Vol.5 No.4 2012
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研究論文:マンモグラフィの安全を支える線量計測(田中ほか)−223−Synthesiology Vol.5 No.4(2012)て迅速に(タイムリーに)対応することが大切である。放射線の線量標準の開発の標準的な期間は3~5年であるが、この標準の開発では、既存の研究設備と技術を最大限活用することにより、開発の着手から供給開始までを約1年半という短期間で達成した。さらに、現行のマンモグラフィの精度管理体制の中にこの標準を組み込むことにより、迅速かつ広範な標準供給体制の構築に努めた。この論文では、マンモグラフィの精度管理におけるX線線量評価の信頼性の向上を目標として産総研が策定したシナリオから研究開発・成果までの一連の流れを述べる。2 研究開発の背景2.1 マンモグラフィの社会的な広がり近年、女性の乳がんの年齢調整罹患率用語1、年齢調整死亡率用語2は共に増加の一途をたどっている[1]。乳がんは早期に治療することにより予後の良いがんであるため、早期発見が死亡率低下へとつながる。我が国よりも先に乳がんの問題を抱えていた欧米諸国では、早期発見が期待されるマンモグラフィを乳がん検診に導入し、近年では乳がんの死亡率は低下しつつある[2]。我が国の乳がん検診においても、これまでの視診・触診に加えてマンモグラフィが2000年より導入されるようになった。2000年のマンモグラフィの乳がん検診への導入の際の厚生省(現、厚生労働省)からの通達[3]では、受診の対象年齢が50歳以上とされていた(第4次老人保健事業)。2004年にこの通達が改訂され[4]、対象年齢が40歳以上に拡大された(第5次老人保健事業)。2007年にはがん対策基本法が施行され、2008年3月から、がん検診は健康増進法に基づく健康増進事業と位置付けられている。このような、受診の対象年齢の拡大もあり、2000年の導入から受診者数は増加の一途をたどっていて、2009年度の受診者数は250万人を超えるようになった[5]。2.2 マンモグラフィ用X線の特徴マンモグラフィを含めたX線診断では、X線源にはX線管球が使用される。X線管球とは、フィラメントから放出される熱電子を高電圧(数kV〜数百kV)で加速し、金属板(ターゲット)に衝突させることによってX線を発生させる装置である(フィラメントとターゲット間に印加する高電圧を管電圧という)。X線管球から発生するX線には、ターゲット材と管電圧の組み合わせによっては、制動X線に加えて特性X線が含まれることがある。このX線管球から発生するX線を、純金属のフィルタ(付加フィルタという)に通すことによりエネルギースペクトル(線質)を変化させる。被写体に応じて最適な線質のX線になるように、管電圧、付加フィルタの材質、厚さを変えている。胸部撮影等の一般X線撮影と比べるとマンモグラフィで使用されるX線には、①低エネルギーであることと、②特性X線を主体としたエネルギースペクトルを有すること、の二つの特徴がある。まず、X線のエネルギーについては、一般X線撮影では管電圧が80 kV程度であるのに対して、マンモグラフィでは30 kV程度である。X線のエネルギーが低いほど、乳房組織と病巣の線減弱係数用語3の差が大きくなるため、コントラストのある画像取得には低エネルギーX線が必要となる。しかし、X線のエネルギーが低くなりすぎると、皮膚によるX線の吸収が大きくなってしまうため、線量と画質を両立した管電圧が30 kV程度のエネルギーのX線がマンモグラフィでは利用される。この30〜80 kV程度の管電圧の領域では、X線のエネルギーが低くなるほど物質(線量計の材料のみならず空気等も含む)による単位長さ当たりの吸収量が大きくなり、高精度な線量計測を難しくする一つの要因となっている。もう一つのマンモグラフィ用X線の特徴として、エネルギースペクトルが挙げられる。一般X線撮影でのX線管のターゲット材にはタングステンが使用されているのに対して、低エネルギー領域のX線を利用するマンモグラフィでは主にモリブデンが使用される。使用する管電圧が30 kVとモリブデンのK殻のイオン化エネルギーに近いため、特性X線が多く放射される。マンモグラフィでは、モリブデンターゲットのX線管球と、モリブデンの付加フィルタが使用され(以下、ターゲット材/付加フィルタ材とし、Mo/Moのように元素記号で表記)、その結果、図1に示すような特性X線を多く含むエネルギースペクトルとなる。Moの付加フィルタを用いることにより、特性X線のエネルギー近傍のX線がカットされ、より単色性の強いエネルギースペクトルとなる。特性X線よりも低いエネルギー成分は皮膚にX線の強度X線のエネルギー(keV)一般撮影用(W/AI)マンモグラフィ用(Mo/Mo)60504030201000.00.51.0図1 マンモグラフィ用(Mo/Mo)と一般撮影用(W/Al)のX線スペクトルの例
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