Vol.6 No.1 2013
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研究論文:高齢者でも読める文字サイズはどのように決定できるか(佐川ほか)−43−Synthesiology Vol.6 No.1(2013)倉片 憲治(くらかた けんじ)1994年大阪大学大学院人間科学研究科博士課程修了、博士(人間科学)。現在、独立行政法人産業技術総合研究所ヒューマンライフテクノロジー研究部門アクセシブルデザイン研究グループ長。高齢者の聴覚特性および音を用いたユーザー・インタフェースの研究、聴覚・音響分野の国内および国際標準化活動に従事。この論文では、主としてアクセシブルデザインの基本概念の構築、および実験データの解析、さらに国際標準化を担当した。査読者との議論議論1 全体コメント(小野 晃:産業技術総合研究所)要素技術が明確に選択され、それらを統合しつつ、最小可読文字サイズを推定し、最終的に標準を構成していった優れた第2種基礎研究だと思います。3章で標準化が技術の普及に役立ったことが強調されています。しかしそれだけでなく、標準化を目標に設定してそれを常に意識したことが、要素技術の選択から構成・統合のプロセスに至るこの研究全体を適切に律していったように思えます。この点について、実際に研究を行った著者の立場からコメントをいただければと思います。回答(佐川 賢、倉片 憲治)ご指摘のように、この研究は立案から完結の段階まで標準化を意識して、その視点のもとに進めてきました。実際、この研究は産総研の「標準基盤研究制度」により実施されました。このグラントに応募すること自体が標準化を意識することになり、ゴールとして標準またはそれに類するものの作成が要求されることになります。研究の立案段階ではゴールが想定されますが、標準化をとおして解決すべき社会ニーズがそのゴールとなります。この研究の場合には高齢者のための読みやすい文字設計というニーズがあり、公共性や産業界で解決することの困難さ(時間や労力、費用対効果等)を考慮して標準を最終目標に設定し、それを常に意識して進めました。議論2 可読率の設定値質問(小野 晃)可読率を80 %に設定して最小可読文字サイズの標準化を行っていますが、80 %を採用した理由は何でしょうか。80 %以外の他の選択肢はなかったのでしょうか。回答(佐川 賢、倉片 憲治)通常、心理学の知覚確率曲線で閾値は50 %に設定されますが、この設定では半数の人が読めて半数の人が読めないということになり、現実的にはかなり読みづらい文字サイズとなります。そこで、もう少し確率を上げたレベルで閾値を設定しました。一案として標準偏差(σ)を採択しますと84.1 %になりますが、特にどの%が良いという強い根拠はないので、区切りの良い数字として80 %にしました。なお、80 %でも5回に1回は読めないことになり、読みづらいレベルですが、このレベルを基準にデザイナーが何倍かすることにより、共通の読みやすさの尺度化ができます。その後の研究で、最小可読の文字サイズを1単位として、0.9以下は“非常に読みづらい”、0.9~1.2は“読みづらい”、1.2~1.7は“普通に読める”、1.7~2.2は“読みやすい”、2.2以上は“非常に読みやすい”という尺度を作成しています。次の研究発表や規格の改正では、この使い方も提案しようと考えております。議論3 文字サイズとサイズ係数の関係式コメント(赤松 幹之:産業技術総合研究所ヒューマンライフテクノロジー研究部門)実寸での分解能とは、文字として識別できるために必要な最小のストローク間の幅の実寸値ですから、それは文字サイズと線形な関係があると言えます。このように考えると、あてはめるべき最も単純な線形式はP = a Sという原点を通る直線です。しかし、おそらくこの直線をあてはめるとサイズ係数が大きいところでは当てはめが悪くなります。一方、図5のデータをみると、原点を通る冪関数だと当てはめが良くなると予測できます。精度を求めるのであれば冪関数が良いと分かっていながら、標準文書としてはy切片を含む一次式を用いたと想像します。標準化のためには、あえて精度を落としてでも、誰でもが使えるものにするというのも、大事な考え方ですので、こういった考えが背景にあるのでしたら明記していただく方が読者に有益な情報になると思います。回答(佐川 賢、倉片 憲治)関数の当てはめの考え方や方法はいくつかありましたが、最終的には可能な限り簡便な式を採用しました。ご指摘のように、標準化における普及のあり方も重要な視点ととらえ、この結論に至りました。細かく分析して場合ごとに分ければ、近似式をさらに精度良くあてはめられることは事実です。しかし、可読文字サイズデータのばらつきや原点を通る必要等を考え、精度のみを追求すると、現実とかけ離れた予測式となります。冪関数や一次関数(定数のあり、なし)等を検討しましたが、やはり結果として定数をもつ一次式が一番良いということになりました。標準化という応用面を常に意識しながら出した結論とご理解いただければ幸いです。この考えを踏まえて、この論文を書き改めました。議論4 文字のフォントタイプと視認性質問(小野 晃)この研究では文字のフォントとして明朝とゴシックを選んでいますが、どちらも正規の文字であり、デフォルメされたものではありません。一方高速道路の標識等に描かれている漢字は省略や簡略化等、相当デフォルメされています。デフォルメされた漢字の方が人間にとって視認性が良いということなのだと思いますが、そのこととこの研究の可読性とは何か関係があるのでしょうか。回答(佐川 賢、倉片 憲治)フォントタイプは現在数百種類もあり、読みやすさよりも審美性や目立ちやすさを狙ったものがたくさんあります。これらはSerif(明朝のように線分の端に“ハネ”のあるもの)とSans-Serif(ゴシックのように“ハネ”のないもの)に分類されます。SerifやSans-Serifにもさまざまな変形があります。この研究ではそれらの代表として、一般に利用頻度の高いMS明朝およびMSゴシックを用いました。フォントの読みやすさは、空間周波数(縞の粗密)の成分とそれに対する目の感度特性で決まります。その意味で線の太さ等が大きく関係します。明朝は一般に細い線で高い空間周波数を含み、ゴシックは太い線で比較的低い空間周波数を含みます。その違いを明らかにする上では、代表的な明朝や代表的なゴシックで研究するのが有効と考えました。空間周波数成分と読みやすさの関係は一つの大きな基礎研究の領域であり、この研究ではあまり追及していませんが、その考え方や視点は踏まえて実験条件を整えました。その結果、ゴシック(Sans-serif)が読みやすいということになりましたが、線の太さ等が読みやすさの主要な要因と考えられます。さらに、カタカナ、漢字[5-10画]、漢字[11-15画]となるにつれて最小可読文字サイズは大きくなりますので、読みづらくなることが示されています。一般に、デフォルメされると文字は単純な方へ変化しますので、標識等にはこの簡略文字が有効に使われていることと考えられます。
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