Vol.6 No.1 2013
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−5−Synthesiology Vol.6 No.1(2013)座談会:科学・技術・イノベーション時代の新しい研究方法くらいに大体見えてきますので、そこで3分の1くらい落とすことをJSTも始めています。その時の落とす理由は、「研究としては立派なものが出ているけれども目的に合わない」とはっきり申し上げた上でプロジェクトを組み直しています。赤松 ステージゲートで「目的に合わない」と先生方におっしゃったとき、どのような反応がありますか。中村 これは、大変な反応をいただいています(笑)。先生方はいろいろなところで研究できる能力のある方ばかりですので問題はないのですが、学生やポスドクがかなり入ってきてくれていますので、1年くらいソフトランディングして止めるとか、その辺は少し苦労し、工夫しながらやっています。ただ、我々はある目的に対しての基礎研究をしているので、そこは今まで以上に明確にするべきではないかという議論をJST内では随分やっています。赤松 もう少し目的が厳しいというか、もっとスペシフィックになっているNEDOはいかがでしょうか。古川 NEDOは経済産業省の独立行政法人ですので、経済産業省の政策に基づいた定性的な方向性はありますが、それをいかに定量的な目的・目標に刷り込んでいくかということが重要だと思っております。我々も幅広い範囲や金額の案件をいろいろやってまいりましたが、今はかなり絞り込んで、グリーン・イノベーションやライフ・イノベーション等、大きな方向でのナショナルプロジェクトにフォーカスしています。そして、中間評価、事後評価、追跡評価を行っていますが、当初の目標立案の曖昧さが出てきてしまうこともあり、この評価は重要だと痛感しています。構成学的なアプローチという視点でお話ししますと、Synthesiologyの「構成学で求める論文の4つの要素」で書かれている「開発研究目標と社会的な価値」「研究成果の社会への導入のシナリオ」「要素技術の選択と統合」「研究結果の評価と将来展望」は非常に重要で、もちろんNEDOとしても評価軸を持っていますけれども、こういうアプローチが最初の基礎研究から行われて、そこが我々に引き継がれてくれば、悪夢の時代、死の谷、ダーウィンの海を渡っていけるのではないか。いずれにしても、アカウンタビリティやマネジメントの問題における中間評価、最終評価については、従来の流れに乗ってやっていくということではなく、その目標に対してきちんと到達・達成できているか、また次の方向性が正しいのかということをかなり厳しくやっているところです。Synthesiology の社会的使命吉川 基本的な研究プロジェクトの在り方の話だろうと思います。その中で特にキュリオシティドリブンでない研究の難しさが次第に浮き彫りになってくるのですが、キュリオシティドリブンにはシナリオを作るという意思はないわけです。ニュートンの『自然哲学の数学的諸原理』ではいわゆる3法則の仮説が書いてあって、それに対して500ページの分析があって、この仮説が正しかったということを証明している。ところが、Synthesiologyは「なぜニュートンは3法則を導いたか」という論文なのです。ある種の仮説を立てるのは一種のシナリオだと思うけれども、一般の分析研究はなぜこういう仮説を立てたかについては一切問わず、おもしろいことが自然に起こって、こうではないかという仮説を出して、それを実証すると大論文になる。目的のある研究はその目的に合ったシナリオを作らなければいけないので、Synthesiology はそこを評価しようと目的の内容が詳しく書かれている。しかし、こんなことは他の論文にはなく、中村さんがおっしゃったように最後の1行に書かれている。その最後の1行をとことん突き詰め、最後の1行を実現するにはあなたの方法でいいのかということまで問う。目的研究とは本来そうあるべきなのではなかろうか、という問題提起がこの論文にはあるのです。柘植 吉川先生の課題に対して直接の答えではないのですが、Synthesiologyの発想が学術としても価値があるのではないかということと今日の話題であります科学・技術・イノベーション時代を重ねますと、もう一つSynthesiologyの社会的な使命があるのではないか。Synthesiologyが生まれたきっかけは、まさにこれが知りたいという意味のキュリオシティドリブンの基礎研究古川 一夫 氏

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