Vol.5 No.2 2012
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研究論文:サンゴ骨格分析による過去の気候変遷の復元(鈴木)−82−Synthesiology Vol.5 No.2(2012)サンゴ骨格については、酸素同位体比の他にも有用な間接指標がいくつも見いだされている。サンゴ骨格のストロンチウム/カルシウム比(Sr/Ca比)やウラン/カルシウム比(U/Ca比)は水温のみに依存して変化する。サンゴ骨格の酸素同位体比は水温と塩分(正確には海水の酸素同位体組成)の双方に依存し、Sr/Ca比は水温のみに依存する。したがって、骨格のSr/Ca比から水温を推定し、骨格の酸素同位体比の変動から水温による変化分を差し引けば、その残差として海水の酸素同位体比組成の変化あるいは塩分の変化を知ることができる[4]。これがサンゴ骨格の酸素同位体比・Sr/Ca比複合指標法である(図5)。Sr/Ca比の代わりに、U/Ca比を使うこともできる。3 サンゴ骨格から復元された石垣島と小笠原・父島の近過去の気候変動日本周辺の北西太平洋域における長尺サンゴ研究は、海外と比較してまだまだ立ち遅れている。我々の研究グループでは、琉球列島の石垣島(24°N,124°E)と小笠原諸島の父島(27°N,135°E)についてそれぞれ100年を越える長尺ハマサンゴ柱状試料の化学分析を行い、解析を進めている(図6)。太平洋ではレジームシフトと呼ばれる気候状態の急変が起きることが知られており[5]、南琉球では1988/1989年のイベントが顕著である[3]。このレジームシフト以前では、石垣島サンゴ礁浅部の冬の水温は、シベリア高気圧の吹き出しに敏感で、季節風の強さを表すモンスーン指数(イルクーツクと根室の気圧差)とよい相関がみられた。また、石垣島のサンゴ骨格の冬の酸素同位体比は専ら水温に規定されていて、酸素同位体比から復元された冬季最低水温も1971〜1987年にかけて冬の季節風の強さを表すモンスーン指数とよい相関を示した。これに対し、レジームシフト以後の石垣島の水温は、モンスーン指数との相関が低下した。そして、モンスーン指数よりも南方変動指数(SOI)との対応がみられるようになってきた。亜熱帯域に区分されていた石垣島の熱帯化ともいうべき現象であり、興味深い。また、このサンゴ試料の1900年近傍には低水温期の存在が認められた[6]。1902年1月は冬のシベリア高気圧の勢力が強かった冬として記録されており、旧日本陸軍の八甲田山雪中行軍遭難事件が起こった。一方、小笠原サンゴ記録を用いた約130年間にわたる水温と塩分の復元は、北西太平洋域における複合指標法の最初の本格的な適用例である[7]。また、このサンゴ試料に(δ18Oc-δ18Ow, ‰)水温水温(SST, ℃)01020-6-4-20230塩分SSS サンゴと海水の酸素同位体比の差SST(℃)SST(℃) δ18Owδ18Oc= (δ18Oc-δ18Ow)+ab図4 サンゴ骨格の酸素同位体比(δ18Oc)と水温(表層水温, sea surface temperature, SST)酸素同位体比は、試料中の同位体比(18O/16O)について標準試料に対する千分偏差を求めてδ18Oと表記し、炭酸カルシウムの酸素同位体比については、添え字cを付けて表す。サンゴ群体表面部の酸素同位体比と水温観測記録を比較して関係式を求めれば、過去の骨格の酸素同位体比から当時の水温が推定できる。厳密には海水の酸素同位体比(δ18Ow)が影響するが、塩分(表層塩分, sea surface salinity, SSS)の変化が少ない海域では無視することもできる。なお、塩分用語4は海洋学の取り決めにより無単位で表記される。時間海水の酸素同位体比 (δ18Ow)(δ18Oc)サンゴの酸素同位体比サンゴのSr/Ca比水温対応値を代入水温塩分塩分水温図5 サンゴ骨格の酸素同位体比・Sr/Ca 比複合指標法の概念図水温と塩分の季節変化を復元する場合について示した。図6 琉球列島石垣島と小笠原諸島父島から採取されたサンゴ骨格の酸素同位体比記録[6][7]1〜2ヶ月の時間分解能をもち、水温等の季節変動が復元できる。この論文で論じる石垣島サンゴの1900年頃の低水温期、1988/89年のレジームシフト、そして父島サンゴの1905年頃の塩分シフトについては、矢印を付した。 1850 1900 1950 2000 年代(西暦)-3 -5 -4 -6 冷涼/乾燥温暖/湿潤石垣(124°E, 24°N)小笠原・父島(142°E, 27°N)酸素同位体比(δ18Oc, ‰)190519001988

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