Vol.6 No.1 2013
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研究論文:地下水観測による地震予知研究(小泉)−32−Synthesiology Vol.6 No.1(2013)執筆者略歴小泉 尚嗣(こいずみ なおじ)1988年京都大学大学院理学研究科博士後期課程地球物理学専攻単位取得退学。1989年京都大学防災研究所助手、同年博士(理学)(京都大学)取得。1996年通商産業省工業技術院地質調査所に異動。 2001年独立行政法人産業技術総合研究所地球科学情報研究部門地震地下水研究グループ長、2009年活断層・地震研究センター地震地下水研究チーム長、2011年からは同センターの主幹研究員となる。学生時代から一貫して地下水観測による地震予知研究に取り組む。震災軽減のためには、研究成果の広報活動が最も重要とも思っている。査読者との議論議論1 全般的コメントコメント(佃 栄吉:産業技術総合研究所、多屋 秀人:産業技術総合研究所広報部)この研究論文は、長期にわたる地下水位の観測と解析技術を中核に、理論的基礎(多孔質弾性論)を背景に地殻変動に伴う地下水位と地震発生との関連に展開し、また、地下水位観測システムの構築、観測網の整備を通じて東海・東南海・南海地震予知に向けて一連のプロセスについて言及した優れた論文と判断しました。東海・東南海・南海地震については、その切迫性が高まる中、また、東日本大震災の経験もあり社会的関心もますます高くなっています。地震予知情報が出されれば人的被害を効果的に軽減できることから、その研究の進展が強く期待されていると理解しています。一方、その結果が得られるまで長期的な観測の継続が必要であり、そのため公的研究機関が担うべきであることは自明であるものの、本格研究として困難な課題に挑戦されていると思います。議論2 潮汐による体積歪質問(多屋 秀人)潮汐による「体積歪」についての質問です。日本では、「10−7程度の大きさ」とのことですが、地球の緯度でおよそ決まるものなのでしょうか?回答(小泉 尚嗣)潮汐による地盤の変形の最大振幅は、およそ緯度で決まります。議論3 地下水位観測による地震予知質問(多屋 秀人)日本各地域で地震は発生しているが、それぞれ発生メカニズムが異なると思います。その中で、地下水位観測により地震予知が可能と想定される地震とはどのようなものでしょうか?回答(小泉 尚嗣)現状では、プレート海溝型の地震であって、前兆滑りのシナリオが使えるもののみ地震予知の可能性があると思っています。今後、他のタイプの地震についても、信頼できるモデルに基づく地震前の定量的な地殻変動のシナリオが提示されれば対応は可能だと思います。議論4 新たな超巨大地震の想定と観測体制質問(佃 栄吉)国はすでにマグニチュード9クラスの地震を想定して被害予測を行っていますが、これについて観測体制との関係でコメントしてください。これまでより大きな規模ですが、想定モデルに基づく観測に影響はありませんか?回答(小泉 尚嗣)南海トラフで発生する可能性があると新たに想定されたM9クラスの超巨大地震について、想定震源域が西(日向灘)へ広がった分については、今後は九州の観測点が必要になるかもしれません。沖合に広がった分については陸の観測では及ばないので、海洋研究開発機構や気象庁等が行う海底観測との連携が必要になるでしょう。また、想定モデルが大きく変わったので、観測データの解釈やそれに基づく予測について困難になることは事実です。議論5 低頻度の巨大地震予知研究のための観測と国際共同研究質問(佃 栄吉)特定の地域の地震発生の間隔は短くても100年程度であり、研究者のライフタイムより優位に長い。このことが、地震研究においては仮説・検証による飛躍的な科学的進歩を阻害しているともいえます。これを克服する一つの方法として国際共同研究があると思います。台湾以外にも海外事例を集める努力があってもよいと思いますがどうで追記本論文を執筆し、受理後、筆者も所属する公益社団法人日本地震学会(以降、単に地震学会と記す)が、2011年東北地方太平洋沖地震によって生じた様々な課題に対処するためとして行動計画2012(http://www.zisin.jp/pdf/SSJplan2012.pdf)を発表し、その中で「地震予知」と「地震予測」の用語の厳密化を図っている。従来、地震予知は「場所、大きさ、時間を特定して地震の発生を事前に予測すること」という広い意味でも使われてきたが、それが警報につながる狭義の地震予知と混同され、地震前の「警報」に対する社会の過剰な期待を生むことになり、その裏返しとして、2011年東北地方太平洋沖地震後に地震学者は大きな批判を浴びた。この反省から、地震学会は、「場所、大きさ、時間を特定して地震の発生を事前に予測すること」については地震予測と呼ぶことにし、警報につながる精度の高い地震予測のみ地震予知とよぶべきと用語を整理し、現状では地震予知は非常に困難であるとの認識を改めて示したのである。ただし、6章でも述べたように、地震予測の精度を上げれば(狭義の)地震予知につながるわけであるから、研究レベルで地震予知研究と地震予測研究を明瞭に区別するのは困難であると考えられる。「地震予知と地震予測の定義の厳密化」については、以前から地震学会内でも議論されていたことではあるので、本論文でも、警報にすぐにつながるもの(地震予知)とすぐにはつながらないもの(地震予測)ということを意識して使い分けてはいるが、明瞭に区別できているわけではない。イタリアのラクイラでの地震(2009年4月6日発生、M6.3、死者300名以上)で、事前に「安全宣言」を出したということで、6名の科学者を含む7名が罪に問われている。地震予知の難しさを改めて示す出来事であるが、困難であっても取り組まなければならない研究課題というものはある。地震国日本において、地震予知は、まさにそのようなタイプの研究課題であると筆者は考えるものである。
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