Vol.6 No.1 2013
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−10−Synthesiology Vol.6 No.1(2013)座談会:科学・技術・イノベーション時代の新しい研究方法スという非常に学問的な新しいフィールドが出てきた。実は産業のほとんどがシンセシスなのだということで、シンセシスの重要性は非常に大きいし、それを担っていくためにこの雑誌の存在はよろしいというご理解をいただいたのではないかと思います。「人間の行動とは何か」ということで「イノベーションだ」という話があったのですが、担う母体や社会の受容性、その結果、母体が潤うのか、それを作るエコシステムとは何かといったことも含めたものをイノベーション推進者として理解しなければいけないというご指摘がありました。これは非常に大事なことで、個々の行為がすべてシンセシスなのです。そういった意味でSynthesiologyの単位とは、製品を1個作ったということよりはイノベーションがおきやすいエコシステムをどう作るのか、それは先ほどの政策論になるわけですが、そこまで将来広がっていかなければいけない。この雑誌が広げるかどうかは別として、そういった問題を内包する大きな問題提起だという気がするわけです。そうすると、シンセシスをどのように研究させるかというファンディングや研究成果の評価が非常に大きくなるわけで、JSPS、JST、NEDO、RISTEXはそれぞれ違う立場ですが、ファンディングにおけるシンセティックな能力についての評価も大事なのではなかろうか。急に現実的な話になるのですが、Synthesiologyにたくさん投稿している人にはたくさん研究費を出していただきたいと、こういうふうに思うわけです(笑)。そして、「人を育てる」というお話がありました。イノベーションは人の頭の中にあるのですが、次世代につなげていくところが欠落している。もし、人類が環境問題で滅びるようなことがあると、分析的には大きな蓄積をしたが、“もの”を作ったり自然を改変する知恵は世代を通じた継承が非常に貧弱だったために、時代を通じて人類は利口になってこなかったことになります。そのプロセスを伝えることと人を育てることは深い関係があるわけで、教育は考え直さなければいけない多くの問題をはらんでいる。どういう人間を育てるかがSynthesiologyあるいはシンセシスを考えたときの一つの切り口というご指摘は重要だと思います。また、日本のイノベーションとしての水素社会実現というお話が古川さんからありました。小さなイノベーションはもちろん必要ですし、同時に国としてのイノベーションが少なくとも1つ2つ欲しい。日本が大成功した高度成長時代は、マーケットも製品のサプライヤーも、ヨーロッパの2.5億人とアメリカの2億人、日本は1億人くらいでしたから5.5億人強の中で1億人が頑張って「勝った」と喜んでいた。今、世界の人口は80億人に近くになり、それが産業での供給者となり、マーケットになりつつある。5億の相手が、80億に、10倍以上になった。このような競争の質的変化が起こる中で「小さな」日本の優位性とは何か。それはたくさんある。多数の優秀な基礎研究者の存在、そして基礎研究によるナノテクや材料技術等、また高度成長時代に生み出した技術の根幹そのもの、それは生産技術や工作機械、基本的な設計方法論かもしれないが、そういったもので商売をしようと思えばマーケットは何倍にも増えている。実は大チャンスが来ているわけで、Synthesiology的な知恵を働かせればいい。これがおそらく古川さんや桑原さんの言われる「国として何をするかという話の背後の分析をもっときちんとやるべき」ということですし、私たちCRDSも研究プログラムを作る上で、どちらに研究方向を向ければいいかというときの大きな条件として考えようと言っています。そして、リーダーが必要だと。私はリーダーは産業ではないかと思うのです。Synthesiologyは、言い換えれば産業の出番ではなかろうかと申し上げたいと思います。赤松 Synthesiology 発刊5周年にふさわしく、これからの研究方法について示唆に富むお話を多くいただきました。ありがとうございました。この座談会は、2012年10月3日に東京都千代田区にある(独)科学技術振興機構(JST)東京本部別館において行われました。赤松 幹之 氏略歴(五十音順)有本 建男(ありもと たてお)1974年京都大学大学院理学研究科修士課程修了、科学技術庁入庁。内閣府大臣官房審議官(科学技術政策担当)などを経て、2004年文部科学省科学技術・学術政策局長。2006年から、社会技術研究開発センター長、研究開発戦略センター副センター長、2012年から政策研究大学院大学教授、(兼)科学技術振興機構社会技術研究開発センター長、研究開発戦略センター副センター長。
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