Vol.5 No.2 2012
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研究論文:サンゴ骨格分析による過去の気候変遷の復元(鈴木)−83−Synthesiology Vol.5 No.2(2012)ついては、Sr/Ca比同様に水温の良好な指標とされるU/Ca比も分析された(図7)。酸素同位体比とSr/Ca比あるいはU/Ca比の2通りの組み合わせによる水温と塩分の復元結果がよく一致したことは、このサンゴ記録の信頼性が高いことを示唆する(図8)。復元された水温については、太平洋数十年変動との対応がみられた[8]。より興味深いのは、1905-1910年頃に塩分に急激な低下傾向が認められたことである。推定される塩分用語4の変化はおよそ1であり、大きさの妥当性については問題が残るが、約130年間のサンゴ記録の中で最も顕著な変化である。この期間の骨格に続成変質等の兆候は認められなかった。小笠原における20世紀初頭の塩分低下の原因としては、当時の偏西風の減衰による小笠原高気圧の弱化に伴う蒸発量の減少等が想定され、石垣島のサンゴ記録にみられた低温イベントとの関係も興味深い。4 鮮新世温暖期の化石サンゴによるエルニーニョ現象の復元太平洋赤道域で数年ごとに発生するエルニーニョ現象は、現在の気候システムにおいて重要な役割を果たしている。今後、地球温暖化が進行すると、このエルニーニョやエルニ−ニョ・南方振動(ENSO: El Niño / Southern Oscillation)現象はどのように変化していくのだろうか?IPCC第4次評価報告書では、強力なエルニーニョ現象の頻発化を予測しているが[9]、異論も多い。この問題に関してサンゴ骨格を用いた検討も精力的に行われてきた[1]。産業革命以前を含む約500年間のサンゴ記録の解析によると、エルニーニョの強度は平均水温と相関し、高水温ほどエルニーニョが活発であった。これは、ENSO変動が地球の平均的な気候状態に影響されることを示し、今後の温暖化に伴いENSO変動が変調する可能性を示唆するものである。また、完新世用語2中期(約6000年前頃)や過去12万年間にいくつかみられる温暖期について、当時の水温とENSO変動の強度に相関が認められている。これらはみな、ENSO変動が地球の平均的な気候状態に影響されるとする仮説と整合的である。約460万年前~約300万年前の鮮新世温暖期は、将来訪れる温暖化地球の気候条件に最も類似した過去の温暖期であると言われている(図2a)。各種の恐竜が生息していた約1億年前の中生代用語5のジュラ紀や白亜紀も温暖な時代であるが、当時の大陸配置は現在とは大きく異なっていて、現在の気候と単純に比較することはできない。そして、鮮新世温暖期については、現在のエルニーニョ現象を引き起こす太平洋の東西の水温勾配がなくなり、全域の水温が高い「永続的エルニーニョ状態」になって、数年ごとのエルニーニョ現象は発生しなくなるという仮説が提唱されている。一方、当時も現在のようなエルニーニョ現象は存在し、むしろ太平洋の東西の水温勾配が大きくなって、エルニーニョ現象はより強く、より頻発していたのではないかとする仮説もある。この二つの説は、どちらも時間分解能が数千年~数万年程度である深海底堆積物の柱状試料の解析に基づいたもので、数年間隔で起こるエルニーニョ現象を直接捉えることは困難であった。著者らの研究グループでは、フィリピン・ルソン島でこの温暖期に相当する地層から保存状態のよい化石サンゴを発見し、その分析からエルニーニョ現象の直接的な証拠としては最古となる水温の変動記録を得ることに成功した[10]。Sr/Ca 比(mmol/mol)U/Ca 比(µmol/mol)酸素同位体比(δ18Oc, ‰)年代(西暦)9.49.29.08.81.51.41.31.21.1-3.6-4.0-4.4-4.8-5.220001980196019401920190018801905-1910Coral δ18OCoral Sr/CaCoral U/Ca酸素同位体比偏差(Δδ18Oc, ‰)高塩分低塩分推定塩分偏差塩分(SSS)水温(SST,℃)Sr/Ca比 (mmol/mol)U/Ca比 (mmol/mol)年代(西暦)200019801960194019201900188034.8534.8023.524.00.40.20.09.39.29.19.01.351.301.251.201.151.00.50.0Coral U/CaCoral Δδ18O(U/Ca)Coral Δδ18O(Sr/Ca)Coral Sr/Ca1905-1910SSSSST図7 小笠原諸島の父島のサンゴの酸素同位体比およびSr/Ca比、U/Ca比の130年間の変動[7]酸素同位体比の急激な増加がみられる1905-1910年にハッチを施した。図8 小笠原諸島父島サンゴから復元された水温(sea surface temperature, SST)と塩分(sea surface salinity, SSS)の変動[7]塩分については、サンゴ骨格から複合指標法で求められた酸素同位体比の塩分変化寄与分を、北西太平洋海域における海水の酸素同位体比と塩分の関係(塩分1.0増加あたり酸素同位体比0.42 ‰増加)を用いて、塩分に換算したもので、近年の値からの偏差を推定塩分偏差と標記した(右軸)。酸素同位体比とSr/Ca比(青線)およびU/Ca 比(赤線)の2通りの組み合わせによる結果が示されている。観測水温および塩分を併せて示した(黒線)。急激な塩分低下がみられる1905-1910年にハッチを施した。

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