Vol.5 No.2 2012
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研究論文:ロボット技術を用いたスピニング加工(へら絞り)(荒井)−130−Synthesiology Vol.5 No.2(2012)リコラージュ、②三現主義、③営業マインド、の3点に特徴があったと考える。「ブリコラージュ」bricolageとは、人類学者レヴィ=ストロースが著書「野生の思考」[8]の中で創造的な思考活動の原初的な形態として取り上げた概念である。フランス語で「器用仕事」を意味し、持ち合わせの道具や材料を工夫して組み合わせ、自分の手で物を作ることをいう。芸術や教育の分野で注目されることが多かったが、近年、経営学等の分野で、技術経営や知識管理、組織論の立場から、事業創出やイノベーションにおけるブリコラージュの実利的な効用が議論されている[9]-[14]。制約された経営資源のもとでの事業創出におけるブリコラージュの役割を論じた文献[13]では、ブリコラージュを「新たな問題や機会に対して手持ちの資源の組み合わせを用いて間に合わせること」と再定義している。ここで資源とは、単に道具や材料等の物的資源だけでなく、技術や人材等を含む広い意味に拡張されている。また、ブリコラージュを構成する主要な要素として、1)目下の問題とは関係なく集められた持ち合わせの資源を利用すること、2)本来の用途から外れた使い方も含む組み合わせで、既存の資源から新たな価値を生み出すこと、3)制約を受け入れず、問題に対して積極的行動を指向すること、の3点を挙げている。この研究のスタイルは、意識してブリコラージュを行ってきたわけではないが、上記3点のいずれとも合致していると言える。三現主義とは、現場・現物・現実の3つの「現」を重んじる考え方である。問題が生じたときに、机上の論理に頼るのではなく、現場に足を運び、現物を手に取って眺め、現実を把握するという基本姿勢であり、ホンダやトヨタをはじめとする日本の企業の多くに行動規範として広く浸透している。こうした考え方は日本ばかりでなく、例えばファーガソンによる「技術屋(エンジニア)の心眼」[15]にも三現主義に近い思想が見られる。また文献[11]でブリコラージュの成功例として取り上げられた、デンマークの風力タービン開発も現場重視で進められた。三現主義は単なる精神論ではなく、最終結果からのフィードバックの経路を短く、修正のサイクルを速くすることにより、途中で加わるノイズやバイアスを排除する効果をもつ。この研究では探索的な意思決定の場面で、現場・現物・現実に基づく判断を行うことが多かった。ただし、産総研は開発された成果が実際に使われる生産の現場をもっているわけではない。そこでこの研究では、そうした現場に少しでも接近するためのいくつかの工夫を行った。また研究者とは、無形の財を提供するなりわいである点で、突き詰めればサービス業に属する。サービスは顧客に届いて、はじめて意味をもち価値を生む。そこで、顧客満足度の向上を研究の価値基準に加え、営業活動も研究のうちという意識をもつように努めた。4 研究の経過4.1 手作りの加工機からの出発まず、自分で実際にスピニング加工を行うために簡単な加工機(図3)を組み立てるところから出発した。高価な力センサーやサーボドライバーは、昔の装置のジャンクを再利用し、約100万円の材料費で作ることができた。また制御用のパソコンは、他の研究者から中古を譲り受けたものにISAバスの入出力ボードを搭載し、Windows98のDOSモードでTurbo C++を使ってプログラミングを行った。装置を動かすためのプログラムや制御則等も、過去のロボット研究で用いたものを改造して流用した。当時としても時代遅れの構成だったが、1 msecのサンプリングでの実時間制御が十分可能であり、これを用いて力制御を用いたスピニングの基礎実験を進めた。4.2 ロボットアーム応用の挫折一方、産業用ロボット応用による熟練技能の実現という技術コンセプトは、比較的早い時期に挫折した。ロボットアームを用いて行ったスピニング加工は、剛性不足による振動発生で失敗し、後にも再度挑戦[16]するが、実用化につながるような結果はいまだ得られていない。もう一つの問題は、誰がこの技術の顧客となるのかが曖昧なことだった。産業用ロボットメーカーなのか、ロボットを使って加工を行うユーザー企業なのか、スピニング加工機メーカーがロボットアームを使うのか、ということが絞りきれていなかった。以後は産業用ロボットの応用ではなく、旋盤型の加工機に集中して、従来機の高機能化という形をとる。これにより技術の提供先が加工機メーカーへと明確化した。4.3 技能観の変化による方向転換また、元旋盤工の作家である小関智弘氏の著作[17][18]から、町工場におけるものづくりについて学ぶうち、熟練技能の本質は反復訓練による体技ではなく、創造的な思考プロセスにあることを認識した。人間には人間の技能、機械には機械の技能があり、人間の技能をそのままロボットにコピーすることは意味がない。技能そのものが目的ではなくて、それによる製品の付加価値が重要なのだから、人間の技能にこだわらず、機械なりの特長を活かせればよいと考えた。機械を現場で使うのもやはり人間であるから、そこには新たな技術を使いこなす新しい技能が生まれる。力制御スピニングで言えば、どのような押し付け力を設定するかは最終的には現場の経験で決めなければならない。ものづくりにおける熟練は、必ず創造のプロセスを含んでいる。

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