Vol.5 No.2 2012
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研究論文:鉄鋼厚板製造プロセスにおける一貫最適化に向けて(西岡ほか)−111−Synthesiology Vol.5 No.2(2012)造を有しているということが理解されることを示しています。これまでの製造実績に基づく結果系の生産管理に対して、マルチスケール階層モデルは時間的に生じる現象の原因と結果を繋ぐ視点を付加することによって、より適切な時間管理、生産管理が可能になることを示唆しています。リーン生産管理は、プロセッシングというラインの連動性の中で一貫最適化の極限を追求できるという画期的な生産管理を生みました。一方、既存設備の更新やレイアウトの変更が困難な設備産業およびプロセス産業においては、プロセッシングという時間範囲の最適化のみで、全体としての一貫最適化を実現するのは困難です。すなわち、多くの産業において、ものづくりの時間構造がミクロからマクロに亘る中での一貫最適化を図るためには、時間階層を越えた現象の理解、すなわち原因-結果系に関わるモデル化が必要であると考えられます。その階層区分は、今回の事例においては3階層ですが、これは、プロセスに応じて2階層であったり4階層であったりすることも当然考えられます。重要なことは、どのような階層に跨って、またどのような形でモデル化することが、そのプロセスの現象の適切な理解と、一貫的な生産管理に資することになるかということで、今回の事例はその一例を提示しています。多くの産業において、製造に要する時間の短縮は、多岐にわたる付加価値製品を開発し、これを競争力ある製品として製造するために不可欠の要素であり、今回のモデル提案を通じた生産管理における時間構造の体系的理解は、その一助となるものと考えられます。今後の展望については7章に記載しました。議論4 マルチスケース階層モデルの適用範囲コメント(上田 完次)論文中に部分最適化ではなく全体最適化という趣旨が表明されていますが、この論文の手法は、理論的に全体最適を求めたものではないので、全体最適解を保証するものではないと思われます。したがって、今回の手法の有効性あるいは適用限界についても言及するのが良いと思います。質問(赤松 幹之:産業技術総合研究所ヒューマンライフテクノロジー研究部門)3つの異なる時間スケールのモデルによる構成がこの論文の主張点であり、これらによってミクロからマクロまでの定量的評価ができ、最適点を見出すことができると主張されていますが、マルチスケールのモデルをどのように統合あるいは連関させて利用するのでしょうか。回答(西岡 潔)今回提案のモデルは、全体最適を実現する最適化評価関数を有するものではないので、理論的、定量的に全体最適を保証するものではなく、また生産管理システムにそのまま実装されて使用されるものではありません。プロセス産業の代表的な事例である鉄鋼業、とくに鉄鋼高炉メーカーでは、その象徴である高炉が、天然資源を原材料とすること、高温・高熱プロセスであること、原材料ヤード等が屋外設備であり、天候・気候の影響を受け易いこと等のプロセス固有の物理的な制約を有しており、これらを克服する手段として、設備の一貫連続化、大規模化による生産性および高熱プロセスのエネルギー効率の向上を歴史的に追及してきました。このような一貫連続な大規模生産設備において、円滑な生産活動を行うためには、膨大な制御情報、生産管理情報が必要となることから、製鉄産業の一貫製鉄所では、他産業に先駆けて大規模計算機援用による生産管理システムを導入してきました。一貫製鉄所の生産管理システムは、上流工程である原料、製銑、製鋼が、前述のような制約を有し、生産変動やばらつきがある程度大きくならざるを得ないこと、高熱・高温プロセスの中では時間的制約が大きく中間仕掛がないこと、したがって本質的にプッシュ型の生産構造を有すること、上流工程である原料から製銑工程の「製品」はモノグレードであること、一貫製鉄所建設当初は最終製品の品種も限定されており、現在のような複雑な要求が少なかったこと等の事由により、高熱・高温プロセス工程の最適制御、さらには、上工程の生産変動・ばらつきへの対応および注文製品情報の集約により上工程の製造ロットサイズを極大化することを重視する一方、注文製品の品質管理とデリバリーを連結した視点から、熱延や厚板等の中間製品工程の製造工期および在庫を検討する製造一貫の全体最適計画立案、スケジューリング支援への対応は極めて限定的となっていました。最適化の探索には、種々なモデルが不可欠ですが、鉄鋼生産では、特に上流工程である製銑、製鋼において、自動車に代表される組立産業と比較すると、生産/プロセスの日々の生産操業における変動が大きく計画の変更が頻繁に発生すること、さらに、モデルは外乱を含む実績に基づき構築されることを鑑みると、現状では、モデルによる高精度な予測が困難であること、したがって、誤差を多く含むモデルに依存する最適解には、自ずとその信頼性に限界があることが理解されます。このような状況では、全体最適解を厳密に探索する精緻なスケジューリングを日常のルーティンの中で行うことは、有効性および計算・業務負荷の観点から現実的なものではなく、最適解に近づくためのアプローチは、この論文で例示したような継続的、漸近的なものとならざるをえないと考えられます。提案モデルは、期間毎に実績を把握し、その実績に基づいて管理を行う結果系の生産管理に加えて、その実績が生まれる原因系を明らかにし、より適切な管理を行うためのツールと位置付けられます。現実的な問題として、個別工程におけるプロセッシングという短時間に生じるミクロな事象から、圧延開始から製造完了に至る製造工期という長時間にわたるマクロな事象に至る全ての時間階層に至る総合モデルの作成は、極めて大きな困難を伴います。試行錯誤を重ねる中で構築されたモデルを全体として俯瞰すれば、それぞれのモデルが時間階層を越えて全体を繋ぐ構造となっており、これをマルチスケール階層モデルと名付けました。すなわち、提案モデルは、あるレベルの時間階層を跨ぐ原因-結果系のモデルであり、構造的にミクロからマクロに至る現象の理解に寄与するものの、最適解を保証するものではありませんが、継続的、漸近的により最適解に近づくための一つのアプローチの手段を提供するものと理解できます。上記の趣旨を、6.2「マルチスケール階層モデルの意義」を新設し、追記いたしました。議論5 能率モデル質問(赤松 幹之)能率モデルとこれまでの生産計画の手法との違いはどこにあるのでしょうか。回答(水谷 泰)処理能率は、圧延工程においては時間当りの処理スラブ重量、精整工程においては、時間当りの処理製品枚数として定義されます。圧延工程は、連続、直列、直結に配置されたスラブヤード工程、加熱工程、粗圧延工程、仕上圧延工程、加速冷却工程、剪断工程から構成されており、スラブヤード工程では製鋼から受け入れた鋼片の切断、加熱工程では鋼片の再加熱、粗圧延工程では再加熱された鋼片の幅出し圧延、仕上圧延工程では幅出し後の鋼片の厚みおよび長さと制御圧延による材質の造り込み、加速冷却工程では仕上圧延後のスラブの大水量冷却による焼入れ組織の造り込み、剪断工程では、圧延/冷却後のスラブの分割切断、をそれぞれ行います。厚板製品は、厚さ、幅、長さのサイズ及び規格仕様が多岐にわたり、各工程のプロセス条件も不可避的に多様となるため、製品仕様に応じて各工程の処理能率は大きく変動します。すなわち、圧延工程は、大規模であるとともに多品種の混流生産であり、工程間のバッファが小さいため、前後材料の処理の干渉が頻繁に発生します。このため、材料毎にプロセス中のネック工程が逐次変化するのに伴い、圧延工程全体としての能率が大きく変動することとなるため、これを高精度かつ簡易に予測することは、技術的に難しい課題でした。既存の生産、製造、処理計画立案は、さまざまな条件を仮定し、それぞれの
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