Vol.5 No.2 2012
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研究論文:サンゴ骨格分析による過去の気候変遷の復元(鈴木)−85−Synthesiology Vol.5 No.2(2012)短時間で解消すれば、ハマサンゴ等の一部のサンゴは白化から回復して生存を続けることができるかもしれない。異常高水温現象がサンゴおよびサンゴ礁生態系に与える影響の評価も大切な研究課題である。6 海洋酸性化現象のサンゴ礁への影響海洋酸性化は、新たな地球規模の環境問題として近年注目を集めている[14]。人間活動により大気に放出された二酸化炭素が海洋に移行して海水のpHと炭酸塩の飽和度を低下させ、海洋生物の発生やサンゴや有孔虫の石灰化に悪影響を与える[15][16]。グレートバリアリーフの69の海域で採取された塊状ハマサンゴ328群体における骨格分析は、過去400年間安定していた石灰化速度が急速に変化し、1990年以降だけでも14 %減少していたことが報告されており、海洋酸性化との関連が示唆されている[17]。サンゴ骨格中のホウ素同位体比(11Bと10Bの存在比)は海水のpHのよい指標であり[18]、長尺サンゴ試料や化石サンゴを用いて過去の海水pHの変遷を復元することは意義ある今後の課題である。ホウ素同位体比の分析は、表面電離型質量分析計(TIMS)あるいはマルチコレクター誘導結合プラズマ質量分析計(MC-ICP-MS)を用いて測定されるため、これらの高性能分析装置の導入も今後の研究の高度化には必須である。7 まとめと今後の展望サンゴ骨格が過去の地球の気候変動を記録している媒体として大変優れていること、そして、それから気候変動の記録を読み出す試みが最先端技術を駆使して発展してきたことを示した(図11)。地球温暖化予測の高度化に向けて、今後もサンゴ骨格研究の必要性は一層高くなるであろう。また、IPCC第4次評価報告書によると、気候モデルによって亜熱帯域では降水量の減少が予測されているが、その確度には向上の余地がある[9]。水温と合わせて、降水量と関係が深い過去の塩分変動を復元することは急務である。この期待に応えることができるのは、小笠原のサンゴ骨格の例で示した酸素同位体比・Sr/Ca比複合指標法である。この手法は、化石サンゴにも適用することが可能で、例えば、東シナ海では最終氷期のサンゴ化石について検討した例がある[19]。IPCCの第5次評価報告書は2013年頃に公表の予定である。この間、酸素同位体比・Sr/Ca比複合指標法による気候変動解析とホウ素同位体比分析によるpH復元を推進し、その結果を第5次報告書に反映させていくべきと考える。このために一層のサンゴ骨格気候学の推進が求められる。一方で、なぜサンゴ骨格の化学組成および同位体組成に水温等の気候因子が記録されるのかという基本的なメカニズムについてはいまだ未解明の部分もあり[20]、これまでの地球化学的な手法に加え、生物学的作用の解明のために飼育実験[21][22]や分子生物学的な手法[23]も含めた研究が必要である。このようなこれまでの学問分野も超えた研究は、来るべき海洋酸性化によって引き起こされるであろう海洋生物の石灰化阻害現象の予測評価にも応用できる可能性がある(図12)。2011年3月11日には東北地方太平洋沖地震が発生し、それに伴って発生した大津波により、東北地方と関東地方の太平洋沿岸部を中心に壊滅的な被害が発生した(東日本大震災)。日本各地で過去の津波被害の再評価が喫緊の課題とされているが、特に、869年に東北地方を襲った貞観地震津波と1771年に南琉球地方を襲った明和地震津波は、今回の東北地方太平洋沖地震と津波の高さや人的被地球物理学/地質学気候学・古海洋学ICP元素分析炭酸塩無機化学生物学/古生物学分析化学/地球化学地質学生物学/分子生物学(手法の統合と適用)(背景/要素技術)飼育実験による検証試料探索/地質調査◯マイクロサンプリング 手法の精密化・高度化 (時間分解能の向上)◯対象とする元素・同位体 の多様化 (環境指標の多様化)◯分析元素・同位体比の 高精度化・迅速分析◯データ解析の高度化◯サンゴ記録の特性把握(クセをうまく捉え、賢く使う)サンゴ骨格気候学津波・台風防災・異常高水温と大規模サンゴ白化現象・海洋酸性化と サンゴ礁・海洋環境の診断(アウトカム)・水温上昇/降水量変化・東アジアモンスーン変動・エルニーニョ変動地球温暖化予測酸素・炭素同位体比分析同位体地球化学サンゴ年輪石灰化量減少図12 サンゴ骨格気候学の研究展開に係るスキーム研究の背景になる要素技術や基本的な分野、そしてサンゴ骨格気候学の本体を構成する手法の統合と実際の研究対象への適用、さらにアウトカムとして貢献が予想される社会的ニーズを示した。図11 サンゴ骨格気候学の基本的方法論(左下)と論文中で取り上げた3つの研究の展開「サンゴ骨格から復元された石垣島と小笠原・父島の近過去の気候変動」、「鮮新世温暖期の化石サンゴによるエルニーニョ現象の復元」、「異常高水温現象によるサンゴ白化現象」の3つの研究について、用いられた指標に意味および解釈、そして最終目標への貢献のシナリオを示した。温暖期の普遍現象としてのエルニーニョ酸素同位体比…エルニーニョ指標(基本的方法論)日本周辺の気候システムの変容異常高水温時の成長停止鮮新世温暖期(350万年前)のサンゴ記録現象解明古気候復元気候指標開発(分析+検証)試料採取酸素同位体比…水温指標 (成長指標)自然原因の温暖期の気候変動の解明近年の異常高水温とサンゴ白化現象産業革命以降の人為的地球温暖化過程の復元酸素同位体比..水温・塩分Sr/Ca比….. .. .. ..水温 →複合指標法1998年のサンゴ白化の骨格記録19‐20世紀の琉球・小笠原諸島のサンゴ記録地球環境の将来予測の高度化(気温水温・降水量・サンゴ礁海洋生態系)

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