Vol.5 No.3 2012
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研究論文:糖鎖研究のための基盤ツール開発およびその応用と実用化(成松)−195−Synthesiology Vol.5 No.3(2012)の混合物、糖タンパク質の混合物を準備してそれらもアクセプター基質とした。糖転移酵素のリコンビナントとしての発現には、ヒト胎児由来腎臓芽細胞(HEK293T細胞)を採用した。ヒト由来の糖転移酵素は極めて不安定でデリケートなタンパク質であり、活性をもたせたまま大腸菌や酵母で発現することは極めて困難であることは分かっていた。HEK293T細胞はヒト由来であり、その糖タンパク質は高度に糖鎖修飾されていることから、もともと多くの糖転移酵素を内在的に発現しているらしい。ということは外部から導入されたヒト糖転移酵素を活性をもたせたまま発現するためのマシナリーがそろっていることを意味する。やはり現時点でも、ヒト由来リコンビナント糖転移酵素の発現には、ヒト由来のHEK293T細胞が最適であるとの結論である。このプロジェクトで開発した新規糖転移酵素遺伝子は、物質特許申請の後、ほとんどすべて論文として発表した[1]-[29]。しかし将来的には、糖鎖の大量合成が求められる時期がくるはずである。そのためにはヒト由来糖転移酵素の安価な大量発現が必要とされる。動物由来の培養細胞ではコストがかかるし大量発現系は望めない。当センターの千葉らがヒト由来糖転移酵素の酵母での大量発現系の構築を試みている[30]。これらは糖鎖遺伝子データベース(DB)として一般に公開している。日本糖鎖科学統合データベース(http://jcggdb.jp/)を参照されたい。このDBは、糖鎖遺伝子だけではなく、当センターの鹿内らが中心となりさらに多くの内容を含む発展型のDBを構築している。要素技術3. 186種類の糖鎖遺伝子発現の定量測定法の開発N-グリカンの根幹部を合成する糖転移酵素は、全細胞で発現しており、発現量も多く、細胞の状態によって変動することもない。その他の、特に糖鎖末端部を合成する糖鎖遺伝子の細胞での発現量は、他遺伝子と比べると極めて低い。通常のDNAチップでは検出できないし、検出できたとしてもその変動を正確に測定できない。186種類におよぶ全糖鎖遺伝子の発現量を、網羅的、ハイスループットに正確に測定する技術を開発した。Quantitative real-time PCR法(qPCR法)による糖鎖遺伝子の網羅的遺伝子発現解析の手法は実験技術的に成熟していて、検出感度や測定精度において最も信頼性の高い生物学的解析手法といえる。糖鎖遺伝子は経験的に発現レベルの低いものが多いことが分かっていたので、qPCR法による発現解析系を開発した[31]。具体的には、当センターの澤木が中心になり、糖転移酵素や修飾酵素をコードする186糖鎖遺伝子について、カスタムqPCRアレイを構築した。キャリブレーターとして糖鎖遺伝子クローンライブラリーのプラスミドDNAプールを用いることで、1回の測定で全186糖鎖遺伝子の転写産物量をコピー数で知ることができる。糖鎖遺伝子の発現プロファイルに基づく細胞の分類は細胞の分化や癌化によく対応しており、糖鎖遺伝子の発現は、糖鎖の発現とも相関することがこれまでに分かっている。要素技術4. リコンビナント糖転移酵素による糖鎖および糖ペプチドのin vitro合成法の確立ヒト由来の酵素であるので、ヒト由来HEK293T細胞でリコンビナント酵素を発現させると、ほとんどの酵素が活性をもったまま可溶型のリコンビナント酵素として精製できる。これを利用して、糖鎖および糖ペプチドのin vitro合成を行った。ただし、細胞内の粗面小胞体(ER)で合成されるN-グリカンの根本構造に関与する糖転移酵素は、ほとんどが脂質膜を複数回貫通する酵素であるので、リコンビナント化は不可能である。N-グリカンの基本構造は天然からの抽出物が市販されているので、それを出発物質として利用した。O-グリカンに関しては、O−グリカンをもつムチン等の代表的なペプチドを準備して、これに順次、糖転移酵素を加えて糖鎖を伸長させた[30][32][33]。二つの異なる目的に応じて合成した。当センターの伊藤が中心になり合成法を確立した。第1は、1種類の糖鎖を可能な限り大量に合成する方法である。酵素反応の条件は一定に設定する。できるだけ多くの量の酵素を加えて、可能な限り長時間反応させた。目的物は最終的に液体クロマトグラフィーにて分離精製した。第2は、一つのチューブ内で、多種類の構造を同時に少量ずつ合成する方法である。各酵素の反応を、生成物が50 %になった時点で、加熱により反応を止める。これに次の酵素を加えて同じく途中で反応を止める。これにより理論的には2n種類の糖鎖を1本のチューブ内で合成できる。前もって生成される各種の糖鎖の分子量は分かっているので、1滴を取り出し質量分析装置で測定すると、目的の数だけの質量が検出される。この方法を、質量タグ付きの合成法と命名した[34][35]。要素技術5. 液体クロマトグラフィー/質量分析(LC/MS)を基礎とした糖タンパク質大規模同定技術の開発ペプチド混合物を試料として1,000種類を超すタンパク質を一斉同定するLC/MS分析法が開発されたので、タンパク質消化物から糖ペプチドのみをレクチン親和性クロマトグラフィーで捕集後、同様に分析して糖タンパク質と糖鎖結合部位を大規模に同定する方法の開発に取りかかった。糖ペプチドは衝突解離法でMS/MS分析しても、かさ高い糖鎖の存在によりペプチド部分が断片化されず同定に至らなかったので、グリコペプチダーゼで糖鎖を切除し、脱糖鎖ペプチドとして多数同定できるようにした。この反応で糖鎖結合AsnはAspに変換され、質量が1増えるので

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