Vol.5 No.3 2012
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研究論文:観光地の集客施策に対する効果測定の試み(山本)−187−Synthesiology Vol.5 No.3(2012)バーコード外湯券は、無くす人があり得るので、パスコード(1ケタ〜3ケタの数字)を使って本人認証を強化することが求められた。そこでシステムは発券時にパスコードを割り当てる(宿泊客が自分でパスコードを決める方式は、宿のフロント業務が混雑するとの理由から見送られた)。しかし、試行してみると「パスコードを忘れた」といって電話をしてくる宿泊客もいたし、宿の人も個別の宿泊客に「あなたのパスコードはここに記載されている番号です」と説明するのが手間になる、との意見が寄せられた。これに対応して宿ごとに特定の数字を決めて設定しておくとその日のすべての宿泊客が同じ番号になる、という方法も使えるようにした。同じ日に同じ宿に宿泊したすべての宿泊客が同じパスコードというのは一見するとリスクが大きいようにも見えるが(このような方法を最初から勧める技術者は多くないだろう)、実務では多くの宿が固定のパスコードを使っている。これもテクノロジー・プルの要因と考えることができるだろう。OSF-POSが比較的短期間に導入された背景には、上述のようなユーザー側と技術側のやり取りが短期間に実施できたことが挙げられる。ユーザー側の要望を持ち帰り、技術上の改良を加えて(時には新しい機能を追加して)再び現地に持ち込むという相互作用を一件あたりおおむね2週間程度で実施した。この相互作用は、ユーザー側も技術側も事前に知り得なかった新たな知識(使い勝手のよいシステムはどのようなものか、等)を生み出すことに大きく貢献し、機能デザインを地元にとって魅力的なものにすることを可能にした。5.3 ユーザーの「気づき」を支援する品質改善の最適設計ループの実現に向けて「得られたデータを誰が分析するのか」は最大の難問であった。コンサルタントのような専門家が間に入ることが妥当であるとも考えられたが、その費用を負担できる観光地は多くないだろう。理想的には、地元の人々がアイデアを出し合っていく体制を作ることである。アイデアを出すには、データに接する機会を増やす必要がある。そこで本システムではデータをプッシュ型で提示した。具体的には、城崎全体の観光客総数と売上総数のグラフ(のURL)を店主らにメールで送付した。加えて、気づいたことをメーリングリスト上で討論する体制を構築した。4.4節で紹介したイベント評価は、このメーリングリスト上で宿の経営者が指摘したものであった。「昨日は旅館のつけ払いが11件合計21,625円ありました。11件のつけ払いは今まで最高です。全体のつけ払いも昨日が一番多かったようですね。お客様の数はお盆の方が多いのに、つけが多いということは、灯籠流し等のイベントで町を散策されている人が多かったということでしょうか。」(8月26日のある宿の御主人のメールより抜粋)この宿の経営者はまず自分の宿に宿泊している客の利用状況が多いことに気付き、街全体でも利用が多いというデータを確認しイベントの効果に思い至ったことがこのメールから推測できる。このような「気づき」を生じる上で、経営者が日々データに接していることには意味がある。「今日はいつもと違う」とわずかに感じた印象は数日で薄れてしまうから、データを見に行くことに手間を感じる環境ではささいな変化に気づくチャンスは失われるだろう。気づきを促進するという観点からは、本プロジェクトのようにデータプッシュによって「見る費用」を減らす方策の他に、経営者が毎日見たくなるデータ(例えば、地域内の同業他社全体の売り上げグラフや前年度比等の評価結果)を用意する方策もあり得るだろう。一方、データに接する機会を増やすだけでなく、データそのものを「気づきを促しやすい」形に加工することも重要であると思われる。地元経営者は地元でその日になにが起こったかを熟知している反面、中長期での変動には気づきにくいことがあるから、グラフでの月間表示や年間表示は有効である。セブンイレブンでは店主が活用することを期待してPOSデータをグラフィック端末で提示している[8]。本件の事案はセブンイレブンの場合とは異なり、街全体のデータは直接的な意味では個別の事業者のビジネスの範囲とは言えないが、街全体の経時変化を日常的にグラフによって把握する環境の提供は、身の回りの変化だけでは気づかない街全体での変化の兆しに気づいてもらう可能性を高めるだろう。5.4 地元のプロジェクト推進体制キーパーソンの存在城崎温泉の地元関係者にとって、技術者との共同プロジェクトは過去に経験のない事業であったにもかかわらず、実証実験を経て継続運用に至ることができたのはキーパーソンの積極的活動によるところが大きい。キーパーソンとは地域の意思決定に強い影響力をもつ人物のことである。さいわい、城崎温泉には本プロジェクトの価値を認識して建設的にニーズを語り、テクノロジーについて積極的に理解しようと努め、合意形成の実務を担当したキーパーソンが複数いた。合意形成に費用のかかるオープンサービスフィールドにおいては、共同プロジェクトの推進にキーパーソンの存在は不可欠であったと考えられる。関与者の広がりいかにキーパーソンがいたとしても地域社会があらかじめ一枚岩になっているわけではないから、キーパーソンの

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