Vol.5 No.3 2012
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研究論文:糖鎖研究のための基盤ツール開発およびその応用と実用化(成松)−199−Synthesiology Vol.5 No.3(2012)きない。治療効果の判定のためにも、また肝臓癌の発症を予測するためにも、血液診断により簡便に肝線維化の程度を判断できるバイオマーカーが開発されなければならない。前述した我々の開発戦略にのっとって、alpha-1 acid glycoprotein(AGP)が線維化マーカーの筆頭にあげられた。AGPは血液中に豊富な糖タンパク質であり、主に肝臓から血中に分泌されるので、肝臓の線維化状態をよく反映するに違いない。5本のN-グリカンをもつのでレクチンとの結合力も強いはずである。線維化に伴ってAGPの糖鎖構造が変化することが古くから知られていた。バイオプシーにより線維化レベルが診断されている患者血清が臨床医から提供された。AGPを免疫沈降し、レクチンアレイで解析することにより、F3とF4を鑑別するのに最適なレクチンが選び出された。AOL、MAL、DSAの3種のレクチンにより、極めて高い精度で線維化レベルを判断できることが分かった[41][42]。(株)シスメックス社との共同研究により、抗AGP抗体とそれぞれ3種のレクチンとのサンドイッチ系を組み上げ、HISCL((株)シスメックス社が生産している血清生化学検査の自動分析装置)機器に適応させた。これによりわずか17分で1サンプルを測定できる。しかしAGPも臨床診断にするには最適ではなかった。血清からAGPを免疫沈降する必要があり、この前処理に2時間を要する。前処理を要せず、血清を直接にHISCLで測定できる糖タンパク質分子をさらに探索したところ、X(未発表なので分子名は出せない)という分子を発見した。X分子上の糖鎖をYという特別なレクチンで検出すると、見事に肝線維化度を反映した。Xに対するモノクロナール抗体を作成し、抗X抗体−レクチンYのサンドイッチアッセイ系を組み上げ、前処理なしに血清を直接にHISCLにより17分間で測定できる。これが実用化されれば、患者さんが外来を訪れ、まず採血をして線維化を測定する。医師の診察を受ける時には、すでに当日の線維化レベルの値が医師の手元にある。5.3 胆管癌マーカーの開発画像診断により肝臓内に腫瘤が認められた場合、肝内の胆管上皮より発症する肝内胆管癌は、肝細胞由来の肝細胞癌と鑑別されなければならない。管内胆管癌は予後が悪く、治療指針も肝細胞癌とは全く異なる。前述した癌マーカー探索の開発戦略にのっとり、まず胆管癌組織をマイクロダイセクションにて癌部、非癌部より直径1 mmの小さな組織片をかきとった。糖タンパク質抽出液を蛍光ラベルしてレクチンアレイにより解析した結果、WFAレクチンのシグナルの差が癌部、非癌部の間で顕著であった。IGOT法により、WFAに結合する胆管癌マーカーの候補分子を多数(230種類の糖タンパク質)同定した。これらの分子を、バイオインフォーマテイクス手法により、血中量が多いと思われる順番に優先順位を付けた。上位10位までの糖タンパク質に対する抗体を購入して、胆管癌患者の胆汁中および血清中の量をウエスタン解析および免疫沈降により推測した。患者の癌組織を免疫染色することにより、標的分子が確かに癌細胞により産生されていることを確認した。現在、抗MUC1抗体&WFA、抗protein Y&WFAの二通りのアッセイ系を確立し、胆管癌患者の胆汁中のマーカー量を測定した。現在、最も用いられている胆汁中の癌細胞検出率は、わずか20−30 %の低い診断率であるが、我々の診断法は、85−90 %にもおよぶ高い正診率を示した[43]。この方法論は、胆汁のみでなく患者血清を用いても有効であることが判明しつつある。6 おわりに全く同様の方法論を用いて、他種の癌に対しても癌マーカーの開発を進めている。肺癌、卵巣癌、膵臓癌、前立腺癌等の癌マーカー開発に向け、臨床診断に真に役立つマーカー開発の成功を収めたい。疾患バイオマーカー開発に最も重要な点は、信頼のおける臨床医との綿密な共同研究体制である。次の点を熟慮しながら研究を進める必要がある。①臨床サイドで真に必要とされるマーカーはどのようなものか、②そのためには、何と何を比較対象にすべきか。それ用のサンプルセットを臨床医が準備できるかどうか。③病歴のはっきりとした患者のサンプルを臨床医が保存しているかどうか。④可能ならば同一患者の長期間に渡る経時的サンプルがあれば極めて有効である。⑤同一患者の治療前、治療後のサンプルも極めて有効である。癌バイオマーカー探索の悪例を一つ掲げる。末期癌患者の血清中には、癌由来の分子以外に、末期であるが故の悪液質に基づく異常分子が山ほど存在する。末期癌患者と正常人の血清を比較すれば、すぐに数百種類以上にもおよぶ異常分子を発見することができる。しかしそのどれも臨床的に何の役にも立たない。疾患の進展のマーカーとなる「真に役立つバイオマーカー」は、末期癌患者と正常人の比較では見つけることができない。10年以上にもおよぶ産総研での糖鎖研究は、一生のうちで最も充実した研究人生であった。その要因は、①NEDOを通して潤沢な研究資金を獲得できたこと。②外部からの人材をけっこう自由自在に獲得できたこと。③医学、農学、理学、工学とあらゆる異なる分野の研究者を集めることができたこと。④最初は、30人規模で始めた糖鎖研究が次第に発展し、最後は100人の世帯になり、

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