Vol.5 No.4 2012
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研究論文:西暦869年貞観津波の復元と東北地方太平洋沖地震の教訓(岡村)−235−Synthesiology Vol.5 No.4(2012)大地震は、およそ同じ場所で同程度の規模で繰り返すという前提に立ち、過去の地震の発生域、規模および履歴に関する情報に基づいて、将来発生する地震が予測されてきた。この場合、過去の地震についてどこまで信頼性が高い情報をもっているかによって、想定する地震の信頼性が決まってくる。地震の記録として最も精度が高いものは地震計の記録であるが、過去約100年間の情報しか存在しない(図1)。それ以前の地震記録としては、歴史記録がある。最も古い地震に関する歴史記録は、西暦599年の地震であるとされている[2]が、古い時代ほど記録の頻度が少なく、情報量も少ないため、過去の地震規模を推定する情報として不十分な場合が多い。地震規模を推定するために十分な質や量の歴史記録が残るのは、多くの場合は、江戸時代以降である。歴史記録の最大の長所は地震被害を受けた場所と発生日がおよそ正確にわかることであり、過去の地震記録として広く活用されてきた。それより長い期間の過去の地震に関する情報を提供してくれるのが、津波堆積物や活断層等の地質記録で、地震に伴う地殻変動や津波が地形や地層に残されている。このような自然の中に刻まれた過去の大地震や巨大津波の記録は、発生年代に関してはかなりの誤差が含まれるが、数千年以上の期間にわたって過去の地震および津波に関する情報が得られることが大きな利点である。一般に活断層の活動間隔は千年以上と長いため、歴史記録から最新の活動のみが明らかになる場合もあるが、多くの場合は歴史記録に見当たらず、自然が残した活動記録に頼るしかない。一方、海溝型地震は数十年から200年程度の発生間隔をもつことが多く、歴史記録を用いることによって複数回の地震発生履歴や地震規模に関する情報を得ることができる[3]。東海地震や南海地震については、1000年以上前の地震から9回の歴史記録が残されている[2]。日本海溝ではほとんどの記録が江戸時代以降であるが、マグニチュード7から8程度の地震が繰り返し発生していた。このような歴史記録に基づいて、海溝型地震の予測が行われてきた[4]。歴史記録からは認識されていない巨大津波の証拠は北海道東部の太平洋沿岸域で見つかった。十勝、釧路、根室地方の太平洋沿岸域において、歴史上知られている津波の浸水域より奥深くまで分布する津波堆積物が広範囲で見つかったのである[5][6]。この海域では、十勝沖地震や根室沖地震等マグニチュード8前後の地震が数十年から百年程度の間隔で発生してきているが、巨大津波はそれら複数の地震が同時に発生する連動型地震が原因であると考えられた[7]-[9]。最後の巨大津波は17世紀に発生したと推定されているが、歴史記録が浅い北海道では、その状況がはっきりとわかる記録は存在しない。津波堆積物の調査と解析によって、巨大津波の原因となった地震はマグニチュードが8.5程度で、発生間隔は約500年と推定された。これら研究によって、地質学的な調査・研究から過去の地震・津波規模が再現できること、また、マグニチュード8程度の海溝型地震が繰り返し発生している場所でも、それらの規模を大きく上回る巨大地震と津波がまれに発生することが明らかになった。このような考えが正しいことは2004年スマトラ沖地震によって証明された。3 これまでの東北地方の地震想定の限界これまでの東北地方の太平洋側で発生する海溝型地震は、主に江戸時代以降の歴史記録に基づいて評価され、予測されていた。三陸沖を除くと、それらの地震はマグニチュード7〜8程度の規模で、マグニチュード9前後のものは知られていなかった。三陸海岸では1611年慶長三陸津波、1896年明治三陸津波、1933年昭和三陸津波が発生していることから、津波に対する対策が行われ、意識も高かったと考えられる。しかし、仙台平野以南では、巨大津波に対する意識は極めて不十分であった。ただし、1611年慶長三陸津波に関しては仙台平野の沿岸部が大きな被害を受けたことが知られており[10]、それ以前にも巨大津波が来襲したことが歴史記録に残されている[11]。それが、西暦869年の貞観地震とそれに伴う津波である。平安時代に京都の朝廷で作成された日本三代実録には、陸奥国で大地震があり、人が立っていられないほど揺れ、多くの建物が倒壊したことと、津波が内陸部まで広く浸入したことが記述されている。しかし、その記述は当時の陸奥国の国府があった多賀城の状況だと考えられ、津波の規模や被害の広がりについては十分には明らかになっていなかった。活断層(内陸地震)地震発生間隔連動型地震M8程度の海溝型地震津波堆積物・活断層地質記録地震計1万年3000年1000年400年100年10年歴史記録注図1 過去の地震に関する情報が存在する期間と地震の発生間隔巨大地震の発生間隔より長い期間の記録を確実にカバーできるのは地質記録だけである。注:地震発生間隔は、異なるタイプのおおよその地震発生間隔を示しており、地震の発生時期を示しているわけではない。
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