置が存在 Nグリカン、Oグリカンとも▶付加位置ごとに修飾率が異なる▶付加位置ごとに糖鎖構造が異なる糖鎖の解析を困難にする要因糖タンパク質=コアタンパク質+糖鎖(Nグリカン+Oグリカン)

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